四十四話 失言
「へー、それで?二人と急接近したんだ」
「はい……」
「突き放しゃーいいのに、アンタも随分無理するね」
ぐうの音も出ないことを言ったのは笹山である。あれから麗凪と別れたあとに一緒になったのだ。せっかくならと俺と二人きりの時間を希望していたのでね。
もし告美と麗凪がいなければ繭奈がガン詰めしそうな様子だったので、後でちゃんと埋め合わせしようと思った。
多分やばいと思う。俺も、繭奈も。
「まぁ蔵真は優しいとこあるし、突き放すのも無理か」
「そう、だね……優しいからなのかは分からないけど、なんていうか、気が引けるというか……いやハッキリ拒否しないといけないのは分かってんだけどさ」
「だろーね。でもさ、それがアンタの良いところじゃん。そのまま気付かないフリして、いい夢見させといたら?」
笹山の言い分は俺にとって都合のいいものだった。そりゃあ俺もそうしたいけど……難しい。
友人だからこそ、悲しい気持ちにさせたくないんだ。
優しいというより、甘えと言った方が正しいかもな。
「いいのかそれって?まぁ、いいのか……いや、良くないだろぉ……」
いつまでも告美と麗凪の好意を断らない訳にもいかないだろう。確かに悲しい気持ちにはさせたくないけど、だからといっていつまでも放置するのはよくないと思う。
自分の中にある甘えと、それではよくないという感情がせめぎ合う。これがいわゆる葛藤というやつか?
頭を抱える俺に対し、笹山は妙に上機嫌だった。
「しっかしまぁ、春波ちゃんとも山襞ちゃんとも名前呼びだなんてやるねぇ。二人とも可愛いし、いっそ行くとこまで行っちゃったら?」
「なんだよ行くとこって……」
「そりゃー……ね?」
行くとこというのがなにかが分からず、思わず首を傾げてしまう。葛藤の最中にそんな抽象的な事言われてもよく分からん。
そんなハテナマークを浮かべている俺を見て、笹山が吹き出すように笑う。
「っあはは!まぁいいや。せっかくならさ、アタシらも名前で呼び合おうよ。友達なんだし、あの二人ともやったんならさ」
「まぁそれくらいは良いけど」
別に断る理由もないからと頷くと、笹山は うっしゃ!と小さくガッツポーズをした。可愛いな。
そんなに喜ぶことなのかと疑問に思うが、実際笹山みたいな可愛い女の子と名前呼びは嬉しくも感じるな。
「じゃーこれからは龍彦って呼ぶ!龍彦もあたしの事 冬夏って呼んでよ!」
「あっうん」
妙に駆け足でそう言った冬夏に生返事をしてしまう。少し置いてけぼりになった彼女が、不満そうな表情を浮かべた。
「なにさー、せっかくなら名前呼んでよ。ほらほら、とーかってさ!」
「あっうん。分かったよ、冬夏」
「おけ!」
流されるままに冬夏の名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうにサムズアップした。
そうも喜んでくれるとこちらとしても嬉しいものだ。
「んーじゃ、そういうことで!」
冬夏が ほいっ、と声を出して俺の腕を抱く。そこは手を繋ぐとこからじゃないんかい。
そうは思ったが、しかし冬夏は友達と言うには妙な関係性だったので、口には出さなかった。
今考えると、なんで俺と繭奈の行為を見せつけにゃならんのだ。
「ちょっ、待ってくれ。それは色々とまずい」
「おっぱい当たってるもんね♪」
「わざとかコノヤロウ」
腕に感じる、少しだけ硬い感触の奥にある柔らかなもの。それが色々と想像を掻き立ててしまい、なんだか変な気持ちになってくる。
繭奈ほどじゃないにしても、結構かわいいんだよな……冬夏は。
だからこそめちゃくちゃ困るのだ。
「あはは♪でもさ、春波ちゃん達とも同じようなことしてたじゃん。見てたよアタシら」
「そりゃそうだけどさ、あの二人とは色々と違うだろ」
「へ?なにが?」
「いやまぁ、何がってわけでもないけどさ……」
告美や麗凪と比べて、冬夏はあまりに魅力的すぎるのだ。どうしてそう感じるのかと言われれば、今でもよく分かっていないけど。
あの二人が同じことをすれば頭にちゃんと血が回ってくれるというのに、それが冬夏になると違うのだ。下に回って仕方ない。
「んー?まぁよくわかんないけど、でも嬉しかったんじゃないの?可愛いじゃんあの二人」
「そりゃそうだけどさ、でも冬夏の方が……いやなんでもねー」
「ん?なんてー?もっかい言ってー?ほらほらー♪」
聞こえているクセに、わざとらしく冬夏がそう言った。耳に手を添えて、ニヤニヤとしながら頭を寄せてくる。
絶対聞こえたなコイツ、気を良くしやがって。
ここで拒んだりすれば逆に調子に乗るのは自明の理。それならば、敢えて突貫しようではないか。
こういうのは守りに入れば負けなのだ!
「あの二人よりも、冬夏の方が断然に可愛いだろって。しかもエロいし、比べるまでもないよ。だから、そんなにくっつかれたら興奮するし勘弁してほしい」
そこまで言い切って気付く、今のは完全にセクハラ発言であった。
しかし吐いてしまった唾は飲めない。潔く撤回するか、気にしていないフリをするかの二択だ。
気まずさのあまり俺は、後者を選んだ。
そんな中、隣の冬夏は顔を真っ赤にしてプルプルとしていた。
恥ずかしさからか無意識に腕の力が強くなっており、よりその身体をアピールしてしまっていた。




