二十二話:『領都』(三)
──翌日。
ライオとシェズは今後の方針を話し合っていた。
シェズが集めてきた情報に曰く、ポージェがあのような入り口近くにまで来ているのはあり得ないとのこと。
「だがそのあり得ないことが起きている」
「ついでに言えば、他の連中も出くわしてて何組かは敗走したってよ」
ライオは驚きに目を丸くした。
ポージェがそこまで強いと思えない。そう口にしようとして、前提条件の違いを思い出す。
そもそもの話として、プレイヤーは強いのだ。身体能力そのものがNPCよりも優遇されている上に、中身入りであるために咄嗟の判断力にも優れている。
それから、大半の冒険者NPCは食い詰め者の成れの果てであることを忘れてはいけない。教育の足りていない彼らは効率的な狩りの進め方という思考の概念自体を有していないのだから、比較する対象としてそもそも十分と言えないのである。
危うく口に出すところだったが、仮にそれを言葉にしていればライオは間違いなく反感を買っていた。
何せここは冒険者ギルド。
その食い詰め者どもの巣窟であるのだから。
……ライオは己れを基準に考えているが、プレイヤーであったとしてもポージェは強敵だ。シェズが有効打を与えられなかったのは、彼女の火力が不足していただけではない。
人並みの猫などただの猛獣なのだ。それが敵意を持って襲ってくるとあれば、並みの戦士では太刀打ちできまい。
アフリカのとある部族では成人の儀式としてライオンを狩るというものがあるそうだが、儀式をこなせずに成人として認められない戦士もある程度出るそうだ。
ゲームであるが故に同じ条件とは言えないが、それでもそういうことだろう。
黒パンをミルクスープに浸し、ライオは機嫌良さげにナッツを口に放り込む。
昨日倒したポージェ、あれがそれなりに金になったのだ。六頭分となれば二人で分けても結構な額で、お陰で宿に泊まれたライオは二週間以上ぶりにすっきりとした目覚めであった。
食事もグレードアップだ。勿論、昨日奢ってもらった分を返してのことである。
どうしてかシェズはあまり受け取りたがらなかったが、ライオは無理やりに銀貨を握らせた。
「ご機嫌ね」
「そりゃあ、そうだろ。ミルクスープにはベーコンが入ってるんだぞ」
シェズの目が細められる。
「何それ、あんたホントにプレイヤー?」
「二週間山をさ迷えば誰だってそう思うだろうさ」
「……そうだったわね」
顔ほどもある大きさの黒パンをライオはおかわりする。
シェズはそれを見て何か言いたげにしたが、黙って白パンにバターを塗る。
いや、不味い訳ではないのだ。黒パンは風味があって多少クセが強いために好みが分かれるというだけであって、決して不味いものではない。
独特の酸味や固さが人を選ぶだけである。
ただ、シェズは白パンの方が好みというだけのこと。それを言ってしまえば押し付けになると口を噤んだのである。
「どうした? 塗りすぎじゃないか?」
シェズのパンはバターまみれでデロデロになっていた。ちょっと余計な物思いに耽ったせいである。
その原因であるライオにバターまみれの白パンを押し付けて、シェズも新しいパンを頼むことにした。
ライオは味変だと喜んで食べた。
「で」
ある程度食事が済んだところでライオが脱線していた話を戻す。
「ポージェの縄張りが変化したと」
「……そうよ。入り口近くには寄って来なかったはずなの、冒険者が居るから」
しかしポージェは現れた。それもはぐれではなく群れとして。
生息域の変化。ライオはそう呟くと黙り込む。
何やら考え込んでいるライオを見て、シェズは情報の追加を行う。
「あたしが話を聞いた連中は皆ポージェに襲われてた。八組全部でだ。どこも撤退したそうだけど、一組だけポージェの奥に魔物を見たらしい」
「……奥?」
ライオが目線を上げる。
道の先ではなく奥。それは茂みの向こうを指しているのか。
ライオの疑問は当たっていた。
「茂みの中に"人影"を見たってさ。その内ギルドは大慌てになるんじゃない?」
はーやれやれ。シェズはそう言わんばかりに頭を振った。面倒事の気配だ。
ライオの目線が机に落ちる。
黒パンを貪る機械に変わってしまった彼が、おかわりした分を平らげてからのこと。
それまでむっつりと黙っていたライオが再び目線を上げた。
「魔物の生息域の変化で一つ思い出したことがある」
「……へぇ、何さ」
「人為的に引き起こすことが可能だ」
「だろうね。人影があったらしいし」
「それだ」
ライオは人影がおかしいのだと言う。見られるほどに近づく必要はなかったはずだ、と。
魔物に干渉するには魔術を用いる必要がある。だが、魔窟でそのような真似を仕出かすには、魔窟そのものの魔力の流れを掌握する必要があった。そうでなければ、溢れ出す膨大な魔力に術式をかき消されてしまうからだ。
そして、魔力の流れを掌握するということは魔窟そのものを手中に収めることと同義。
わざわざまどろっこしい真似をせずとも、干渉することが出来るようになる。
それこそ、近づく必要すらない。
『この剣のように最奥からでも影響を与えられる』
ならば魔窟を掌握していないのでは。
シェズにそう問われれば、ライオは首を横に振った。
先に述べたように、魔窟を掌握していなければ溢れ出す魔力によって魔物を操る術式が押し流されてしまう。どれだけ近くに居ようと距離の問題ではないのだ。
『魔術的な繋がりが切れるわけだ』
つまるところ、ライオが言いたいのは本命が『隧道』の最奥にあるということだ。
ポージェをけしかけているのはギルドの目を奥に向けさせないためで、人影を目撃させたのもその一環であると考えたわけである。
「なるほどね……。でもあんたが正しいことを言っているとは限らないわよね?」
シェズの指摘にライオは言葉に詰まる。
明かせていない情報源が彼女の疑念を補強してしまう。
「何か隠しているみたいだし……」
正面から覗き込まれ、ライオは思わず視線を逸らす。それから慌てて正面に戻すが、シェズは真っ直ぐに見つめてくる。
ライオは降参の意を示すように両手を挙げた。
「そんなに分かりやすかったかい?」
「まあね、バレバレよ。でもいいわ。その隠している札は、いざという時に切ってくれるんでしょ?」
「勿論だ。出し惜しみはしない」
ならいいわ、と彼女は言った。
追及しないつもりなのだ。
ライオはシェズのそんな姿勢にありがとうと感謝を述べた。
話そうと思えば話せないことではない。ただ、場所を選ぶ話題であるし、出来ればまだ内緒にしていたい。
そんな彼の稚気を見通したのか、シェズは少々誇らしげに笑った。
「それで話を戻すけれど」
シェズはポージェの分布について、結局ライオが何を言いたいのか質問した。
『隧道』の奥が本命だとして、それが一体何なのか。
ライオはその質問に、我が意を得たりと答え出す。
「ポージェの生息域の変化に魔術的な要素が関わっていないのであれば、奴らは追い立てられているだけなんだ。それはつまり、追い立てている犯人が居るということでもある。そいつは『隧道』の奥で何かを目論んでいるのさ」
「そんなの分かってるわよ」
「いやいや『隧道』の奥だぜ? 私らの目的地じゃないか」
「ああ、そういうこと。かち合うって言いたいのね?」
「その通り。それも何かろくでもないことを仕出かそうとしているところにね」
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