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十八話:魔剣ヴァハール


 ヴァハールの名前が最初に記録されたのは、前王国の建国期にまで遡る。


 今からおよそ二百八十年前。

 諸国が大陸統一に躍起になり、大地が著しく荒れた状態だった頃。

 ある戦場跡に一人の傭兵がいた。

 その者の名こそがヴァハール。

 かの戦士は駐留していた皇国の部隊五百を相手取り、大立ち回りを繰り広げた。

 それが最初の記録。


 それから時に五年、時に十年と間を空けながらもヴァハールの名は史上に刻まれていくことになる。

 なるのだが、さすがのヴァハールとて人の子ではあったのか。

 二百三十年前の前王国荒廃期に矢傷が元で病に倒れたとされている。実に五十年余り、戦場を荒らしに荒らしたと言うのだから驚嘆に値するべき半生だ。


 この戦士ヴァハール、赤色が好きだったようで。甲冑から旗印、馬鎧、剣に至るまで全てを赤く染め上げていた。

 異名も様々で、血の騎士、赤き先導、波濤の鋒、赤猪、戦狂いなどが書物に残されている。


 しかしこの傭兵の武勲詩はほとんど残されておらず、謡われることはまずない。

 年代が古いということも関係しているが、それ以上に忌避されているのだ。


 それは王国を二度襲った災禍に由来する。




 王国建国から五年が経ったある日、とある魔窟から一人の騎士が現れた。

 魔窟から魔物が出ることはない。これが定説であり、基本的にはあっているのだが、何事にも例外は付き物で。つまり、この出てきた騎士は例外であったのだ。


 単身で暴れまわる騎士の姿は、赤い鎧に身を包んだ大男。誰もがある傭兵を想起した。

 既に死んだはずの戦士。

 この頃はまだヴァハールの活躍が伝えられていたため、多くの民衆が震え上がった。地獄から甦ったのだ、と。


 赤い騎士は散々に暴れ、最低でも騎士百十四名従卒五百余名を平らげたとされる。甚大な被害によって正確な記録が残っていないのだ。

 二十五の村落とも四十の集落ともされているが、とにかく多数の人々を殺して王国中を徘徊した。

 ようやく止まったと思えば、魔力が欠乏したことによる消滅だ。王国は消耗を強いられただけであり、ヴァハールは苦い記憶として封印されることになった。



 消滅した騎士の残した唯一の品が、一振りの剣であった。

 この剣は王城にある宝物庫へと保管され、歴史を物語るだけの飾りとなるはずだった。王国を襲った正体不明の悪鬼、それの被害から立ち直った復興の象徴として。


 十二年前に二度目の災禍が訪れた。

 宝物庫からの下賜が為され、この剣がある貴族への褒美とされたのだ。

 大変古く、由緒あるとされていたために権威付けとして用いられた形になる。

 目録から選ばれた剣を受け渡しのために取りに行く官吏。彼が豹変し、目についた全てを斬り殺そうとしたのはそのすぐ後のことである。


 非力な文官でありながら鍛え上げた騎士をも上回る怪力を発揮し、男女の別なく斬って回った。

 血にまみれ赤く染まった官吏はまるで伝承にある傭兵のようで、知識のある者はすぐに剣が原因であると悟ったと言う。


 時間がかかったものの官吏は鎮圧され、剣は厳重に封印されることとなった。

 剣そのものを魔術的に封印し、さらにそれを魔窟の奥に投棄。投棄した魔窟の奥にも封印を施し、加えて人の出入り自体を少なくする。


 魔窟は中規模ながら人の流入の少ないところから選出された。

 この少ないというのがポイントだった。

 完全に人から離してしまっては、逆に管理が難しくなる。

 監視体制が不自然にとられず、なおかつ王都の側から人員も送り込みやすい。




 そこまで聞かされて、ライオは言った。

 私の命狙われないか?


