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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

明暦の魔法少女

作者: 冴木甲士

 寒さは年中。たまに暖かいときもある。


 旅を続けているとどこに行っても思うことだ。

 特に山中での生活を送っている身としては空気の冷たさを嫌というほど味わっている。


 今俺は、方向さえろくにわからぬ山の林の中をひたすらに歩き回っていた。

 日の光をほぼ遮る樹木の集まりに虫やら小さな動物が住処(すみか)を作っている。

 地面は太い木の根や土を見えなくするほどの雑草に覆われてでこぼこになっており、まともに歩けたものではない。

 人が往来のために整備した道というものの便利さを、ここ数日は痛感していた。


 寒さだけではなく、腹も(から)になっている。

 最後に食ったのは山の林のそこらになっていた何がしかの木の実。

 ときには野草など、とにかく目に付いた食えそうなものを片っ端から口に入れていき飢えを(しの)いでいた。

 だが、そうしていても元来た道を探し回って数刻すればまた腹が食べ物を求めていた。

 いつになったら山の中から人の気配のある場所に戻れるか。

 ひょっとしたら死ぬまで獣とともに山暮らしかもな。

 そんな、どこか他人事のように我が身の状況を思いながら山林をさまよっていたときだった。


 ドン、と轟音が鳴り響いた。

 わずかながらに地面を震わせる、火薬が炸裂(さくれつ)したような音である。木や獣の仕業で出たものでないことは明らかだった。

 猟師が獣に向けて鉄砲を放った音であろうか。それにしては規模が大きい気もした。

 なら大砲か、とも思うがこんなろくに人も立ち入らない奥地で(いくさ)や訓練でもしているのか。

 いずれにしても突如鳴った奇妙な音の正体に興味が沸き、その方向へ足を走らせることにした。

 空腹のことは、忘れていた。


 しばらく音のした方向へ走ってみると、正面の奥に桜のような色が見えた。

 山に咲いた花というわけではなく、人の形をしているのが木々に隠れている中でも確認できた。

 全体を桜色で染められた服を着ている人が、奥にいる。

 そう頭が理解している頃には相手のいる方へ辿り着いていた。


 やけに不思議な場所だった。

 先程までさまよっていた林は抜けており、池が視界に広がっていた。

 桜色の人らしきものに意識が行っていて池の方には出てみるまで気付いていなかった。

 池の水は晴天に負けないぐらい澄みきっており、鬱蒼(うっそう)とした林で数日も過ごしていた後だと神々しささえ感じられた。


 より不思議なのは、その池の近くに(たたず)んでいる人の方であった。

 十ぐらいの子供を思わせる背丈。

 そのぐらいの背丈であっても女だと察するような顔つきと体つき。

 服と同じく混じり気ない桜の色に染まり、頭の左右でそれぞれ結った長い髪。

 そして遠くからでも目に付いた、珍妙な形をした桜色の服装。


「……お(さむらい)さん?」


 俺の姿を見た子供は、やや間を置いてそう言葉を発した。

 ……侍、ねえ。


「侍なんて立派なもんじゃねえよ。牢人って奴だ」


 苦笑いとともについそんな自己紹介が出てしまった。

「……ふーん」

 子供にすればどうでもいいことのようだった。


 さて、どうするか。

 興味本位のままにこの正体不明な子供のもとへ来たものの、その後のことなど何も考えていなかった。

 さっきの妙な轟音について、このあからさまに怪しい出で立ちの子供が何かをしたと見てよさそうだ。

 子供は無表情で俺とずっと向かい合い俺の方から目を()らさずにいる。

 俺が何か妙なことをしてこないか警戒しているのかもしれない。

 だが、その姿からは同時にある雰囲気を感じ取った。


 親元を放り出されたばかりの未熟な獣がいきなり遭遇した敵を威嚇(いかく)しているような、そんな気配があった。


 ……とりあえず、話をしてみるか。

 俺はその場で胡坐(あぐら)をかいた。ううむ、地べたが冷たい。

 子供は何だ何だと言いたげに、よりこちらを警戒するような面構えになり、姿勢を変えた。

