二十話:領都(二)
場所を変えてギルドまで来た二人。
テーブルを挟んで椅子に座ると、いくつかの視線が飛んできた。
受付からと冒険者から。
前者は探る気配が強く、後者は少し湿り気がある。
ふん、とライオは鼻を鳴らした。なんだか知らないがつまらん奴らだ。
「改めて、シェズよ」
「ああ、ライオだ。それでどうして私に話しかけたんだ?」
居るじゃないか、あんなに。そう言ってライオが屯する冒険者の方へ視線をやれば、シェズは忌々しげに口を開く。
あいつらは御免よ。彼女はそう言った。
察するにはそれだけで十分だろう。何があったのかは想像に難くない。ライオは頷き、それは大変だったなと相槌を打った。
「大変も大変。ホントめんどくさいったらありゃしない」
だがそれは連中に声をかけない理由であって、ライオに目を付けた理由ではない。
その辺りもシェズは隠さずに明かす。
「あんたが困ってそうだからよ」
「なるほど。弱みにつけこんだ、と」
「人聞きが悪いわね。救いの手を差し伸べてあげるのよ」
実際問題として、ライオは困窮している。
村落から食料をこっそりと取った時にも金銭には手を出さなかった彼は、当然ながら今も無一文であり食事にすらろくにありつけていない状況だ。
魔窟に潜って稼ぐという算段も領都にたどり着いた後で破綻しており、悪事と餓死が天秤にかかるくらい追い詰められている。
冒険者以外の職に就きたくとも、ユレンメンを飛び出したことで身元が怪しくなっており、紹介してもらおうにも信頼が足りていない。かといってユレンメンに戻れば再びの投獄は免れず、そもそも帰るための旅費も食料もない。
身一つで飛び出したツケが早々に取り立てられている。
『愚かなことをしたものだ』
流れ込む魔剣の思念を、ライオは鞘を叩くことで黙らせる。
もちろん彼なりの理由はあるのだ。
その場のノリという要素が一番強いものの、魔剣のような危険物から故郷を遠ざけたいと考えたことも事実であるし、一刻も早く王都の『大迷宮』に向かわねばという焦りもあった。
また、貴重な戦利品が没収されるのは嫌だというプレイヤーとしての独占欲だってある。
まあ、お陰で今、悪い顔をしたシェズに頭を下げれば仲間になってあげても良いよ、などと煽られていることになったのだが。
こじんまりした体躯の彼女には威圧感など欠片もなく、また整った顔立ちはあどけなさが残るために悪い顔もいまいち格好がついていない。
むしろ、初対面の相手にこれほど強気に出られるのはすごいなとライオは素直に感心してしまう。
「ほらほら、どうする? あたしの手下になる?」
いつの間にかランクがダウンしている。
仲間から手下に降格されては、さすがにライオとて不愉快だ。
その苛立ちが出たのだろう。
彼の目付きが険しくなる。
「あ、あー、さすがに手下は勘弁してあげようかな! ええと、ほら! 仲間にならない?」
急に早口になったシェズ。
わたわたと手を振り、再び勧誘の言葉に戻ったのを確認してライオは了承を告げる。
「仲間になってほしい。私と魔窟に行こう」
「あ、ああ、任せなよ。あたしはもう魔窟に潜ったことがあるからね!」
案外扱いやすい人柄であるかもしれない。
ライオは内心でそう評価を下す。もちろんこっそりと、シェズに気取られないように。
お調子者。ライオはシェズからそのような印象を受けていた。あるいは踏み込みすぎて嫌われがちなタイプ。これが現実だったらライオも少し敬遠した可能性はある。ちょっと鬱陶しく感じないこともない。
だがまあ、ゲームであればいくらかは許せると彼は思った。それは容姿に由来する部分が無いと言い切れなかったが、それでも良いだろうと判断する。
ライオとて、仲間になるなら髭のおっさんより可憐な少女の方が良いのだから。まあ、シェズは可憐な少女なんてガラではないのだが。
さて気前の良いことに、シェズがライオに食事を奢ってくれるらしい。
ありがたいことだと彼が礼を述べると、彼女はそっぽを向いて答えた。
「空腹で力が出ないなんて困るからね。その分は働いてよ」
「もちろんだ。一宿一飯の恩、必ずや返すとも」
「いや、宿代までは出さないからね?」
二人してケラケラと笑う。
どうにも波長が合うようで、ライオはここ二週間の山暮らしで疲れた心が安らぐのを感じていた。
と言うか、彼は人との会話に飢えていたのだろう。ログインする度に一週間を孤独に過ごしてきたのだから。たったの二週間だが、拾った木の実を囓るような生活だったのだ。傍らに魔剣があれど、精神的に健全とは言えない。
