二十一話 彼女の回想(1/5)
私が龍彦くんを好きになったのは中学三年の頃……彼を気にし始めてから一年は経過していた。
別に深く意識するような相手ではないはずなのに、あの一件で " もしかしたら私が好きなの? " だなんて呑気に考えてしまい、チラチラとその横顔を窺う日々。
こっちは悶々としているのに全然気付いてくれない彼についつい冷たく接してしまう。
そもそも彼を前にするとニヤニヤしそうになって上がろうとする口角を抑えることに必死だった。
なんとか普通の表情を保とうとすればするほど、怒ったような態度になってしまってどうしようかと悩んだものね。
ただ鬱陶しかったのは彼に向けられた周りの視線、そして認識。
あれは中学二年の時に起きた事件……クラスメイトのバカな男が私のシャーペンを盗んで龍彦くんの机に放り込んで、私がソレを探し出すとソイツがひょこひょこやってきてはやたらと大きな声で言った。
『ペンが無い?なら俺も探してやるぜ!』
別に頼んでもいないのにソイツは私の返事など待たずにズカズカとあちこちに声をかけて探し始めた。
友人たちもそれを聞いて私の状況に気付いたらしく、それならと彼女たちも手伝ってくれた。
そしてしばらく、もう授業まで時間が無いとなったときにヤツは龍彦くんの机からペンを取り出した。
いつも私に対してもフラットな態度で接してくれている彼の机にどうして?と困惑してしまったが、次の瞬間私はこう考えてしまった。
" えっえっ嘘!まさか蔵真くんって内心私の事気になってたとか?えぇちょっと待ってよそんなの心の準備出来てないってばちょっと待って私今大丈夫変な顔してない?あぁもう意味わかんないなんで?でもそっか彼はきっと私を不快にさせない為に敢えてフラットな態度を一貫してたのねそうに違いないわ!"
そんな考えで頭の中が花畑になっていた時、何故かドヤ顔していた空気の読めない男が私にペンを持ってきて守るだのなんだの寒いことを言った。
普通に迷惑なので拒否した。それなら蔵真くんが良いと思ったのだけれど、彼は驚いていたし何より彼にそんなことが出来るタイミングも無かったことを思えば、もしかしたら目の前のこの男が犯人だということはすぐに分かった。
先ほどまで咲き誇っていた脳内花畑はすっかり枯れ果ててしまい私の脳内はもはや木枯らしの吹く冬場の荒地となっていた。
しかし事はそれだけでなく、どうやら皆は愚かにも龍彦くんが犯人だと思ったようで私は辟易するばかりだった。
彼の友人たちが色々とフォローに回っていたものの、犯人の友人だからと効果は薄く、変わらず彼を罵る声が聞こえる。許せなかった。
だから私は、まず龍彦くんの傍に寄り添おうと声をかけようと思った。しかし私を見るその目は、まるで恐怖に満ちていたようだった。
昂る気持ちが悲しみに変わり、そんな落胆が私の態度を冷たいものに変えた。
気付いた時には遅く、彼との間にはどうしようも無いほどに隔たりができていた。
そんな私のショックを知らずに相変わらず周囲の人間たちは彼を罵る。だから私がまず、彼の罪がでっち上げであることを皆に説明した。
それを続けた甲斐あって龍彦くんに対するヘイトはだいぶ小さくなった。一部では燻りがあったようだけれど、それでもあの男と周りの一人二人程度のもので捨て置いても問題ないものだった。
ようやくもう大丈夫かと思ったけれど、まだまだ問題は解決していなかった。ソレまでにできてしまった私たちの間にある厚い壁、そして彼に対する私の態度が関係を進められずにいた。
あまり関わっても彼を傷付けるからと一線を引いていたことで冷たい態度が癖になり、いつしか冷たい対応をするようになった彼を見てそれからも諦める日々が続いた。
龍彦くんも私も傷付かないように、あくまで知り合いという体を崩さかなった。
結局失意のまま私たちは卒業してしまい、彼を好きという気持ちに蓋をしたままもう出会うこともないと、そう確信した私は静かに涙を流した。
これから高校生活だという時に、いつまでも過去を忘れられない私はまさかと驚いた。
進学した高校の校門をくぐった時、大好きな龍彦くんの背中を見たとき、私の脳内荒野が一瞬にして花畑に変わった。それもより一層花を咲き誇らせて、木枯らしは暖かい陽射しに……ってそんな表現、柄じゃないわね。
それでも龍彦くんが同じ学校に進学したことは私にとって光明だった。しかも同じクラスだなんて……っ!
すっかり有頂天になった私はついに彼に話しかけることに成功した!
『あら、まさか同じ学校だなんてね』
『あー、そうだね……もう行っていい?』
ピシリと凍った空気、あまりにも面倒くさそうな彼の表情に前途多難だということを理解した。