「お前は何者なんだ」

 俺は目の前の子供に誰何(すいか)した。

 子供は俺の問い掛けに意外なような表情を浮かべて少し黙っていたが、やがて口を開いた。

「……答えなくちゃダメ?」

「いや、別にいいが」

 目の前の子供の正体は少しどころか大いに興味があるものの、無理強(むりじ)いする気にもならない。

 子供はまた少し沈黙した後に

「まあ、いいか」

 と置いてから自己紹介を始めた。


「私は、魔法少女」

「へ?」

 全く聞き慣れぬ言葉に思わず聞き返してしまった。

「私は、魔法少女。そう呼ばれる存在」

 聞き違いではなかったようだ。

「マホウショウジョ……て何だ? 新手(あらて)の妖怪か?」

「違う。妖怪と一緒にしないで」

 子供、いやマホウショウジョ、だったかはムッとしていた。


「今から、ずっとずっと先、数百年ぐらい後に、この国は魔法と呼ばれる技術を生み出すの」

 マホウショウジョは(いぶか)しむ俺に構わず説明を続けた。

 この時点で既に疑問は尽きないが俺は最後まで説明を聞くことにする。

「魔法っていうのは、簡単に言えばこの世の不思議を扱う技術。例えば空に浮かんで自由に飛び回ることもできれば、強力な攻撃を放つこともできる」

 マホウショウジョが急に地面より真上へと浮かぶ。

 飛び跳ねたわけではない。足元をはじめ、直立の姿勢を一切変えずにゆっくりと地面から足が離れていた。

 ……なるほど、こりゃあ驚いた。

 こんな奇妙なマネができるのが「魔法」ってわけか。

「呪術とか祈禱(きとう)とか、そんな類のことか」

 そんな眉唾物(まゆつばもの)の術について聞いたことがあるが、コイツのいた所だとその術が魔法と呼ばれて発展したのだろうか。

「違う。あれらはただのインチキ」

 そうなのか。にしても随分と言い切ったな。

「魔法を使えるのは一部の子だけ。その子達のことを魔法少女と呼んでいる」

 そういうことか。魔法と魔法少女っていう言葉の意味だけはとりあえず理解できた。


 次にさっきの説明で最も気になった点を確かめる。

 どうでもいいが俺が地べたに座っているのに対して魔法少女の方は立ったまま俺をやや見下ろす形でずっと話をしている。服が汚れるのが嫌なんだろうか。繊細だな。

「数百年ぐらい後って言ってたが、お前は何か? 未来からやって来たのか?」

「うん。ちょっと理由があって送り込まれてきた」

 誰かの差し金ってことか。

「魔法ってのを使ってこの時代の天下でも取りに来たか」

 ちょっとした冗談のつもりだったが、少女はまたしてもわかりやすく眉をひそめた。

「そんなことに興味ない。あなたはできるならそうしたいわけ?」

 魔法少女の物言いに思わずフッと吹き出してしまった。

「俺も興味ねえさ」


「ところで、こっちも質問していい?」

 魔法少女は俺へ不機嫌そうなツラを解かなかったが、そのまま俺との対話を続けた。

 魔法少女の話に俺の方もまだ気になる部分はあったが、今度はこっちが答えていく番か。

「どうぞ」

「あなたはここで何してたの?」

「旅だな」

「旅?」

 魔法少女がきょろきょろ見渡す。

「あなた以外に人が見当たらないんだけど、一人でこんな所に?」

「まあ、いろいろあってな」

「いろいろ?」

 コイツ、やけに掘り下げてくるな。

「道中で小腹が空いてな。路銀を浮かしたくて道の近くの山に入って食い物探してたら元の道がわからんようになった」

 そこまで話して、自分がさっきまで腹を()かせていたのを思い出した。

「……あなた、一人でずっとそんな調子の旅を?」

「放っとけ」

 魔法少女は俺から一歩後ろに引いた。


 このとき、突然林の方からガサリと音が立った。

「……!」

 魔法少女の方も気付いたらしい。

 俺は胡坐から立ち直り、音のする方へ体を向けた。

 そして、腰の刀に右手を添えた。

 音は一つではない。

 明らかに複数の動物が群れをなしてこちらに向かってくるような気配だった。

 ガサガサと音を立てている存在は、間もなく俺達の前に姿を現した。


 それらは、複数の熊であった。

 数は、三頭。

 大きさからしていずれも大人の熊だ。

 熊共は俺達の方へと顔を向け、四つん這いに身構えていた。


「ちょっと下がってて」

