三十一話 埋まりつつある外堀
悶絶していた繭奈を撫でたり抱き締めたりして更に追い打ちをかけた後、俺は彼女を放置して片付けに入った。
定期的に彼女を抱き締めたりして悶絶を継続させて、その間にパパッと片付けを終わらせた。食洗機便利ー。
今のテーブルには飲み物の注がれたコップしかない。
「ごっごめんなさい、全部やらせてしまって。本当なら私がやらないといけないのに……」
「お嫁さんにそんな事やらせるか」
「ぴいぃ!」
こんな簡単な言葉に悶絶してしまう彼女があまりにも可愛く、またもや抱き締めると繰り返しブヒブヒ言っている。
学校でのクールな姿ではなく、今では色恋に喘ぎすぎる悶絶少女となっている。可愛い。
一体どうしてしまったのか、随分とチョロチョロになってしまっている。
そんな繭奈を抱きかかえると、またもや びいぃ!と叫んだ。顔を真っ赤にした彼女を部屋に運んでベッドにそっと寝かせると、彼女は あっ……と言って目を逸らした。
「繭奈……」
「んぅ……?」
「大好きだよ」
俺の言葉に彼女は俯きながら、ゆっくりと頷いたあと、上目遣いでこちらを見た。
その瞬間に、その唇を塞いだ。
時刻は夕方の五時頃、何度も彼女と身体を重ねた後は二人でシャワーを浴びて、互いの身体を洗い合っているうちにその欲が再燃したので、もう一度だけ行為をした。
「んんっ……くあぁ、今日も満足ね」
大きく伸びをした彼女は、晴れ晴れとした表情で言った。
今から外に出るところで、俺が先に靴を履いたところだ。
靴を履いた彼女を連れて扉をくぐり、家に送る。手を繋いで、ゆっくりとこの時間を噛み締めるように歩く。
右手から伝わる温もりが、とても気持ちいい。
「今度、どこか遊びにでも行こっか」
「いいわね。いつにしようかしら」
これから夏休み。少しくらいは羽目を外して遊びたいものだ。
できるなら明日でもいいのだが、彼女にだって予定があるだろうし、そこは話し合ってみないとな。
「明日とか?」
「いいわね♪と言いたいところだけど、明日は友達と予定があるのよ。だからそうね……明後日とかどうかしら?」
「いいね」
遊べるならいくらでも遊びたい。ちなみに母さん父さんはデートするなら言って欲しいとのこと。
遊ぶためのお金は工面してくれるみたいだ、ありがたいね。
普段は仕事で家にいないけど、こういう時くらいは助けになりたいからだってさ。いい両親を持ったものだ。
繭奈と夏休みのことで楽しくお喋りしていると、思いの外時間が経っていたようで彼女の家の近くまで来ていた。
名残惜しいな……なんて考えていると、彼女の家には一台の車がバックで駐車されているところだった。
駐車し終わった車から降りてきたのは、少し吊り目で身長が180cmはあるだろうという男性だった。かなりのイケメンで、その辺にいるチャラいのでは到底太刀打ちできないことが分かる。
黒縁メガネがチャームポイントと言ったところか。
「おかえりお父さん」
「おかえり繭奈、もしかしてデートかい?」
どうやらこの人は繭奈のお父さんだったらしく、少し鋭さを感じさせる姿とは似ても似つかないほどに優しい声をしていた。
「えぇ、私の彼氏。龍彦くんっていうの」
「はっはじめまして!蔵真 龍彦っていいます!繭奈さんとはお付き合いさせていただいてます!」
「やめてよ龍彦くん。付き合ってもらっているのは私の方よ」
言ってしまえば社交辞令なのだが、俺の言葉に繭奈が真剣に言った。交際に関してはどっちもどっちだろう。
「あははっ!そうかそうか、君が繭奈の大好きな男の子なんだね」
「えっ、パパ?何言ってるの?」
お父さんの言葉に繋いだ手は離さないものの、冷たい声で詰め寄ろうとしている繭奈。
どうやらあまり触れられたくない話題だったようだ。っていうかパパって言うのか、可愛いすぎるだろ繭奈。
「僕は繭奈の父、舞智と言います。娘をよろしくね、龍彦くん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ニコッと笑いかけて手を差し出している舞智さんの、その手をしっかりと握って応える。優しく受け入れてくれて嬉しいね。
「パっお父さん、さっきのはどういうことかしら?」
スルーしている舞智さんに詰めている繭奈だが、今またパパって言おうとしたね。べつに素でもいいのに。
「まぁまぁ、その話はまた今度にしよう。じゃあ龍彦くん、気をつけて帰ってね」
「はい、それじゃ」
「まったくもう……龍彦くんほら」
帰ろうと思いむくれている繭奈の手を離そうとしたところで、彼女から手を引かれて舞智さんの目の前でキスをしてきた。
目の前といっても、どうやら彼は繭奈の行動を予測していたようでそれとなく目を逸らしてくれていた。気が利きすぎる。
「……じゃあね、龍彦くん♪」
「うん。またね、繭奈」
そう言って彼女の手を離し、手を振りながら帰路に着く。
繭奈も舞智さんも、二人して手を振ってくれていた。
俺が帰った後に舞智さんが『しまった!せっかくなら送ってあげればよかった!』と、繭奈と二人でショックを受けていたことを俺は知らない。