『それもこれも自分のせいだがな』
鞘を叩いて魔剣を黙らせる。
万事この調子であるのだ。
暇潰しのように魔剣はライオをおちょくってくる。それも本気で怒らないラインを見極めて。苛立ちはすれど発散は出来ず、ライオの胸にはモヤモヤしたものが溜まっていた。
それが今、笑うことでスッキリと消え去っていくように思える。
「……さっきから何してんの?」
シェズはライオの剣を叩く動作が気になったようで。まあ、不自然なタイミングでおかしな真似をしているのだから気になって当然だ。
ライオは説明しようとしたが、魔剣について語ることの難しさにすぐ諦めてしまった。
「気にしないでくれ。癖みたいなものだ」
「あ、そう……」
シェズは困ったような半笑いを浮かべた。それから曖昧に、クセには振れないようにして、別の話題を投げてくる。
ライオはその気遣いが少しだけ胸に刺さるように感じた。
どうして領都に来たのか。
そうシェズに聞かれたライオは、王都に行くための足掛かりだと答えた。
「王都?」
「そうだ。『大迷宮』に潜りたくてね」
「あー、ラスダン的な?」
「ラストがあるかは知らないが、そんな感じじゃないか?」
あるいはエンドコンテンツかもしれない。
むむ、とシェズの眉間のシワが一際深くなり、少しすると元に戻った。
「よし、じゃあここ攻略したら行こう!」
「何だって?」
「あたしが一緒に行ってあげるって言ったのさ! 感謝してよね」
「……なるほどね。そいつはありがたい。頼むよ」
人手があるに越したことはなく、道行きの友も居た方が良いのは確実だ。
シェズはいくらか困った人物ではあるが、それでもライオが接した限りでは悪い印象はない。むしろ、明るく元気な振る舞いは好ましくさえあった。
魔剣と二人で陰惨な旅路を歩むよりも余程ゲームとして相応しい。
『失敬な』
不満を垂れる魔剣をライオは無視する。
どうもこの剣はライオの思考を読んでいるきらいがある。便利に思うものの、同時に内心の自由とは何だったのかと物申したくなる。
とは言え思考を電脳世界に没入させる実験なのだから、ライオが感じる不満こそが成功を示すものであったが。
ありがたい申し出を受けつつ、ライオは一つ気になることがあった。
「なあ」
「なに? あんまり沢山は奢れないんだけど」
「パンとスープで良いよ。……それは置いておいて、なんでここの魔窟の攻略をしたいんだ?」
シェズの動機。ライオはそれを知らない。
別に知らないままでも行動を共にすることは可能だ。だがそれは、王都に同行してくれると言ってくれた相手に対して、あまりに素っ気なさ過ぎる。ライオはそのように感じて、敢えて質問してみたのだった。
シェズは口ごもる。
それからおずおずと言った。
「笑わないでね?」
ライオに続きを促され、彼女は口を開く。
「クエストなんだけど……」
「ん? それのどこに笑う要素があるんだ」
「……その、実はもう期限切れと言うか」
シェズが説明するに、クエストそのものは『行方不明の父を魔窟に探しに行く』というものであったそうだ。NPCの子どもが依頼主で、不穏な予想通り父親は既に死亡していたと言う。
「それで、せめて遺品くらいは見つけて渡してあげたいな、って」
「遺品なんてもう無くなっていそうだが」
「父親のパーティは最奥に突入したらしいんだよ。ここの魔窟はしばらく踏破されてないからまだ残されている可能性は十分にある」
「……ふうん、それなら良いんだけどね」
それから彼女は、感傷的な己れが少し気恥ずかしいのだと言った。NPCに入れ込んでいるようで、現実との区別がつかないみたいに感じているのだ。
ライオとしては別に構いやしないことだった。
「笑わないの?」
そんなことを聞かれるが、ライオとしては笑うようなことではない。何故なら、感傷的なのは彼も同じこと。いや、度合いで比べればもっと激しいかもしれない。
そんな彼からしたら、シェズはよく向き合っていると言えた。
彼女は自身の気持ちに折り合いをつけて可能な範囲で他者を救おうとしている。それがたとえ、NPCであってもだ。
そう伝えれば、シェズはにわかに相好を崩す。
失敗を素早く悟ったライオは、黒パンをスープで流し込む機械になることを決めた──。
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