四十三話 何やってんだか
喜びのあまりに抱き着いてきた告美であったが、しばらくしてゆっくりと上目遣いでこちらを見た。
その目は明らかに熱に浮かされており、少しだけ良くない気がすると思った。
どことなく上気した頬に、少し荒い呼吸を見ても発熱には見えなかった。発熱にしてはあまりに急変すぎる。
ソレを見て勘違いできるほど、俺は器用じゃない。
「もう少しだけ、こうしてていい?」
明らかに様子の違う告美を見て、俺はゆっくりと頷いた。彼女の頭を胸に抱きながら、自分の頭を落ち着かせるために、その視線から逃げるために。
気まずくなった心から目を逸らして、これから告美とどう接すれば良いのか悩むのだった。
しばらくの抱擁を終えた後は告美と山襞が交代した。告美のことを考えると、もしかしたら山襞も?と身構えたが、まさかそんなことはないだろうと思う。
「ふふ、やっと蔵真くんと一緒になった♪」
「そりゃどーも」
隣にいる山襞がそう言った。ニコニコと嬉しそうにしてくれるのは嬉しいが、告美との事があったので少し身構えてしまう。
「………えいっ♪」
いきなり掛け声を出した山襞は、俺の腕を抱くように身体を押し付ける。その起伏が服を通じて腕へと伝わる。
妙に柔らかいその感触に、ジワリと額に汗を滲ませる。それは決して暑いからではないことは明白だった。
「……少しだけ、少しだけね?」
「あぁ、うん」
告美よろしく頬を朱に染めた山襞が、首を傾げて言った。
なんとなく視線を下ろせば、告美とは違い暗めの浴衣が似合う。繭奈ほどではないにしろ、山襞もクールな性格だ。
「──浴衣、似合ってる。すごく可愛いよ」
せっかくの浴衣なのに触れないのはご法度だろうと、率直な感想を告げた。歯の浮くような台詞に小っ恥ずかしい気持ちになるが、それでも山襞は嬉しそうに笑った。
「っ……ありがと!」
そこはかとなく過剰な喜び方な気もするが、もし俺が逆の立場ならきっと喜ぶだろうと思うと、そこを気にするのは無粋だと感じた。
素直な言葉で喜んでくれるのなら何よりだと、それ以上 何を言う必要もない。
「──せっかくならコンタクトにすれば良かったかなぁ……」
「そのままでも充分可愛いよ」
「っ……それは反則っ!」
ちょっとだけ後悔するように出てきた言葉が気になって、思ったことを返す。顔を真っ赤にした山襞があまりに尊い。
心が揺れ動きそうになっていると彼女は俺の腕を引いて、人気のない隅へと移動した。
「そういえば、さっき告美と随分親しくしてたよね。蔵真くん……いえ、龍彦くん?」
「あっはい」
告美が俺の手を離して交代した時の別れ際、彼女は手を振りながら俺の名前を呼んだのだ。
『じゃあね龍彦くん!またあとで!』
当然ながらそれを聞いていたのだろう。というか目の前のやり取りならば気付かない方がおかしいというものだ。
山襞は俺の首に腕を回して、なにかを求めるようにしている。ここまで言われて答え合わせなどいらないだろう。
少し気恥ずかしくなりながらも、俺はゆっくりと口を開いて、腹を括った。
「っ……麗凪」
「ふふ、龍彦くん♪名前呼んでくれて嬉しい♪」
はにかむように笑う麗凪に、俺は思わず息を飲む。可愛いのは事実で、眼鏡を掛けた整った顔立ちの笑みが、浴衣も相まってやたら暴力的だった。
だけど、それに返せる好意を俺は持ち合わせていない。どう考えても、勘違いなんてやっぱりできないんだ。
「次に見せる時は、ちゃんとコンタクトにするからね♪」
そう言った麗凪は、俺に思い切り抱き着いた。
腕から感じていた感触を、今は胴体で感じていた。より鮮明に感じられる、やけに柔らかい感触。
恐らく麗凪は、着けていないだろう。
「気付いたかな?私がブラをしてないこと♪」
「みなまで言わないでよ、気にしないようにしてんだから」
してやったりとでも言うような笑みをした麗凪に、目を逸らして返す。
普通に気まずくて困ってしまうのだ。
「あは♪でも下はちゃんと着けてるからね?」
「だから言うなって!」
そういう事は胸に秘めて欲しいものだと、そう困りながら人知れず抱きしめ合うのだった。




