57 王妃襲来 中
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
距離感がだいぶん近そうな親子のやりとりをビアンカは静観していた。
(――――王家の人たちだから、もう少し建前を忘れない関係なのかと思っていたら、何か違った・・・。うん、全く違った・・・。)
「母上、ここへ何をしに来たのです?王宮に滞在している来賓の対応はどうされ・・・」
「――――あちらは宰相と陛下もいるから何とかなるわよ。私はビ~ちゃんに会いに来たの!!」
王妃はユリウスの質問へ被せ気味に答える。
(王妃様、王宮のことはあまり追及して欲しくなさそうな雰囲気だな。陛下はともかく、口うるさい宰相(ビアンカの父)がいれば、確かに王宮は問題ないだろうが・・・)
「ビアンカを言い訳に使うのは止めて下さい。きっと父上が心配しています。早く帰った方がいいです」
王妃の背中を押して、無理やり部屋から追い出そうとするユリウス。
「待って、待って、待って!!ユリウス」
ビアンカは強引な行動に出たユリウスを止めた。
「とりあえず、王妃様のお話を聞いてみませんか・・・」
(話も聞かずに帰らせようとするなんて、あんまりだろう・・・、ユリウス)
「まぁ~!!ビ~ちゃんはやっぱりいい子だわ!!ユ~ル、良かったわね。素敵なお嫁さんと結婚出来て~!!」
「あ、いえ、私はそんなにいい子じゃ・・・」
(ゴリゴリの戦士で大斧を振り回す花嫁を相手にいい子って!?いくらなんでも褒めすぎだろう!!――――しかし、ビ~ちゃんという呼び方は懐かしいな。久しぶりに呼ばれた気がする)
謙虚な姿勢のビアンカに感激した王妃は、ユリウスの左腕を両手で掴んで左に右にブンブン振り回す。されるがままになっているユリウスは、スンとした顔をしつつ無理やり腕を振りほどくというようなことはしなかったので。ビアンカは少しホッとした。
「――――ビ~ちゃんが結婚式で私に手を振ってくれた時は嬉しかったわ~。もっと早くお祝いに来るつもりだったのに、なかなかお客様が帰って下さらなくて~。直ぐに会いに来なくて、ごめんなさいね!」
(あ~、結婚式の時、最前列にいたのは王妃様だったのか!!私はてっきりヴィロラーナ公爵夫人レティア様だと・・・)
「いえ、ご多忙の中、お越しいただきありがとうございます」
ビアンカは王妃の目的がまだ分からないため無難な対応をする。
「母上、そろそろ本題を!!」
「もう、ユールはせっかちね!折角だから、お茶を用意してもらいましょう。ゆっくり話したいわ」
「お茶!?今の今まで兄さん(マクシム)たちと茶会を楽しんでいたのではないのですか?」
「それとこれは別なの!!」
コンコン。ノックの音がした。
「セザンヌでございます。お飲み物をお持ちしました」
こうなることを予想していたのか?いうタイミングで、執事がティーワゴンを押して登場。彼の後にはアンナの姿もあった。二人はテキパキと配膳をしていく。あっという間に三人分のお茶とお菓子がテーブルに並び、仕事を終えた二人は風のように去っていった。
(アンナと執事、仕事が早っ。んんん?――――あれれ?廊下に控えていた者たちの気配が消えたぞ。ユリウスが人払いを命じたのか?)
