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二十三話:『隧道』(二)


 『隧道』の全長はその時によって変化する。

 これは魔窟に満ちる魔力の総量に左右されている故というのが定説だ。だがそれだけではない。

 魔剣ヴァハールの語るところによれば、最奥部の墳墓に人が立ち入った時は長くなるそうだ。どうして魔剣がそのようなことを知っているのか。ライオは聞きたくなったが、敢えて聞かないことにした。

 その方が粋な仕草に思えたし、そもそもその答えが墳墓で待ち受けている予感があったからだ。


 砂利を踏みながら、ライオとシェズは『隧道』の入り口に立った。二日ぶりになる。

 休息と物資の補充を行った二人は、万全の態勢でやって来ていた。

 今回の挑戦で踏破する。そう決めて来たのだ。


 二日の間に『隧道』周りはかなり荒れていた。

 冒険者の探索チームが組まれるも、それを上回る数の魔物に襲撃をされたのだ。ポージェだけでなく灰背拝貝(ベヘイン)青大狢(ドゥナス)赤色咬鼬(アイアタル)と言った混成ぶりに彼らはたまらず敗走することになった。『隧道』のみならず、『砦』と『陸橋』に住まう魔物まで姿を現したことは大きな混乱をもたらした。

 魔窟の繋がりや魔物の融通は議論されてきたが、図らずもそれが証明された形になるからだ。


 領都スオンボイツェンの面する三魔窟の魔物揃い踏みの編成に、ギルドは尻込みした。火中の栗を拾うではないが、敢えてこのタイミングで無理をする必要があるのかと考えてしまったのだ。

 待てば好転するのでは。時間が解決するのでは。彼らはそう信じて、消極的な方策を打ち出した。

 そうして頭が及び腰になれば、手足たる冒険者たちも動きが鈍くなるもので。

 『隧道』は監視の数名を除いて、人気(ひとけ)が無くなっていた。


 そんな監視を振り切って、ライオとシェズは魔窟に突入したわけである。


「イベントが起きているとあからさまに教えてくれるのは少々意外だよね」


「あたしはゲームだからそんなものだと思うけど」


 さて押し問答も面倒だからと、初めから魔剣によって昏倒させて乗り込んだ『隧道』は、その名前に反して騒々しかった。


 茂みのあちこちから気配が感じられ、砂利道を彷徨く影もある。獣の生臭さが漂っていた。

 ライオの眉間にシワが寄る。

 想像以上に猶予がないと気づいたのだ。


「急ぐぞ」


「どうしたの、急に」


「前回と魔力の流れが違う」


 『隧道』の先から流れてくる魔力は格段にその圧力を弱めていた。

 前回が小川のせせらぎであれば、今回は岩壁から染み出す程度と言ったところか。弱々しく頼りない。

 ライオがユレンメンの『塔』で感じたあの怒涛のごとき魔力とは比べ物にならないだろう。


 魔力は今にも途絶えそうだが、しかし魔物は溢れている。

 ライオは墳墓で何かが行われていると確信した。

 魔物は時間稼ぎだ。黒幕は魔窟が保たなくとも構わないと考えているに違いない。限界を超えて魔力を絞り出させているために、このような流れの弱さに繋がっているのだ。


 こうもうようよと魔物がいる状況で、斥候も何もない。

 ライオは先陣切って走り出そうとし、そこで一つシェズに言っておかねばと思い至る。


「帰るなら今だ」


「煽ってんの? 上等! 全部片付けたらあんたぶっ飛ばしてあげるから」


「……謝るから勘弁してくれ」


 二人は並んで駆け出した。

 墳墓に人がいる『隧道』の長さは伸びる。しかし今はそれ以上に魔力の消耗で縮んでしまっている。最奥までは平時と変わらないか、それより少し短いくらいだろう。ライオはそう予想する。

 魔物を平らげながらの全力疾走。

 その終わりは近い。




 跳ぶより先にポージェを両断し、アイアタルの接近に合わせて刃を滑らせる。魔剣は鼬の身体を裂いて骨まで滑らかに断って見せた。

 ライオの空いた左腕はそのままアイアタルの顔面に拳を炸裂させて吹っ飛ばす。あれは失血で死ぬ。彼は次へと狙いを定めた。


 シェズはよく動いている。だが決定力に欠けた。時間をかければ仕留めきれるだろう。しかしその時間が惜しい。

 自然、彼女の役目は足止めとなり、トドメはライオに回ってきた。

 魔剣の切れ味であれば、この程度の魔物は紙を切るより容易い。一振り一殺。死体を量産して進む。


 襲いくる魔物たちで一番厄介なのはベヘインだった。

 茂みに紛れたり道を塞いでいたりと出現方法は様々なのだが、奴らは総じて毒を撒く。液体なためまだ目視できるのが救いとなるが、乱戦の最中でそこまで気を配ることがどれだけ大変か。

