十九話:領都(一)
「──ねぇ、あんたプレイヤーでしょ」
女性にしては低めの声。喧騒の中でもしっかりとライオに届いたその声かけに、彼は胡散臭そうな目を向ける。
背の低い女性だ。
ライオの胸ほどまでしかない背丈に、あちこち跳ねた長い茶髪。整った顔立ちに大きな瞳、だが愛らしさよりも剣呑さを感じさせた。毒々しい碧眼がギラリと輝いている。いや、眉間に寄せられた皺が原因か。
それから細い。小枝のようとは言わないが、何かの拍子に折れてしまいそうでライオは不安を覚えた。
血色も良くなく、不健康な雰囲気を漂わせるその女性はしかし少女と言った年頃ではないようだ。
領都の道は馬車も通る。
ライオは彼女を連れて脇に寄った。話が出来るように。
山をさ迷い歩いた彼は、どうにか領都に辿り着いていた。
もう二日前のことになるか。三度目のログインをしてすぐに街壁を発見し、拳を突き上げて喜んだのは彼の記憶に新しい。
一人でろくに荷物も持たずに近づいてきたライオを、門番は警戒した。それはもう全身をひん剥くのではと心配になるレベルで。だが最終的には領都に入れてくれた。
ありがたいことに入市税は無しだ。ゲーム的な快適さを優先したのだろうか。ライオとしてはそこよりもっと改善するべき所があるだろうと言いたいものだが。
そうして領都スオンボイツェンまで来たライオだが、当然ながら頼るものなど無く。いやさ、こういう時にこそ公権力に頼るべきなのだろうが、生まれ育った町に砂かけて飛び出した身なればそれは叶うまい。
宿もとれずに野宿をし、飯もろくに食えず、おまけに魔窟に潜る許可も貰えないと来た時には野盗にでも身を落とすか真剣に悩んだものだ。
さて、つまるところライオに知り合いなど無く、どうしてプレイヤーであることがバレたのか、その心当たりもさっぱり無いときた。
声をかけてきた女性への目も自然と厳しくなる。
美人局。そんな単語も浮かんでくるし、それ以上に相手の素性を見抜く技能を持ってでも居やしないか、ライオは疑心暗鬼だ。
「なにさ、そんなに怖い顔すんなよ」
いっそ斬って棄てられれば。そんな短絡的な思考さえもライオの頭に浮かぶ。遭難生活が原因でいくらか気分が荒んでいるようだ。
「どうしてプレイヤーだと?」
ライオの問いに、彼女は簡単なことだと笑って答える。
「あんたギルドで魔窟に潜るの断られてたでしょ? ソロで潜ろうだなんてNPCはしないからね、ピンと来たよ」
その口振りに彼女が同類であることを悟ったライオは、少しだけ警戒を緩める。
「それにさ、その剣」
女性はライオの腰に提げられた魔剣を指差す。
「そんな立派なの持ってるクセに身一つだもの。NPCなら供回りが居るだろうし、家から飛び出したプレイヤーだって丸分かりだよ」
きっとあたし以外にも勘づいた奴は居るだろうね、と彼女は続けた。
その言葉に、ライオの目が細められる。
「あたしさ、使い勝手の良い手駒が欲しいんだよね」
ニタリ。そんな笑みを浮かべて彼女が言った。
「ずいぶん正直に話すな」
「いきなり仲間が欲しいだなんて言ったら警戒するでしょ? しないの?」
ライオは魔剣に周囲を探らせるが、反応はない。彼はこの女性が一人で自分の前に立っていることを確信した。
細められていた彼の目がすぅっと開かれる。
「……まあ、話を聞こうか」
「良いね、よろしく。あたしさ、シェズって言うんだ。あんたの名前は?」
「ライオだ」
二人はとりあえず冒険者ギルドへ向かうこととした。
詳しい話はまたそこでと決めて。
◆
シェズがその男に目を付けたのはまったくの偶然だった。
その日も許可が降りず、下らないジョークにうんざりして、ギルドで不貞腐れていた。
そこに見慣れない男がやって来た。