『──もちろん、狙われるだろうよ。だがそれも大々的にはいかない。なぜならこの剣は公に存在しないのだから』


 そうかよ。ライオは呟いた。

 状況としては一つも宜しくないのだが、なぜ魔剣は嬉しそうなのか。


『命のやり取り。実に結構じゃないか。喜ばしい』


 そう、この魔剣は戦狂い。戦いに飢えていて、肉を斬る感触なら干し肉でさえ喜ぶような怪物だ。

 ライオは胡乱げな目を腰の魔剣へと向けた。

 実に心外だと言わんばかりに振動する。


「だが実際、盗んだハムを切った時に喜んでいただろうが」


『そうだがそうではない! あれはあのような使われ方が新鮮だっただけだ。早くナイフを用意しろ。次やったらタダじゃおかんぞ!』


 抗議する魔剣の鞘を叩いて黙らせ、ライオは心地よくなるような姿勢を探る。

 木の上は寝づらいが、地べたに無防備に転がるよりも余程マシだ。



 ユレンメンを飛び出したライオは、ひとまず領都へ向けて歩いていた。

 道々の村落から食料を頂戴しつつ、野山の草木や動物で飢えを凌ぐ。そんなサバイバル生活も六日経てば多少は慣れた。


 魔剣の精神汚染効果は、やはりプレイヤーには通用しないようだった。いや、多少は高揚感を覚えるのだから大したものだ。

 だが、担い手を汚染出来ないとなれば効力は落ちるようで、周囲への侵食が起こらないと分かったのは発見だった。まあ、魔剣がその気になれば別かもしれないが、それはライオがその気にさせなければ良いだけのことである。


 ──しっかし、こいつ嘘並べ立てるの上手いな。


 枝に腰掛けたライオが思うのは、腰に提げた魔剣だ。現状、唯一の持ち物であり、旅の仲間であり、最も心許してはならない存在(あいて)

 魔剣の語る歴史など信じられるものではなかった。少し考えれば矛盾ばかりである。

 最初こそ信じたものの、近い年代ほどあやふやなのだから。


 ──恐らく、最初の頃は正しいのだろう。あるいは部分的に正しいのかもしれない。

 嘘と真を混ぜて話すのは詐欺の基本。それもまた戦争の一部と言うわけか。


 ライオの読みは合っている。

 魔剣は嘘を吐いていた。

 彼の推察通り、近い年代の話は大部分が虚構で形作られている。古い記憶ほど正しいのもその通り。

 だが、そもそもヴァハールなどと言う傭兵は存在しない。



 ライオは知らないのだ。

 魔剣は最初から魔剣であり、最期まで魔剣であることを。


 ライオは分かっていないのだ。

 戦争の魔剣が何故"戦争の魔剣"たり得るのかを。


 ライオは恐れていないが故に、魔剣の虜であることを。

 彼はまだ自覚していないのだ。











 ◆







 ──どうか。


 魔剣は新たな担い手に希望を見た。


 ──君よ、星の冠を戴いて。


 何故ならそれはかの剣の悲願。

 おぞましき空座に別れを告げること。長らく待ち望んだ祝福の時。


 ──この永きに渡る闘争に。


 終わりなき戦争などあり得ない。

 それ故、魔剣は終結を望んでいる。

 いずれ来たる勝利によって。


 ──終焉(おわり)を刻むことを許したまえ。


 魔剣自体の存在理由がそこにあった。

 可能性。それだけで十分なのだ。

 わずかでも可能性があれば、夢は見られるのだから。

 この新たな担い手。これまでの者たちとは何かが違う、完璧を嘯く刹那主義者なら。


 ──願わくば。


 ──この剣で新たなる戦争を。



 既に起きていた戦争によって生まれた魔剣は、自らの冠する名に不満があった。いやそれは、不満などと表しては生温い、濃く暗い絶望だ。

 矛盾とも言えぬ矛盾。

 しかし自身はそれをはっきりと認知しているとあれば、嘆きも深くなろうと言うもの。

 故に魔剣は望むのだ。

 この戦争を終わらせて、今度は己れが争いを生むと。

 真実"戦争の魔剣"であると、魔剣自身に誇れるように。







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