 集中力を削られて、そこに数で押す戦法が噛み合うことで、二人の足が鈍らされる。

 ライオはシェズを庇って二回毒液を浴びていた。毒性はそう強いものではない。ただ、痒みや腫れが出る。それが尚更集中力を奪った。


 初めは軽口を叩いていた二人も、次第に静かになる。魔物を殺す機械のようになって、砂利道を進み続けた。


 ライオがポージェを切り伏せる。

 シェズの援護でドゥナスの足が止まる。その首を彼の魔剣が落とし、さらに死体を生み出した。

 ベヘインは構うだけ無駄だ。とっとと走り抜けるに限る。

 アイアタルの腹を割いたライオは、返す刀で狢を両断する。すかさずその空いた穴にシェズが閃光を撃ち込み、魔物を怯ませて空間の確保をした。ライオがそこに前進する。


 墳墓の手前に来ると、魔物たちは離れ始めた。何か忌避すべきものがあるかのような振る舞いだ。殺虫剤でも撒かれたような、そんな挙動でバタバタ走り逃げていく。




 墳墓の入り口は閉ざされていた。

 半ば地下に埋まったそれは、言われなければ墓だと分からないだろう。小さな丘のようにも見えた。


 ライオは躊躇うことなく、その封じる扉を斬り倒す。内から閂が掛けられていたようだが、扉もろとも切断してしまえば困ることなどありはしない。抵抗虚しく、ライオたちの前に道が開かれた。

 ひんやりとした冷気と、どろどろとした粘性を帯びた魔力がゆったりと流れ出てくる。

 ライオは険しい顔をしたし、シェズも同様だ。

 心霊スポットを何倍にも煮詰めたかのような気配に、二人は揃って嫌悪感を覚えていた。


 それでも止まらず進んでいく。

 墳墓の中は魔力に満ちていた。

 魔窟の魔力はやはり簒奪されていたようで、ここに溜め置かれて何かに利用されていたのだとすぐに分かった。ただ、その魔力も変質していて、何を目論んでいたのかライオには皆目見当もつかない。


「……いや、この変質が目的か?」


 呟きは吸い込まれるように消えた。

 音が反響しないのだ。石が積んである壁も天井も、魔力によってしっとりと濡れていた。この魔力が音をかき消してしまうのだ。

 お陰で、奥の様子を伺い知ることも出来ない。


 冷たい手触り。血腥さ。

 それらはライオに嫌な想像をさせる。

 生理的な嫌悪が生じるような、そういう類いの想像だ。

 ちろりとシェズに視線をやれば、彼女は彼女でげんなりとしていた。ライオの想像とはまた別の何かに感づいたようで、天井を見上げている。


「あれ見て。腕だよ」


 彼女が指差した天井の石には、人の腕が呑み込まれていた。めり込むでもなく、突き刺さるでもない。腕が吸い込まれると言うのが一番表現として近いだろう。確かに石の中にあるのだ。

 化石のような、しかしそれとは確実に違う有り様は、どうしようもなく現実離れしている。


 ライオが天井を見ている間に、シェズは辺りの石を明かりで照らし始めていた。

 あちらにもこちらにも。

 人の身体が石の中にあった。腕、足、指、掌、内臓、顔。バラバラになって埋め込まれている。

 まるで展覧会だ。


『これで干渉しているわけだ。悪趣味な連中だよ、全く』


 それまで黙っていた魔剣が堪えきれずといった様子で呟いた。

 なるほど、魔力の変質はこのようにして引き起こされていたのか。ライオの中で合点がいった。

 同時に、先ほど浮かんでいたろくでもない想像がより現実味を帯びる。




 そうしてライオとシェズは最奥へと至る。

 通路は石によって塞がれていた。だが、ここまで来て行き止まりと思うことなんてないだろう。

 ライオは魔剣を岩に突き立て、魔剣はその岩を砕く。



 『隧道』の終点。墳墓の中心部、その石室に辿り着いたのだ。








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