 魔法少女が俺より一歩分、熊共へと近付いた。

 いかにも俺を(かば)おうとしている具合だった。

「久しぶりに肉にありつけそうなのに狩るなってか」

 俺は魔法少女よりさらに一歩先へ出た。

 この山に入ってから熊や猪といった獣を狩って食ったこともあるが、それもわずかな頭数のもの。

 結局は木の実やら野草やらが主食となり、しばらく物足りない暮らしをしていたのだ。

「……あなた、熊が怖くないの?」

 魔法少女が最初から持っていた奇妙な形の杖を、熊共に向けながら問う。それもずっと気になってたんだが何なんだ一体。

「魔法とやらに比べりゃあな」

 俺の言葉に前後して、熊の一頭がやにわに襲い掛かってきた。

 獣らしい足の速さで、見る見る俺や魔法少女に肉薄してくる。


 熊が間合いに入ったところで、俺は腰に掛けた刀を抜き、その勢いのままに熊を斬った。


 俺の放った一撃は熊の顔を二つに割った。

 その熊が走ってきた勢いのままに俺の方へと突っ込んでくるので急いで身を(かわ)した。

 時間が経ってもこっちへ取って返す様子がない。とどめは要らないようだ。

 魔法少女の様子が、視界の端に映る。

 俺の方に顔を向けてポカーンとしていた。

 猛獣を前にして随分と吞気(のんき)な魔法少女にとりあえず注意を掛けてやる。

「来たぞ」

 と俺が言うと魔法少女は思い出したかのごとく熊共へと向き直った。

 残り二頭の熊は同時に走ってきていた。

 方向からしてそれぞれ俺と魔法少女に狙いを定めたようだ。

 魔法少女へ向かってきた方を先に狩るか、と判断した瞬間に思いも掛けぬ光景を見た。


 魔法少女の杖の先端から、大きな音とともに桜色の光の筋が放たれた。


 その光は魔法少女を襲わんとした熊の頭に命中し、鉄砲のように貫いていった。

 遠くから頭をぶち抜かれた熊は魔法少女へ間合いを詰めることも(かな)わず倒れていった。

 ちなみに俺は、その間に俺へ迫っていた最後の一頭を斬り伏せていた。

 内心は、驚きに満ちていた。


「……終わりみたい」

「そうだな」

 一応周囲を見渡すが、他に俺達を襲おうとするのは見当たらなかった。

「さっきの光が魔法の力って奴か」

「うん、そう」

「さっきもこんな危ねえもんをどっかに発射してたのか」

「うん。空に向かって試し撃ちしてたけど、どうしてわかったの?」

「林の中でも光をぶっ放したときのでっかい音が丸聞こえだったぞ」

「あ」

 意識してなかったのかよ。俺だけならまだしも他の人々が聞き付けてたら大騒ぎだぞ。


「しかし、熊が群れをなして動くなんてな」

 この山で熊に遭遇したことは一度あったが、そのときは単独だった。

「私も熊の習性は詳しくないけど、何か変な感じがした」

「……遠くから俺達を狙うようにやって来たこととかか?」

「そう」

 俺も違和感はあったが、魔法少女も同じように思っていたとはな。

 でもさっきの音に無頓着なこともあるし、抜けてるのか鋭いのかよくわからんな、コイツ。


「多分、さっきの熊達も他の魔法少女による魔法で操られたんだと思う」

 出たよ。さっき説明してた不思議な術のことか。

「魔法ってのは、そんなに色んなことができるのか」

「万能ってほどじゃない。でも、魔法でできることは様々」

 嫌な想像を搔き立ててくれる情報だな。万能じゃないなんて言われても何の気休みにもなりゃしねえ。


 ここで、魔法少女が俺の方へと体を向けた。

「……私がここに来たのは、ある使命のため」

 いきなり何の話だ?

「でも、その使命を果たすために、この時代の日本をしばらく過ごさなきゃいけない。この時代のことをよく知らなきゃいけない」

 魔法少女はここで、俺の前へと進み出た。


「よかったら、私も旅に連れてってほしい。自分の目でこの時代のこと、学びたい」



 ――1637年(寛永14年)4月、一人の魔法少女と一人の牢人はこうして出会った。

 この二人が、のちの明暦におけるある出来事に深く関わっていくことになる。


某社の審査に提出した原稿が落ちたものの、もったいないのでここで供養がてら投稿。

連載するかは考え中。

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