二十一話:『領都』『隧道』
「ダメですよ! 私は反対です!!!」
意気投合した二人は早速魔窟へと突撃しようとしたのだが、想定外の障害が立ちはだかった。
それはギルドの受付である。
一人で入れないのなら二人で。そんな考えのもとパーティを組むことにしたと言うのに、魔窟挑戦の届けをするときに猛然と反対されてしまったのである。
その理由は、ライオであった。いや、シェズもだが。
得体の知れない、ついでに素性も知れない、男と二人きりで魔窟に潜るのは女性であるシェズの身が危険だという主張である。
分からないでもない。分からないでもないが、ライオとしてはまるで面白くない。
これではまるで犯罪者ではないか。実際のところユレンメンの一件でライオは犯罪者であるのだが、それでもこの扱いは納得が出来なかった。
面白くないのはシェズも同様である。
ある程度仲良くなったプレイヤーが性犯罪者紛いの言われようであるのだ。シェズの目が節穴であると言っているようなものであり、いたくプライドが傷つけられた。
さらに言えば、シェズはギルドの規則変更の煽りを食らっていた立場だ。理不尽な主張で魔窟への進入を妨害されていると、彼女は受け取っていた。
『──度し難いな』
魔剣すら怒りを露にしている。
それがかえってライオを冷静にさせた。
暴れるのは容易い。だがそれでは解決しない。
彼は自身の衝動性に理解があるため、慎重な判断を下すことも出来るのだ。出来ない時もあるが。
揉める受付とシェズ。
ヒートアップした二人は既に口論と言って良い状態に突入している。
それを見ていて、ライオは受付の男が私情を挟んでいることに気がついた。
シェズの身を案じながらも、どこか独り善がりな物言いであるのだ。
これは困った。そう感じながらも、当事者として口を挟まない訳にはいかない。
ライオが二人に割って入る。
「ギルドとしては──」
「彼女に何をするつもりだ!」
ライオの目の端がピクリと動いた。表情が抜け落ちて能面のようになっている。
そのような思い込みの激しい言動は彼の好みではない。随分と神経を逆撫でしてくれる。
そもそも、ここまでの様子でライオの中ではかなり低い評価が下されている。受付のみならず、スオンボイツェンの冒険者ギルドそのものにだ。
それでも苛立ちを隠してライオは、どのようにすれば魔窟に入ることを認めてもらえるのか、ギルドに条件の提示を求める。
しかし残念ながら、回答は得られなかった。
受付の男はライオの様子を反抗的な態度と見なしたのである。努めて冷静であろうとしていたところが癇に障ったのだろう。さらに罵倒を重ねる。
いくら冒険者側の立場が低いとは言え、この対応は宜しくない。
さすがに見かねたのか、仲裁に入ろうと奥から人が出てきた。
それよりも早くにライオが動く。
もう話にならないことを悟り、直接的な排除に舵を切ったのだ。
──カチン。という小さな音に続いて受付の男が昏倒する。
ライオがわずかに魔剣を抜いたのだ。
刹那の間に魔剣はライオの意図を読み、刃が曝されたほんの一瞬で、指向性を持たせた"絶叫"を受付の男に浴びせたのである。
可聴域外の高周波は、そこに乗せられた魔剣の苛立ちと相まって、速やかに男の意識を喪失させたのだった。
「通って良いかい?」
「あ、ああ……」
慌てて出てきた職員が介抱しようとしているところに質問し、半ば無理やり通行許可をもぎ取ったライオは、困惑するシェズを押して魔窟へと進むのだった。
「とんだ厄介ごとだったな」
「迷惑かけたわね……」
「気にしないでくれ」
シェズが何か聞きたそうな気配を匂わせているが、ライオはそれを軽く無視する。
魔剣について明かすつもりはまだなかった。
彼の唯一の生命線と言って良い"魔剣"。容易く他人に情報を与える気はない。それが仲間であってもだ。
幸い、シェズもしつこく質問してくるようなタイプではない。首を傾げながらも、ライオが話さないことを悟ればそれはそういうものだと受け入れていた。
領都スオンボイツェンに隣接する魔窟は三つある。中でも一番近く、かつ一番長いのが目的の魔窟『隧道』だ。その名の通り、最奥部の墳墓までの一本道である。両脇には茂みが生え、砂利の蒔かれた路面はそれなりに広い。
暗い道がずうっと奥まで真っ直ぐに続いている。道はわずかに傾斜していて、どうやら下りであるらしかった。
その暗さで先を見通すことなど出来ないが、曲がり角はないように思える。
ライオが天井を仰ぐとそこには遮るものなどなく、ただ一面の曇天があった。灰色の空は見ているだけで不健康だ。
確かに洞窟へと入ったというのに、明らかな空間歪曲が起こっている。
