81 同じ顔をしている者同士
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
シトシトと穏やかに大地へ潤いを与えていた雨はいつの間にか止んでいて、雲の隙間から薄明光線が降り注いでいた。
――――リシュナ大陸に主神ダイアが降臨するのは数千年ぶりだ。
ところが・・・、明るい光に包まれているのに主神ダイアの表情はどことなく冴えない。
(表情も暗いし、何より顔色が悪い。この数日の間に何かあったのか!?)
その上、ビアンカと視線が合うと彼は気まずそうに俯いてしまった。ビアンカは理由が分からず、首を傾げる。
――――ここで、隣にいたピサロ侯爵が彼女を肘で小突いた。
(ああ、もう、父上!!『こいつは誰だ?』と言いたいのだろう?――――だが・・・『彼は神です』と、ここで口に出していいのか?)
判断に困ったビアンカはユリウスの袖を引っぱる。
「あのう、ユリウス。父上に話しても・・・」
一応、誰に聞かれても分からないよう、内容は口に出さずに聞いてみた。
ユリウスはほんの数秒ほど、顎に手を当てて考えてから、その場に居た者たちへ指示を出す。
「私が温室へ強固な結界を張ります。話はその中でしましょう」
彼の言葉を聞いて、ピサロ侯爵は『この自分とそっくりな人物の正体は一体・・・』と、息を呑んだ。
――――――
雨上がりの中庭では葉っぱや花に付いた水滴が、雲間から真っ直ぐに落ちて来る強い光に照らされて、ダイアモンドのように煌めいていた。しかし、四人は中庭の植物を鑑賞することも無く、そそくさと小道を進んで温室へ急ぐ。
全員が室内に入るとユリウスは強い結界魔法を温室に掛けた。
「では・・・、まず、宰相にご紹介します。この方は、この世界を創造した主神ダイアです。それから、ダイア、彼はビアンカの父です」
ユリウスに軽い口調で神を紹介され、ピサロ侯爵の脳内ではクエスチョンマークが飛び回る。
(ん、父上が固まっている!!流石に驚いたのか!?)
「ダイア、何故、地上に降りて来たのです?」
一先ず、黙り込んだピサロ侯爵は放っておいて、ユリウスは主神ダイアに尋ねた。
「――――妻のところへ行ってきたのだ・・・」
主神ダイアはボソボソと理由を話し始める。
「私の妻は女神マリアというのだが、彼女は・・・」
――――女神マリアは主神ダイアが突然、訪問してきたので酷く驚いたのだという。そして・・・。
「――――彼女に五百年前のことを聞いた。結論から言うと彼女はイリィ帝国の崩壊に関与していた」
「そうですか・・・。では、先日の神力の受け渡しが上手く行かなかったことについても、女神マリアは関与しているのですか?」
「いや、それは・・・」
主神ダイアが言い淀んだところで、混乱から立ち直ったピサロ侯爵が口を挟んだ。
「お話し中、失礼いたしますが・・・。辺境伯、神力の受け渡しとは一体、何のお話でしょうか?」
「先日、後継者の儀式を行いました」
「後継者の儀式でございますか・・・。はっ!?まさか!!」
ピサロ侯爵はバッと勢いよく、ビアンカの方に振り返る。
「お前・・・」
「はい、父上の予想通り、私はイリィ皇家の後継者の儀式を先日、主神ダイアの神殿で行いました」
ビアンカは素直に答えた。下手に隠し立てしても、この状況では無意味だと判断したからだ。
(敏腕宰相と呼ばれるだけあって、父上は勘がいい。ここは正直に伝えた方が良いだろう)
「何故、そういうことを勝手に・・・」
――――ピサロ侯爵の声は震えていた。
「テオドロスに力を渡さないためです。決して大陸の覇者になりたいというような理由ではありません」
「これはそんなに簡単な話ではない!!もっと、慎重に検討すべき案件だぞ!!」
拳を握り締め、怒りを露わにするピサロ侯爵。
「宰相、陛下の許可も得ずに後継者の儀式を強行したのは私です。ビアンカは悪くありません」
ユリウスは全ての責任は自分にあると彼に伝えた。
「――――ビアンカの父は何故、そんなに怒っているのだ?」
ここで主神ダイアが、ピサロ侯爵の言動に疑問を呈す。
「私は儀式の前にビアンカの記憶を見せてもらった。故にそなたと娘ビアンカの関係についても知っておる。もっと娘を信じよ。この子はそなたが想像しているよりも遥かに崇高な精神を持ち、努力を重ねて来た。だからこそ、人々に英雄と呼ばれるようになったのだろう?」
「しかし、それと後継者は・・・」
「いや、私は彼女こそ、この大陸の守護者たるイリィ皇家の後継者に相応しいと判断した。だからこそ、儀式を行ったのだ。そなたは神の判断に盾を突くのか?」
