ビアンカ流 影との付き合い方
このお話は番外編です。本編読了後にお楽しみください。
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
辺境伯城の温室には世界各国から集められた植物が植えられている。
ビアンカは野営をする時に毒のある植物が周辺に生えてないかどうかを必ず確認するので、植物に関しても多少の知識は持ち合わせていた。
「ユリウス、この温室の中の植物って、何気に毒のあるものが多いですよね?」
「はい、ここは辺境の地なので、多種多様な戦法を取れるように準備しているのだと思います」
「――――思います?」
「ええ、私が赴任してくる前から、この状態だったので・・・」
ユリウスは花壇の方を向く。その視線の先にあるのはジギタリスやスズランの可愛らしい花だった。
(花も見ているだけならいいのだけどなぁ~)
「――――なるほど」
ユリウスに相槌を打ち、ビアンカはアンナが用意してくれたミントライムソーダ―を一口飲む。
シュワッと炭酸が弾けて、ミントの爽やかな香りが鼻を通り抜けていった。ライムの酸味もいい塩梅だ。
(旨いな~、コレ!!グラスの底に沈んでいるのは、もしかして砂糖!?――――罪深い感じもするが、何杯でも飲めそうだ!)
ビアンカはチラリとユリウスの方へ視線を向ける。彼はグラスを片手に持ったまま、目を見開いていた。これは想像以上に美味しかったということだろう。
「これ美味しいですね~」
「ええ、驚きました」
普段、ユリウスはあまり感情を表に出さないタイプだ。
しかし、なぜか食事に関しては美味しい、まあまあ、微妙、不味いなどの気持ちがしっかりと顔に出る。ビアンカはそれを確認するのが楽しくて、ついつい彼の顔を眺めてしまうのだ。
「飲み干した後の爽快感が絶妙ですよね。――――朝訓練の後にコレを出したら、兵士たちが喜ぶかも・・・」
ビアンカの兵士たちの反応を想像して、クスッと笑う。
「分かりました。厨房に伝えておきましょう」
「ありがとうございます」
ビアンカはユリウスにお礼を告げる。そして・・・。
「影にも振舞います?」
「?」
ユリウスはコテンと首を傾げる。それを見て、可愛いと感じてしまったのは秘密だ。
「う~ん、太陽がガラスに反射して暑そうな場所にずっと潜んでいるので・・・」
ビアンカは透明な天井を見上げる。
「――――気付いていたのですか」
「はい、勿論」
ビアンカが今まで影のことを気に留めてなかったのは、マクシムの影だと思っていたからで、その存在を認識してなかったというわけではなかった。
「影たちが私を守っているとユリウスに教えてもらってからは、お茶やお菓子の差し入れもしています!」
ヒュッ。
ユリウスは影たちが息を呑む音を聞き逃さなかった。
王家は秘密裏にビアンカを守れという命令を影たちに与えている。だから、影である彼らが警備対象に接触するのは、よほどの時だけなのだ。
お茶やお菓子を貰う度に姿を現していたら、影の意味がない。それではただの護衛である。
険しい顔をして黙り込んだユリウスを置いて、ビアンカは椅子から立ち上がった。
「みんな集合!!暑いから飲み物を飲んでくれ!!倒れるぞ!」
彼女の大きな声が温室へ響き渡る。
シーン・・・。
――――誰も出て来なかった。
「あれっ?おかしいですね・・・」
ユリウスは目元を緩めてフッと笑う。理由は分かっている。影たちはユリウスがいるから出て来ないのだ。
「今回は特別だ!出て来い」
彼が声を掛けると天井から二人、植物の影から一人、そして、入口から一人。真っ黒な装束を着た者たちが音もなく集まって来た。
「あと一人・・・」
ビアンカは温室の奥の方を見る。すると、背の高い男が姿を現した。
(ああ、もう!!何をそんなにのんびりとしているのだ)
彼女は背の高い男に早く来いと手招きをした。彼はユリウスを気にしながら、小走りで駆けつける。
全員が揃うとビアンカは「みんな、これを飲んでみてくれないか?物凄く美味しいから!!」と、自らピッチャーを手にして、五つのグラスへ飲み物を注ぎだした。
(ライムやミントの量が均等になるようにして・・・。ああ、砂糖が底に沈んでいる・・・)
底へ沈んでいる砂糖も均等になるように、ピッチャーをクルクルと回しながら、少しずつ注いでいく。
注ぎ終えたグラスを受け取ると影たちは無言でグラスを上げて会釈をする。そして、口元の覆いを少し上げて、ミントライムソーダを飲んだ。
(器用だなぁ。顔は絶対に晒してはダメなのだろうけど)
彼らが美味しいという反応を、目やジェスチャーで示してくるのを見て、ユリウスは面白いと感じた。影が感情を露わにしているのを始めて見たからだ。
「美味しかったなら良かった!メイ、結局、お子さんは王都か?」
ビアンカは小柄な影に話しかける。
「は?」
ユリウスは思わず、声が出た。ビアンカが影を相手に世間話を始めたからだ。
「――――王都の義母の元です・・・」
小柄な影の声はお世辞にも明るいものではなかった。
