十六話 いつの間にか
結局絡んできた繭奈は立ち去ってしまい、俺たちはポカンとしてしまった。
えっ、これって俺がディスられただけやん。
自分からアプローチしない優男が好きってどの口が言ってんだろ、今度じっくり話を聞いてみよう。まぁでも、多分ジェラってるよなぁ……
「まったく、蔵真くんを目の敵にしちゃってさ……大丈夫だからね?私たちがいるから!」
「そうだよ。だからもし傷付いたら言ってね」
「ありがとう」
春波と山襞がそう言ってフォローしてくる。二人には申し訳ないがソレで頼ることはなさそうだけど……まぁお礼くらいは言っておかないとな。
本当にいい子たちやなぁ……いい人に恵まれてくれ。
妙に近くなった距離のまま二人と下校し、山襞を先に家に送った。
「じゃあね蔵真くん!」
山襞が手を振って家に入る。なんで俺の名前だけ?まぁいいか。
春波は二人きりになったところで、いきなり手を繋いできた。えぇ!?
「えへへ、せっかくだし♪」
驚いてそちらを見ると、目が合った春波は頬を朱に染めながら笑った。かわいい。
しかし、前もそうだったが妙に距離の詰め方がおかしい。どう考えても相当の信頼などがあるようで、下手をすれば好意があってもおかしくない。
同じクラスだから知っているが、二人とも友達は多いし異性からもモテているようだが、距離が近いどころかむやみに接触するなんで事はしない。
つまり、好意をもっているというのもおかしくない……がそんなことはどうでもいいや、もしそうなら告白とかしてくるだろ。
そうなれば断ればいいし、もしそうでなければ俺の勘違いだったってことで、それでよし。
それに俺も男だ、女の子と仲良くするのは嫌じゃない。だからまぁ、このままでいいか。
春波の家に到着し、彼女は名残惜しそうな表情を隠すことなくその手を離した。こりゃ他の男子連中が見たら発狂モノだな。
「じゃあね、蔵真くん!」
「うん、じゃあまた明日」
彼女は笑顔で手を振りながら家に入る。
ここからは一人で帰る訳だが、思いの外寂しく感じる……ことは無かった。別にいつも通りでしたわ。
まぁ俺の頭の中にはずっと、繭奈がいたからなぁ……
なんとなく、スマホを手に取り彼女に電話をかけてみる。昨日彼女が家に帰る前に交換したのだ。
『もしもし、どうしたの龍彦くん』
二回目のコールに入る前に繭奈は電話を取ってくれた。その声は少し弾んでいるように聞こえる。
「いきなりごめんね繭奈、今から会えないかなって思って電話したんだけど……どうかな」
『いいわよ会いましょうどこに行けばいいかしら?』
俺がまだ提案しているというのに、食い気味で答えるあたり彼女の好意が伝わってくる。ちくしょうニヤニヤしちゃうじゃないか。
「えっと、今は繭奈の家まで少し離れてるから……」
『あぁ私も今は外に出てるから、もし良ければ龍彦くんの家に行きたいのだけれど……ダメ?』
「全然いいよ。それで、俺が今居るのは……」
そんなこんなで繭奈と集合場所を決めてそちらに向かう。俺の家には相変わらず両親はいないし、昨日だって母さんの帰宅はだいぶ早い方だったので、今日こそはずっと二人きりだ。
年頃の男女が同じ屋根の下にいるなど、何をするのかは明白である。
すでに俺の心は繭奈にメロメロになっているのかもしれない……今どき使わない表現だな。
集合場所に着いた俺は、まだ来ていない繭奈に到着した旨を伝え彼女を待つ。
なんとなく空を仰ぎ、なんでこんな事になったのかと思い返す。
彼女が俺を気になり始めたきっかけや、その結果俺を好きになったことは分かるけど……それにしたってあまりにチョロいというか、そんな単純な理由で好きなになるものなのだろうか?
好かれるのは凄く嬉しいし、他の連中には見せない表情や姿を俺だけに見せてくれる、つまり彼女を独占しているような、そんな優越感に浸れるのは幸せなことだと思う。
ただ、どうしても完全には信じられない自分がいて、本当に繭奈が俺の事を好きなのかと勘繰ってしまう部分がある。
もしかしたら罰ゲームやら嫌がらせやらなんやらと頭に過ぎるが、だとしたらそんな簡単に身体を許すわけが無い……多分。
もしかすると彼女があそこまで好意を伝えてくるのは、きっと信じるとか信じないとか、そんな余地を許さないほどに態度で示そうとしているのだろう。
まさかここまで繭奈との距離が近くなるとは夢にも思わなくて、嬉しい反面どこかで ガクッと下がるのでは無いかと不安になってくる。
だから何となく、その名前を呼びたくなった。
「……まゆな」
噛み締めるように、その名前をそっと呟く。
ずっと嫌悪されていると、避けられていると思っていた。それでも昨日彼女と身体を重ねたことは間違いなくて、連絡先を交換していることがそれを証明している。
「呼んだかしら?」
その名前の主の声が後ろから聞こえ、グルグルと頭の中を巡る思考を押しとどめた。
まさか聞かれていると思わなくて驚いてしまう。
「驚かせてしまったわね、ごめんなさい」
「謝らないでよ、嫌じゃないから」
気にする必要はないというに、わざわざ謝罪してくる彼女にこちらの方が困ってしまう。
彼女は ふふっと笑って抱きついてきて、それに応えるようにその背中に手を回す。
「そんなに会いたかったの?」
「うん。会いたかった」
俺がそう答えると、繭奈は嬉しいようでニヤニヤとしている表情をこちらに見せて、唇を重ねてくる。
「そんなに求められると嬉しいわね、せっかくならここでする?」
「えっ、それってつまり……」
それってつまり青……何をとは言わないが、つまりそういう事だろうと困ってしまう。気分が高揚している彼女が、突然変なことを言い出しそうな予感がしてヒヤヒヤしてくる。
「そうよ、つまり青か」
「やめよう、そこから先は家で」
まさか本当にそういうこと言うとは思わなかったよ。
やっぱり繭奈はそういうキャラなのかもしれないと、ヒヤヒヤが的中してしまったことに頭を抱えるのだった。