「いえ、盾を突くつもりはありません。ただ、娘に重責を負わせたくないという親心です」
ピサロ侯爵は自分の気持ちを落ち着かせるため、フゥと深呼吸をした。ユリウスは気持ちの整え方が親子で似ている・・・と、冷静に観察してしまう。
「父上、私は大丈夫です。ご心配なく」
「お前はいつも・・・本当に・・・」
ピサロ侯爵はあっけらかんとしているビアンカを見て、苦笑する。
「話を戻しましょう。ダイア、五百年前に女神マリアは何を?」
ユリウスに促され、主神ダイアは女神マリアから聞いた話を語り出した。
女神マリアは主神ダイアが神の力『カリスマ』を子孫に与え続けることを懸念していた。
『カリスマ』は時に不幸を呼ぶ。
明らかに国を治める能力のない者が後継者に選ばれて、身に余るほどの力を得てしまうのは危険なことだからだ。
それでもずっと見守るだけにし、口を挟まなかったのはイリィ大陸が概ね平和で豊かだったからである。
――――しかし、ついにその時はやって来た・・・。
五百年前に現れた皇帝カヴァールは皇帝となるべき器を持ち合わせていなかった。
彼は即位と同時に多くの妃を高位貴族から娶り『紫の瞳を持つ皇子だけを産め。それ以外は皇族として認めない』と、彼女たちに命令する。
幸か不幸か、四人の妃がそれぞれ一人ずつ紫の瞳を持つ皇子を産んだ。
そして、次に皇帝カヴァ―ルは四人の妃たちに『後継者に選ばれた者の母親を皇后にする』という餌を吊り下げた。
――――彼は四人の皇子たちをゲームの駒にして、妃たちを競わせたのだ。
必然的にイリィ帝国の貴族は四つの派閥に分裂してしまった。自分の支持する皇子と妃に力をつけるため、裏金を不当に集めて支援者を増やし、敵陣を貶めようとスパイを放って、足を引っ張り合う。
政治は腐敗の一途を辿り、経済も混乱した。民は重い税金を払うことで精いっぱいで、食べるものを買う金もなく、やせ細っていく。
――――皇家や貴族への不満に対する暴動を民が始めるまで、左程、時間は掛からなかった。
愚かな皇帝カヴァ―ルのせいで、イリィ帝国は急速に衰退していく。
気付けば、海のむこうにある大陸が虎視眈々とイリィ大陸を狙い始めていた。
このままでは被害が甚大になると危惧した女神マリアは意を決して、人の世に手を出さないという神々のルールを破り、愚かな皇帝から神の力『カリスマ』を回収したのである。
その結果、『カリスマ』を失った皇帝は側近に毒を盛られて死亡。皇子たちも次々に民から命を狙われ殺されていった。
「―――――女神マリアは『毎度、子孫の身に余るものを与え続けたそなたの罪は深い』と私に言った。そして今回、ビアンカへ神の力を渡せなかった件についても聞いてみたが、女神マリアは一切、関与していないと・・・」
(五百年前のイリィ帝国の皇帝はそんなに胸糞悪いやつだったのか・・・。歴史書には皇子たちの後継者争いのことばかりが記されていたから、全く知らなかった。――――それにしても・・・、女神マリアは主神ダイアの妻にしておくのはもったいないくらいしっかりとした考えを持っているお方なのだな)
「主神ダイア、一つ、宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「これは私の視点から見ての話になりますが・・・」
ピサロ侯爵は、ビアンカとユリウスをチラリと見てから、続きを話し始める。
「我が娘ビアンカに神の力『カリスマ』を与えていただく必要はないと存じます」
「何故だ?」
「あなた様もご存じの通り、ビアンカは民から英雄と呼ばれています」
「ああ、知っておる」
(同じ顔をしている者同士で真剣に話しているのは見ていて面白いな。今、口に出したら、父上からひどく怒られそうだが・・・)
「ビアンカは幼少期より心身を鍛えており、非常に強いです」
「それも知っておる」
「既に娘は『カリスマ』のようなものを己の努力で獲得しています」
「!!!!」
主神ダイアは目を見開く。
「それは・・・、そんなことが・・・、本当に?」
「宰相、確かにその可能性は十分にあるでしょう。――――ダイア、私達は何度も『神の力とはどういうものですか?』と、あなたに尋ねましたよね?――――もう少し早く教えて欲しかったです」
ユリウスはピサロ侯爵の意見に同意する。そして、神の力の詳細を勿体ぶってなかなか教えようとしなかった主神ダイアに嫌味を言うのも忘れなかった。
「主神ダイア、何度も言いますが、私は神の力など必要ありません」
ここで再び、ビアンカはキッパリと断りを入れる。
