72 レッツ・デート 5
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「ユリウス、本当にそれだけで大丈夫ですか?」
「はい」
(本当に一つだけで大丈夫なのか!?かなりお腹が空いているのだろう?別に遠慮しなくてもいいのに・・・。だが、無理強いするのも良くないな。――――仕方がない、足りないようだったら、私のパイを分けてやろう。それでも足りない時は追加注文だ!!)
二人が入ったパイ専門店ピタピタは店頭のショーケースの中にある商品を選んでから店内に入るスタイルだった。
建物は石造りで年代を感じるものの、店は赤と白のギンガムチェックのカーテンやテーブルクロスを使って、可愛らしい雰囲気だった。また店内は意外と広く、テラス席もある。
(思っていたよりも客席が多いようだ。だから、少し待っていたら入れたのか・・・)
――――今から十五分くらい前に二人はパイ専門店ピタピタへ到着した。その時、すでに店頭には行列が出来ていたため、ユリウスとビアンカは列の最後尾に並んだ。そして、自分たちの順番が回って来たので、店員へ注文を告げ、店の中に入ったのである。
この辺境伯夫妻の行動はその場に居合わせた人々の心に染みた。
王族、貴族は特別扱いが常。しかし、目の前に現れた二人は楽しそうにお喋りをしながら列の最後尾に並び、我先に店へ入れろというようなことは言わない。また突然、通り掛けの人から声を掛けられた時も辺境伯夫妻は笑顔で対応し、『平民風情が気安く話しかけるな!』と怒鳴ったりはしなかった。この日のことは今までの常識を覆した出来事として、後世へ語り継がれていくことだろう。当の本人たちは無自覚だったとしても・・・。
「ビアンカ、ここに座りましょう」
「はい」
ユリウスは通りに面したテラスの二人席を選んだ。彼はビアンカがドレスを着用しているため椅子へ座らせる際に、細心の注意を払う。
(ユリウスのエスコートは完璧だな!!背中に手を添えていてくれていたから、スムーズに椅子へ座れた。しかし、この席は・・・、ちょっと、いや・・・、かなり人目に付くのでは?)
二人の席はテラス席の端なので道に面している。店と道の境目には小さな植木鉢が二つ、三つ置いてあるだけだった。正直なところ、ここから簡単に店の中へ侵入出来る。
「ユリウス、この席は外が良く見えますね。――――というか『ここに私たちはいますよ~』とアピールしているみたいじゃないですか」
(この席を選ぶということは・・・、彼の辞書に『お忍び』という言葉はないのだろうな~)
「――――店の売り上げに貢献出来て良いのでは?」
「あ~、そういう意図があったのですか!!」
(なるほど・・・、抜け目がないな・・・)
「嘘です。(護衛の)死角にならない場所にしただけです」
ユリウスはしれっと言う。
(くぅ~~~、騙された!!いとも簡単に騙された・・・)
「――――サラッと嘘をいうのは止めて下さい!!それと護衛する側の立場で言わせてもらいますけど、この席はダメです!!危険です・・・」
「危険?」
「はい、ここは四方八方から敵が出て来る可能性があります!!」
ビアンカは空を見上げる。
「例えば、上から・・・」
ユリウスはビアンカの視線の先を見た。
パイ専門店ピタピタの建物は三階建てだ。しかし、テラス席は通りにはみ出している。その上、向かいの建物が良い感じに日陰を作ってくれているので、日除けのパラソルも設置されてない。――――だから、彼女の指摘どおり、二階、三階の窓、もしくは屋根から、敵が武器を持ってテラス席に飛び降りて来る可能性は十分にあった。
「――――迂闊でした。すみません」
ユリウスは胸に手を当てて詫びる。これは軍の作法だ。
「ユリウス、気を抜くな。いざとなったら私の指示に従え!」
調子を合わせて、彼女は上官のつもりで彼に気合を入れた。
「はい、ありがとうございます。心強いです」
ユリウスは部下のように従順な返事をしてくる。
(フッ、こんなところで軍隊ごっこか!?――――恐ろしいくらいの茶番だな。心強い?ユリウス、あんたバカみたいに強いじゃないか!何処から攻撃されても大丈夫だろ・・・)
――――二人はニヤリと笑い合う。
(こういう冗談を言い合えるようになったのは素直に嬉しい。ユリウスとはもっと仲良くなりたい。これから長い人生を共にするのだから、いつでも楽しく笑い合える関係がいい・・・)
「お待たせしました~」
二人の間の小さなテーブルに店員がアイスティーとミントティーをササッと置いて去った。
(――――店員はキビキビと良い動きをしている。お客が多いから鍛えられるのだろうな・・・)
「ビアンカ、どうぞ」
ユリウスは自分の前に置かれたアイスティーをビアンカへ手渡す。そして、自分の注文したミントティーを彼女の前から回収した。
「ありがとうございます」
(ユリウス、テキパキしている。私よりも遥かに気が利く・・・)
ビアンカは彼にお礼を告げて、アイスティーを一口飲んだ。しっかりと冷えていて身体に染み渡っていく。
(思っていたより、喉が渇いていたようだ。――――このアイスティー、とてもいい香りがする。飲み物の美味しい店というのは大体、料理も美味しいから・・・。これは期待出来そうだ!!)
注文したパイが来るまでのひととき、二人は通りを歩いて行く人々や雲一つない青い空を眺めていた。
(大きな鳥が流されている。上空は風が強いのだろうか・・・、ここはそよ風程度だが・・・)
「ユリウス、バリードはお天気の日が多いですよね?」
「ええ、ビアンカがここに嫁いで来たので神様が喜んでいるのかも知れませんね~」
「ブッ」
(物凄く甘い顔で何を言うのかと思ったら・・・。神様ネタ、ほぼ真実じゃないか!というか、この街で神様という言葉を口にしていいのか?タブーじゃないのか!?)