そいつは薄汚れた平服で、防具どころか荷物も持っていない。そんなナリのクセに剣だけは立派なものをぶら下げている。
ちぐはぐな奴だ。
それがライオに対するシェズの第一印象。
そのちぐはぐさについ目で追ってみると、その男はカウンターで揉め出した。
魔窟に入りたい。そんな男の要求をギルドは突っぱねる。
(そういう感じかぁ)
これが一週間ほど前であれば。つまり前回のログイン周期であれば、男の要求は叶えられたことだろう。
ギルドのルールが変わったのだ。
現在この領都スオンボイツェンで、魔窟への単独侵入は許可されていない。
それはシェズもそうであり、異議申し立て中であるのだ。
プレイヤーの出現により職業の人工分布は大きく変わった。
それまで見向きもされなかった、と言うと語弊があるが、不人気な職業だった冒険者が一転人気職業となった。
ダンジョン攻略なんて言って魔窟に潜るプレイヤーはかなりの数が居て、準備の足りない連中はバタバタ死んだ。
その影響が規約の変更だ。
ギルドは単独侵入を認めなくなり、考え無しのプレイヤーを閉め出そうと動いた。
(ゲーム的に処理しろよ)
シェズはそんな風に思ってしまうが、NPCが自立的に動いている証拠なのだろう。運営はこれを良しとしている。
それはすなわち、シェズもこのまま魔窟に潜れない可能性が高いことを示していた。
やがて男はギルドを出て行った。
その足取りは重く、しかもどこか力無い。
シェズは足運びやら重心移動やら武術がどうのと分かる女ではなかったが、それでも一つ直感するものがあった。弱っていながら、あの男は自分より余程強い、と。
まあ、シェズから見れば大抵の人間は強い生き物に分類されるのだが。
シェズに仲間はいない。
NPCは彼女の容姿を見て舐めてかかってくるし、プレイヤーで彼女に積極的なアプローチをしてくる奴は大概どうしようもない。
薄い体つきに低い身長、視力が悪いために常に眉間にシワを寄せていて目付きも悪い。
あとついでに愛嬌もない。
そんなシェズに近寄るのはまあ、そういう趣味の男ばかりだった。
(現実よりはマシだけどさ)
これでも体格は健康的になっているのだ。
それはさておき、シェズが男を気にしたのはタイミングである。
ゲームが始まってから内部時間で二週間以上が経ち、ようやく領都に辿り着いてしかし魔窟に入れない。なんとも運の無いことだろう。
だがそれが運だけでないとしたら?
シェズは掲示板に載っていた話を思い出す。
スオンボイツェンに向かっていて遭難したプレイヤーが居た。
その遭難と前後して近くの町では魔窟の単身攻略が成され、さらにそれを成し遂げた男は行方をくらませたと言う。
そして、今しがた現れた腕は立ちそうなのにギルドについてやけに無知なプレイヤーらしき男。
シェズは口許を手で覆い隠す。
その手の下では口角がつり上がっていた。
(使える)
繋がりが無いと彼女には思えなかった。
情報を握ったアドバンテージは活用しなければ。上手くやれば魔窟の攻略だって見えるかもしれない。
残念ながら情報の裏取りは難しいだろう。
領都から離れる訳にいかないし、聞き込みしようにもどこに行けば良いかも分からない。
だから、シェズは己れを信じることにした。直感の赴くままに。
本人への突撃だ。
まずはそこで反応を探る。
接触するのも街中であれば、身に危険が及ぶこともまず無かろう。ギルドまで引っ張っていければ御の字だ。
うまく使えばきっと良い方に転がるに違いないという確信が彼女にはあった。
そう、何かが大きく変わるという予感とともに──。
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