「しかし、このままではターキッシュ帝国が・・・、あっ!」
ここで主神ダイアは両手で口を塞いだ。人の世に関することを神が口にするのはタブーだからだ。
「ダイア、関与するつもりですか?」
ユリウスは彼の失言を追求した。
「すまない。本来、神は人の世に手を出してはならないのだというのに・・・。ただ、ビアンカを狙ってくるかも知れないと思うと、つい・・・」
「それは私があなたの娘に似ているから?」
ビアンカはつい口を滑らせてしまう。――――今まで、夢の中で見たことは不確かな情報だからと、口に出すことは無かったのだが・・・、本当に、つい口から出てしまったのである。
「そうだ。初めて会った時、あまりにもマイアに似ていて、つい隠れてしまった」
(隠れたって、ああ、あの時か・・・)
ビアンカは初めて辺境伯城の前に広がる麦畑から神殿に行った時のことを思い出す。
(ユリウスが半笑いで柱の影に呼びかけて・・・)
「残念ながら、私はあなたの娘の生まれ変わりじゃないです。過去の記憶もありません」
「ああ、ビアンカはビアンカだ・・・。それでいい」
主神ダイアは両腕を組んで、大きく頷く。
「では、これで神の力が与えられなかったという件は終わりにしましょう。今後も人間は人間同士で新たな時代を作っていきますから、神様はくれぐれも見守るだけにしておいて下さいよ」
ビアンカは主神ダイアに釘を刺す。
「分かった約束する。それと・・・、魔塔主とビアンカだけでなく、私と似ている父も、神殿へいつでも訪れるがいい。人間の世界の話を聞かせてくれ」
(主神ダイア・・・、やはり、あの空間は寂しかったのだろうな。会いに行くだけなら、いつでも行ってやる。――――あ、でも、出入り口・・・、ユリウスがいないと入れない・・・)
彼女はユリウスにヒソヒソと耳打ちをした。
「分かりました。時折、お邪魔させていただきます。国王も連れて行って宜しいでしょうか?」
「ああ、構わぬ」
ピサロ侯爵はちゃっかりと国王の分の許可まで得ていた。ユリウスはビアンカの耳打ちを受けて、一つの提案をする。
「ダイア、この温室内に神殿への出入口を作りませんか?ここなら、管理しやすいので行き来が便利になります」
ユリウスの話を聞いて、主神ダイアの表情がパッと明るくなった。
(おおっ!今日一番の笑顔だ)
「あなたが何千年も引きこもっている間に人の世はかなり変わりました。たまには今日のように外に出てきて人間のフリをして街でも歩いてみたらどうですか。時間は沢山あるのでしょう?」
「それはいい提案だ。魔塔主よ、ありがとう!」
(私はまだ、このふたりの関係がよく分からない・・・)
ビアンカは右に左に首を捻る。しかし、何も閃いてこなかった・・・。
結局、ユリウスの指示に従って、温室の奥へ神殿に繋がる扉を設置してから、主神ダイアは異世界へ帰った。
――――彼を見送った後、三人は大きなため息を『はぁ~~~~~』と吐く。
念のため、温室に結界を張り、中庭を通り抜けて再び、渡り廊下へ差し掛かったところで・・・。
「おおっと、渡し損なうところだった!」
ピサロ侯爵はジャケットの裏ポケットから一通の手紙を取り出した。そして、それをビアンカへ手渡す。
薄ピンク色の封筒の裏には可愛いミニ薔薇のドライフラワーが真っ赤な封蝋で留められていた。
「この手紙は王妃様からだ。私はこれから・・・」
「宰相~!」
マクシムが渡り廊下の先にある階段を下って来ながら、宰相を呼んだ。
「殿下。お帰りですか?」
「ああ、他国の王族も帰国したから、私の仕事は終わった。王都へ戻る」
「宰相は?」
「私も今、用事が終わりましたので、王宮へ戻ります。辺境伯、本日の件は国王に報告してから、改めてご連絡いたします。ビアンカ、しっかりと辺境伯の言うことを聞くのだぞ!!」
「――――分かりました。殿下も長らくお疲れ様でした」
「ああ、二人ともお疲れ様、また会おう!」
マクシムと一緒にピサロ侯爵はアッサリと帰って行った。彼らを見送った後・・・。
「何だか疲れましたね・・・」
ビアンカはボヤきながら、首を左右に振ってポキポキッといい音を鳴らす。
「アンナに甘いものでも頼みましょうか?」
「賛成です!!」
ビアンカとユリウスはクスクス笑いながら、歩き始めた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
いよいよ、次話が最終回です。
最後までどうぞお付き合い下さい!!
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