色々と疑問は湧いて来るものの・・・、彼のことを眺めていたら別件が思い浮かんだので、この件は一旦、置いておく。
今日、ビアンカはユリウスと一緒に心を育てるプログラムというのをしている。これはデートの間に互いの好きなところを見つけて言い合おうというものだ。だから、何か思いついたら、忘れてしまう前に口にしなければならない。
「ユリウス」
「はい」
「可愛いです」
「え?」
ユリウスは突然、妻から可愛いと言われて困惑する。そして、何が可愛いのかを聞こうとしたところで・・・。
「お待たせいたしました~~~」
タイミング良く(悪く?)二人の注文したパイが運ばれて来た。
「ゴールデンカスタードパイと林檎パイです!!」
「「ありがとう」」
お礼を告げる二人の声が重なる。
店員はササッと皿を並べ終えると「どういたしまして~、ごゆっくり~」と笑いながら、厨房へ戻って行った。
「さぁ、さぁ、さぁ、食べて!!」
ビアンカはユリウスを急かす。彼女は彼が空腹で辛いと思っているのだ。
彼女の想いを汲んで、ユリウスは紙で包まれた林檎パイをサッと手に持つと、勢いよく噛り付いた。
ユリウスが食べているのはこの店の看板商品である。サクッとした食感のパイを齧ると中からシナモンの香りが漂って来て、林檎の甘酸っぱさが口の中に広がっていく。このパイは余計な味付けをせず、林檎の風味と食感を上手く生かしているところが人気なのだという。
――――なので、お腹があまり空いていないユリウスには丁度良い・・・。
ちなみにビアンカはパイ専門店と聞いて甘いパイを思い浮かべていたのだが・・・、この店のショーケースを見てカルチャーショックを受けた。何故なら、ハンバーグやシチューなどのおかずが入ったパイも多数並んでいたからだ。
ザクッ。
ビアンカがパイを齧るとしっかりとした音が鳴った。
(うわ~、ザクザクしている!!噛み応えのあるタイプは大好きだ!!しかも、バターの香りも凄いし、カスタードには・・・、えっ、これ・・・、嘘っ、パイナップルの欠片が入っている!!滅茶苦茶うまい!!)
ビアンカがパイを齧って感動している姿を、ユリウスは隣からじっと見ている。
「――――ビアンカ、可愛い」
ボソッと小声で呟くユリウス。もちろん、ビアンカにはしっかりと聞こえていた。
「美味しそうに食べているところが?」
「ええ、そうです。――――良かったら、これも一口食べてみませんか?」
ユリウスは林檎パイを彼女の口元へ運ぶ。
「ちょっと待って・・・」
ビアンカはアイスティーを一口飲んで口の中をリセットした。そして、パクッと彼の差し出したパイを齧る。
「――――っ、これも滅茶苦茶美味しい!!!」
(何だこれ!!!最上級の林檎を食べた気分・・・。火を通しているのに食感が死んでない)
「生の林檎より林檎・・・。旨味が凝縮?何でこんなに美味しいのだろう・・・」
「特別な蜂蜜を使っていると店頭に書いてありました」
「蜂蜜・・・、――――確かに上品な蜂蜜の味がします!!――――でも、強くはない・・・」
ビアンカは咀嚼しながら味を確かめて行く。
(さすが看板メニューというだけのことはある!次回はこれを食べるか・・・。いや、ハンバーグの入ったパイも気になっているから・・・。――――この店、ヤバいぞ!どっぷりハマりそうだ!!)
「ユリウス、お返しです」
ビアンカはゴールデンカスタードパイをユリウスに差し出す。
ザクッ。
ユリウスは齧った瞬間、大きく目を見開いた。
(あ、これ驚いた時の顔だ。美味しいから驚いたのだろう?)
「やっぱり可愛い・・・」
ビアンカの口から本音が零れ落ちる。
「その可愛いは顔のことですか?」
彼はビアンカをジーッと見た。
「はい、驚いた時の顔が可愛い・・・」
「先ほどの可愛いも?」
「あ~、あれはピアスが似合っているという意味の可愛いです」
ビアンカは自分の右耳を指差す。これは先程、アクセサリーショップで買ったものだ。恋人らしく、一対のピアスをユリウスと分けて付けている。
「ビアンカも似合っています。綺麗です」
ユリウスも自分の左耳についているピアスをサラリと触った。二人で相談して購入したのはサラサラと揺れるタイプのピアスだ。今はお互いの耳たぶに付けている。ユリウスは左耳、ビアンカは右耳に。
「綺麗だなんて、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
「お世辞ではありません。本心です」
ユリウスが耳元へ囁き掛けて来たので、ビアンカは彼の方を向いて、チュッと口づけをした。
「!!!!!」
驚いた彼は羽のようにフワフワとした睫毛をパチパチパチと瞬いてから、顔を両手で覆う。
(やっぱり可愛い。というか・・・私、今し方、ユリウスにキスしたくなったから、キスしたのだけど、これって、鍛錬の成果・・・)
ビアンカはユリウスに平常心でキス出来たのは鍛錬のお蔭だと喜ぶ。そして、満足げな顔でユリウスを眺めながらザクっとゴールデンカスタードパイを齧ったのだった。
★ミニ情報★
アクセサリーショップ ポース
前衛的なデザインの商品を置いているアクセサリーショップ
感じの良い若い女性店員
パイ専門店ピタピタ
種類豊富なパイ専門店
店頭で注文してから着席するスタイル
バリードで大人気 看板商品は林檎パイ テイクアウト可
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