四十二話 進展
「今から二人きりで回ろうよ」
俺の隣を歩く春波がいきなりそう言った。二人きりとは……って、言葉の通りだろうが、一体どういう風の吹き回しだ?
別に二人で回るのが嫌という訳ではないが、かといって繭奈を放置するのは気が引ける。
そう思い繭奈を見るが、その彼女も俺を見ていた。いつもと変わらない表情で。
まぁ、時間をかけ過ぎなければいいとは思うけど……というか、その分やる事やれば彼女は怒らないか。
そう思った俺は、春波のお願いを聞くために頷いた。
「いいよ」
「……えっ、ほんと?いいの!?」
「いいよ別に。ただ、今日はあくまで白雪さんと来てるから、あんまり時間はかけれないけど」
凄い食いつきで確認してくる春波に思わず笑いそうになる。すると、後ろにいる山襞が あのぉ……と、声をかけてきた。
「それって、あとで私もいいかな?その、蔵真くんと一緒に回りたいし……」
視線を泳がせながら、照れるように言った山襞だが、それも含めて大丈夫かと、それとなく繭奈に目配せした。
彼女はやれやれといった様子でため息を吐いて頷いた。
「仕方ないわね、それくらいならいいでしょ。でも、あんまり待たせないでね」
「だってさ、いいよ」
「はぅっ……ありがと……っ!」
よほど嬉しいのであろう山襞が、顔を赤くして笑った。良かったね。
少し笑いかけただけなのに顔を真っ赤にしているのはよく分からないが、敢えて触れない事にした。
春波も山襞も、妙にデレてくるところに勘違いしてしまいそうになる。まぁ勘違いかの真偽は明かす必要もないけどね。
「えへへ……二人きりってなんだかドキドキするね♪」
「そっか」
あれから皆と別れて春波と祭りを回り始めたところで、彼女は頬を朱に染めて言った。
薄桃色という明るい柄の浴衣を纏うその姿は、他の連中が見たらきっと惚れてしまうことだろう。かくいう俺もとても良いと思っている。
「そういえば、その浴衣すごく似合ってるよ。可愛いね」
「えっ、はぁぅっ……あっありがとっ……!」
素直な感想を告げると、春波は既に赤かった顔をより紅くしてそう返して、繋いでいる手をニギニギとしている。
はっきり言ってかなり尊いんだが、俺はどうすれば良いんだ?
「そっそういば、蔵真くんは浴衣じゃないんだね」
「あぁうん。浴衣は持ってないから……来年には用意できたらいいかもって思うけどね」
「そっかぁ、じゃあ来年が楽しみだね!」
そんな会話をしながら、適当に歩く。別になにか目的があるわけでもないが、祭りなんてそんなもんだろう。
花火が始まるまでには、山襞とも回って、繭奈の元に戻らねばならない。
春波が悪いわけでも、山襞が悪い訳でもないのだが……どうしても繭奈が一番なんだよな、やっぱり。
こうやって一緒に手を繋いで、二人きりで歩いている訳だから、 " あの時 " のことはそこまで気にしてはいない。
ショックはあったけど、もうそれだけだ。克服したと言ってもいい。
なんたって俺には繭奈がいるから、そこまで他人の目を気にしなくても良いのだ。
本人が気にしてないし、むしろ嬉しい気持ちさえあったと言ってくれたしな。
大切な人が傍にいてくれるからこそ、胸を張って生きていけるんだ。
「ねぇ蔵真くん?実はお願いがあるんだけどさ……」
「ん?」
そんなことを考えている俺に、春波がそう言った。相変わらず照れたようにしているが、視線はきちんとこちらを向いている。
それから彼女は周囲の邪魔にならないように、隅の方へ手を引いたあと、ほんの少しだけ逡巡した後に一瞬だけ深呼吸をして言った。
「せっかくだし、私たち名前で呼び合わない?私のことは告美って呼んでほしくて……」
勇気を出して言ったと思えば、別に友達なら当たり前のことであった。
それくらいはどうということもないと思ったが、そんなことわざわざ口にすることもないだろう。断る必要もないし、悩むことでもない。
「いいよ。じゃあ告美さんも俺の事、龍彦って呼んでくれるかな?」
俺がそう言うと、告美は嬉しそうに頷いた。
「うん、ありがと龍彦くん!でもね?私のことは呼び捨てでいいんだよ!私は好きで龍彦 "くん" って呼ぶけどね♪」
「分かったよ。告美」
せっかくの厚意なので、それに応えると彼女は嬉しそうに笑った。まるで蕩けたように喜んだ彼女は、その勢いのままに俺に抱き着いた。