「やはりここへ連れてきたらどうだ?――――ユリウス、彼女は夫が若い女と逃げたのに、子供を夫の実家に預けるしかない状況で困っている」
ユリウスはビアンカが影のプライベートを聞き出しただけではなく、心配までしていることに驚く。
そして、そういうやさしい心を持っているビアンカだから、自分は彼女を好きになったのだと再認識した。
「南館に詰め所と人数分の部屋を用意する。この城に家族を連れて来たい者は私に申請書を出せ」
ユリウスに向かって、彼らは大きく頷いてみせる。これは承知したということだろう。
「――――ユリウス、ありがとうございます!メイ、良かったな!みんな、これからもよろしく!!」
「「「「「御意!!」」」」」
五人は最後にしっかりと声を出して返事をした。流石に小声だったが・・・。
「では、持ち場へ戻れ!」
ユリウスの一言で、彼らは一瞬で消え去った。
「ビアンカ、もしかして全員の名前を知っているのですか?」
「はい、家族構成も知っています。何かあった時はご家族に連絡しないといけないでしょう?」
ユリウスはブッと吹き出す。影にそこまで心を砕くのはビアンカだけだろうと・・・。大体、影というのは影同志でも互いのことを知らない者ばかりだ。
なのに、ビアンカの影たちは既にひとつのチームのようになっている。
「どこに笑う要素が!?」
「い、いえ、あなたの優しさは何処まで広がるのかと・・・」
「優しさ?私はそんなに優しくないですよ?」
「無自覚が酷い・・・」
クックックッとユリウスは笑う。
(この感じ・・・。もしかして、私は影との付き合い方を間違っているのか?とはいっても、始終一緒にいるのだから、彼らがどんな人なのか知りたくなるのは当たり前のことだろう。――――ん、もしかして、これって当たり前じゃなかった?)
ビアンカは笑っているユリウスに近づいて耳打ちする。影たちに聞こえないように・・・。
「ユリウス、影に名前とか聞いたらダメなの?」
彼は笑いをかみ殺して、彼女の耳元へ囁き返す。
「護衛対象が影に話しかけて、その存在を周りに晒したらダメです」
「あ、あ~、でも、リュウが前に言っていたのですけど・・・」
「リュウ?」
ユリウスの眉間に皺が寄る。ビアンカは親指で彼の皺を優しく伸ばしながら彼の耳元へ囁く。
「あの一番、背の高い影です。前によその影から『あんたビアンカの影なんだろ~?楽でいいよな~』と言われたそうです。なので、裏の世界では既に知られている可能性が高いかと」
――――ビアンカの影だろうと言われて、まさかバカ正直にハイと答えていないだろうな?
ユリウスはリュウという影を後で呼び出すことを決めた。そして、間近にいるビアンカを抱き寄せる。
「影たちもビアンカが強いということを認めているのですね」
「はい、正直、影より強い自信があります!」
「でも、人生何があるか分かりませんから、彼らは必要です」
「はい、だから仲良くしておかないと!!」
「あっ、なるほど・・・、そういう・・・」
ユリウスはビアンカの身を守る盾として彼らは必要だと発言したのだが、彼女にとって影は仲間という認識らしい。
二人が身を寄せて囁き合う姿を見て、影たちはこっそりと温室の外へ出ていく。
影が外へ出たのを見計らって、ユリウスは温室へ結界を張った。
「あれ?みんな出て行ってしまいましたね」
ビアンカはユリウスの胸を押して、腕をほどく。
「結界を張ったので、彼らはもう入って来られません」
「!!!」
(結界!?な、何故に・・・。まさか、また不埒なことを考えているのではないよな!)
ビアンカはジト目でユリウスを見る。
天使のように美しい顔をしている夫は、その見た目からはとても想像出来ないくらい肉食系男子なのだ。
彼は目じりを緩めて微笑むと、ビアンカの頬を両手で包み込んで口づけをする。
「あのう、真っ昼間ですけど・・・。しかも、ここ、ガラス張りですよ」
「時間とか場所はあまり気にならないですね」
「私は気にしますけどね・・・」
パチン。
ユリウスが指を鳴らすと外が真っ暗になった。
(は?どういうこと!?――――星空が・・・、はぁ~??)
ビアンカは意味が分からず、目をパチクリさせる。その隙を狙って、ユリウスはチュッと彼女の頬へキスをした。
「深く考えないで下さい。ただの魔法です」
チュッ。今度は鼻先へ触れるキス。
(いや、これ・・・、気にしないとか無理なのだが!?だって、昼が夜に・・・)
「あの・・・」
ユリウスは何か言い掛けた彼女のくちびるを奪うと舌を滑り込ませた。そして、彼女の背中を優しく撫でながら、より深い口づけを交わしていく。
――――こうして彼女の思考をグズグズにし、上手く誤魔化してしまおうとしたのだが・・・。
「――――で、どういうことですか?」
「それは・・・」
結局、ビアンカには通用せず、しっかりと追及されたのであった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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