六話 嫌悪
授業が終わり荷物をまとめていると、隣の席にいる春波たちから声がかかる。
「蔵真くん!今日こそ一緒にかえろ!」
「昨日一緒に帰れなかったし一緒に帰りたいなって。だめかな?」
春波は元気に、山襞はお願いをするようにそう言ってくれた。もちろん望むところだ。
たしかに昨日は白雪から好意を聞いたものの、正直俺は彼女と付き合う気はない。
……そういえば昨日は面食らっていたせいでちやんと断ってなかったよな?明日ちゃんと断ろう、さすがにこのままは良くないしな。
ちなみに茂と貝崎は二人で帰った。仲良しとはいいものだ、お幸せになー!と心の中で手を振っておく。
「嫌だなんてとんでもない、もちろん嬉しいよ。一緒に帰ろう」
それはそれとして春波たちのお誘いは当然嬉しいのでソレを隠すことなく返事をすると二人は やった!と喜んでくれた。やばい惚れるぞこんなの。
「おーい春波ー。今から皆で遊びに行くんだけどよ、山襞もだけど一緒に行かね?」
「お、いいね!蔵真くんはどう?」
「あぁ、俺は……」
一緒に帰ろうとしたところで男子生徒から遊びの誘いを受けた春波が俺に聞いてきた。
正直あまりいい印象があの男子生徒にはない。
というかあいつ……
「お前はどうでもいいよ、さっさと消えろ」
「は?」
俺が断ろうとしたところで男子生徒はそう言い放ち、春波が低い声を出した。
何今の声ちょっと怖い。
「なんで、そういうこと言うの?」
「だって一緒に行きてぇのは春波と山襞だからな。蔵真はお呼びじゃねぇしキモいからいらねぇよ」
「はああぁぁぁ??」
「お呼びじゃないのもキモいのもアンタなんだけど?」
信じられないほどに不快感を露わにした春波が苛立ったように声を出す。
山襞も表情を怖くして低い声で続けて言った。
「あ?まさかお前ら知らねぇの?蔵真中学の時に人のもん盗ったんだぜ?」
「え……?」
ソイツの言葉に春波と山襞が信じられないといった表情になる。その反応はどっちの意味かは知らないが。
「びっくりだろ?それも……白雪が好きだからって、アイツのペンをパクッて自分の机に隠したんだよ!やべぇだろ!?」
明らか悪意に染まったソレを大きな声でそう語るソイツはあまりにも憎たらしかった。
今すぐにでももう帰りたい。一人で。
それを聞いた周りの連中はまるで蔑むような視線を俺に向け、春波と山襞は俺をじっと見る。
「ホントなの?蔵真くん」
抑揚のない声で春波が問いかける。
俺の机から出てきたのは事実だが、それは俺がやったわけではないし白雪とことが好きでもない。しかし事実と嘘が混じっているせいで否定するにもややこしい。
あぁ、かったりぃなぁどいつもこいつもよぉ……
「俺はやってないよ」
事が割とややこしいせいで死ぬほど面倒くさくなってしまうが、本当にやっていないのでそう言った。というか、そうとしか言いようがない。
信じたくなければ、嘘だと思いたければ勝手にすればいい。別に死なないし。
ここで掌を返すならそれでいい、勝手にしてくれ。それならそれでもう、俺のことなんぞほっといてくれ。
俺の言葉に周りの連中 は信じられないとか嘘つきとか、じゃあなんで俺の机に入っていたんだと口々に罵倒する声が聞こえ始める。
春波も山襞も、信じられないような表情をしている。さっさと帰らせてくれればそれでいいんだがな。
「な、聞いたろ?コイツはそういうヤツなんだよ、だから俺らと遊んで気晴らししようぜ」
男子生徒がにやにやしながらそう言うと、春波の隣に立って彼女の肩に手を回した。二人は何かを言いたげにこちらを見ている。
その表情は見ていてとても気分が悪い。
……二人ともこれで関係は終わりだな。束の間の幸せだったよ、今までありがとう。
そう心の中で唱えていると、この空気を切り裂く声が聞こえた。
「バカバカしいわね、あまりにも下らない話だわ」
その声の主は白雪で、皆が一斉に彼女を見た。
数人の男子が彼女に近づいていく。
「そうだよな。人のものパクって嘘までついてよ。白雪は大丈夫なのか?」
「いいえ不愉快ね、極めて不愉快」
彼女がそう言うと周りの連中は お前のせいだとごちゃごちゃ言ってくる。春波たちは何も言わないがコイツらば一体どういう感情なんだろうな?
……と言ってみるが、彼女らの怪訝そうな表情からきっと軽蔑してるんだろうことはわかる。どうでもいいがな。
「何を勘違いしているの?蔵真くんにじゃなくて、あなたたちが不愉快なの。特に……あなた」
「おっ俺?」
彼女が強く睨んだのは、さっきから春波の肩に手を回したままの男だ。ソイツは気まずそうな顔をして一歩後ずさる。
「たしかに私のペンは蔵真くんの机から見つかったわね、それは事実よ」
彼女がそう言うとオーディエンスが激しく騒ぎ出す……もちろん俺に。
ほら、春波も山襞も掌を返したように後ずさって自分の肩を抱くようにしながら嫌そうな顔をしている。小さな声でポツリと、彼女らは嘘つきだと、最低だと……気持ち悪いと言った。
ほらな?こうなると思っていたよ。
「はぁ……本当に分からない人たちね、まだ全部の内容を話していないでしょう。結論を焦りすぎ、実際のことは結構ややこしいのよ。私のペンをとったのは蔵真くんじゃないわ、それだけは間違いない」
呆れたように告げた彼女の言葉に、今度は困惑の声がざわざわとしている。
一言一言にいちいち揺れ動いて、気持ちわりぃ奴らだな。イライラしてくる。
「でっでも出てきたのは事実なんでしょ?どうして違うって言い切れるの?」
俺を一瞬睨んだ後にそう言ったのは春波だ。まさに敵意剥き出しといった様子。
「あら、あなたも存外頭が悪いのね。ペンが無くなったタイミングが一致しないってことくらい想像つかないの?まぁあんな戯言を信じるくらいだから間違いないのでしょうけど」
「ぅっ……私はただ、蔵真くんが本当に盗んだのかを知りたかっただけで……」
「あぁ嘘つきの言うことなんて信じたくないもんな」
「ちっちがッ……!」
容疑者である人間の言葉なんて誰も信じない。
絶対に信じないという強い意志を持った相手に色々言うのはもう疲れた。もういやだ。
こんなのどうやって説明すればいいんだ?相手は聞く耳を持たないというのに。
初めから結果が一緒ならもうどうでもいいんだよ、意味がないから。
信じないのなら勝手にしていて欲しいんだ。俺のことはもう、ほっといてくれ。