「……魔窟だな」
「なに言ってんのさ、当然でしょ」
『塔』もそうだったが、魔窟の中は空間がおかしなことになっている場合がほとんどだ。
それはこの『隧道』もそうで、領都を横断してなお余りあるだけの距離を誇りながら、地上には何一つ痕跡が無い。完全なる異空間なのだ。
昼も夜もない永遠に曇り空の薄暗い一歩道。それが『隧道』である。
ジャリジャリと足音を立てて二人は進んでいく。その道すがら、ライオはシェズにどのような役割が果たせるかを聞いた。
彼女は自身を、魔術斥候であると言った。
「魔術斥候?」
「魔術の扱える斥候ってことよ」
そう言うと彼女は、中空に光の玉を浮かべて見せた。
「こういう便利遣いから探知や隠蔽みたいなことまで出来るの。中々良いでしょ?」
「良いなそれ。私も使えるようになりたいくらいだ」
『残念ながら無理だがね。この剣に適応したことで、身体が人の規格に則った魔術と適合しなくなっている』
ライオは魔剣を叩いて黙らせた。
世の中真実ばかりが人を救うものではない。わざわざ教える必要の無いことを伝えてくるのにも困ったものである。
シェズが言うには、魔術師のものほど威力はないが攻撃までこなせるらしい。
なるほど道理で軽装なわけだ。
シェズは革鎧こそ身に付けているものの得物はダガーくらいしかないし、荷物も少ないしでライオは気にしていたのだ。だがそれも軽量化という理由があるのであれば納得である。それがこなせるだけの能力があるのも良い。
いやむしろ、ライオの方がまずい。
パーティ内での活躍の不均衡は破綻の元だ。彼はそれを別のゲームでだが体験したことがある。
索敵は及ばず、荷物もなく、薬もなければ、飛び道具もない。ライオにあるのは腕っぷしだけ。
これでは早々にお役御免であるかもしれない。
不安を覚えた彼は少し気合いを入れ直した。
──ここで一つ、頼れるところを見せておかねば。
その時だった。
がさり、と茂みが揺れる。
二人は足を止めて様子を伺った。がさがさと草の葉が揺れてそこから何かが飛び出してくる!
銀閃一刀。ずんばらりん。
飛び出してきた魔物は、一太刀で頭から尾までを両断された。
どしゃりと音を立てて、二つになった魔物の死体が落下する。鉄錆びのような臭いが辺りに満ちる。
「ええ……」
シェズは呻くように困惑の声を漏らした。
ライオが両断した魔物は決して弱いものではない。
飛び出してきた魔物の名は大斑豹猫と言い、本来もっと深いところで冒険者を待ち受ける強敵なのだ。
その戦闘スタイルは|一撃離脱《ヒット&アウェイ》。鋭い爪で引っ掻きながら、隙を見て強靭な顎で首もとへ食らいつく。
人と大差ない身体の大きさ故に、その怪力から来る瞬発力は驚異的で、標的にされれば逃げることの叶わない魔物だとされる。
上位の冒険者たちでも帰り際に襲われると難儀すると言い、厄介極まる存在であった。
さて、このポージェ。厄介な点がもう一つある──。
がさがさと茂みが揺れ始めた。
二人は共に警戒を露にする。
──猫のような姿をしながら、犬のように群れるのである。
右の茂みからポージェが飛び出す。
しかし、瞬く間にその身体が開きになった。一頭、二頭、三頭。それらはほぼ同時に絶命した。
臓物をぶちまけて地面に落ちる。
左の茂みのポージェはそれを見て臆したのか。続け様に襲いかかるのではなく、わずかに間を空けて姿を現す。その数は二頭。
狙いはシェズだ。
舌打ちまじりに彼女は魔術の行使をする。
風の刃が魔物に向かう。そして、毛皮で弾けて消えた。
ポージェが何かした訳ではない。
単純な出力不足。肉を裂くには威力が足りないのである。
多少与えられた衝撃を挑発と取ったか。ポージェは唸りながらシェズ目掛けて飛び掛かる。
ダガー一本で相手にするような魔物ではない。
剣一本で解体するライオがおかしいのだ。
歯噛みしつつシェズは魔物を迎え撃つ。せめて一頭なら。そう思わずにいられなかった。
ここで死ぬのかと悲痛な覚悟を、彼女が決めたその時。
シェズの肩が優しく引かれた。後ろへと下がる彼女。
入れ替わりにライオが前へと出る。
「あ」
何と言おうとしたのか。彼女自身にも定かではない。
ただ、刹那の後にライオはポージェを両断してのけたのだが、その驚きではなかったように見える。
六頭のポージェを仕留めた二人は、試しの探索を終わりにすると決めた。
換金部位だけ集めて、魔物の死体は茂みの中へと放り捨てる。
「戻るか」
「……そうね。…………助かったわ、ありがと」
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