彼はいつの間に使用人へ指示を出したのだろうとビアンカは首を捻る。
(こういうことが前にもあった。今度、どうやって使用人たちに指示を出しているのか、ユリウスに聞いてみよう・・・)
――――紅茶を一口飲み、慣れた手つきでティーカップをソーサーの上へ置いてから、王妃はやっと本日の目的を口にした。
「今日は結婚した二人に秘密のお話をしようと思って来たの」
王妃はポシェットから小さな布袋を取り出して、テーブルの上に置く。
「この袋を開けてご覧なさい」
王妃の指示を受け、ユリウスとビアンカは視線を交わす。ユリウスは彼女に向かって大きく頷いた。
(これは開けていいという意味だろうな)
「―――――では、失礼します」
ビアンカは赤いベルベット生地で作られた小袋のリボンをほどく。袋の中を覗くと何かがキラリと光った。そして、中身を慎重に手のひらの上へ取り出してみると・・・。
「これは、――――ブレスレット?」
見えやすいように手のひらをユリウスの方へ近づける。短めの金色のチェーンに繋がっているのは一粒の透明な宝石。それは小さいにも関わらず、光を浴びて美しく輝いていた。
(この輝きは恐らく・・・、ダイアモンドか?それにしてもチェーンがかなり短い。本当にブレスレットで合っているのだろうか)
「母上・・・、これは?」
「これはあなたが初めて貰ったプレゼントなの」
「???」
(ユリウスは心当たりがなさそうだ。誰に貰ったのだろう・・・)
新婚二人が揃って眉間に皺を寄せたところで、王妃は懐かしいあの日の出来事を語り始めたのである。
―――――遡ること十八年前。王妃は約十年の不妊治療を経て、初めて妊娠の兆候が身体にあらわれた。これはとても喜ばしい出来事だったが同時に、胎児が桁外れの魔力を持っているという事実も判明してしまう。
万が一、胎児の魔力の暴走が止まらなくなった場合、母子ともに死を迎える可能性もあると宮廷医師は国王夫妻へ伝えた。
(この話・・・。夢で見た話と似ている・・・)
程なく、王妃はこの子を産みますと決意を固める。
国王、宰相、宮廷医師は王妃が無事に出産を乗り越えられるようにと、タッグを組んで極秘プロジェクトを立ち上げた。
先ず、宰相の提案で王妃の出産はすべてが無事に終わるまで非公表とすることを決定。そして、宮廷医師と看護師たちは王妃の出産が終わるまで王宮で寝泊まりすることになった。また国王は職員の配置換えに取り掛かり、東棟(王妃が出産するまで過ごす場所)は信頼のおける口の堅い職員で固め、それ以外の者は他へ移動を命じたのである。
東棟の警備も厳重にして、全てが無事に終わるまで些細な情報も外へ漏らさぬよう細心の注意を払っていくこととなった。
――――世間には王妃が流行り病にかかり、療養していると発表。
(ユリウス、先ほどとは打って変わって王妃様の話を真剣に聞いている。もしかして、この話を聞くのは私と同じで初めてなのか・・・)
しかし、強い魔力を持つ胎児がお腹の中にいるというのは想像以上に大変だった。妊娠初期から早速、危機は訪れる。王妃は激しい嘔吐で食事を取れず、身体はやせ細り、最終的には吐血を繰り返した。そして、幾度か生死を彷徨ったことも・・・。
四か月目に入ると吐き気の症状はかなり改善し、吐血することはなくなった。しかし、次はいばらで締め付けられるような全身の痛みを一日に何度も感じるようになり、酷く苦しんだ。――――痛くて、痛くて、気を失いたくても失えない。終わりの見えない状況が辛くて、辛くて、たまらなくて・・・。そんな時は瞼を閉じ、生まれて来る愛しい我が子を想像して耐え忍んだ。
ある日、身体の痛みが少し和らいだこともあり、宮廷医師は王妃に『今日は中庭で日向ぼっこをして過ごしてみませんか?』と勧める。
しばらくベッドの上だった王妃はその提案を受け入れ、久しぶりに中庭へ出てみることにした。
芝生の上には毛足の長いマットが敷いてある。その上には多くのクッションが山のように積み重ねられ、暖かそうなブランケットも用意してあった。王妃は慎重に腰を下ろして、山のようなクッションへ体重を預ける。すると、身体の重みでフワフワの山へかなり沈み込んでしまった。ここで王妃はようやく自分のお腹が随分と大きくなっていることを自覚する。おもむろにお腹へ手のひらをあて、優しく撫でてみた。
『この中に赤ちゃんがいる』
それだけで幸せな気分になってくるのだから、不思議だ。―――――苦しくて堪らなくても、この子のためなら、いくらでも乗り越えられる。だから・・・。『お母様と一緒に頑張りましょう。元気に産まれて来てね!』と、お腹に向かって囁いた。
クッションに寄り掛かってしばらく空を眺めていると子供たちの声が耳へ入って来る。その中には愛息マクシムの声もあった。
妊娠してから愛息マクシムとは会えない日々が続いている。
以前、王妃はお腹を痛めて産んでなくとも、あの子は私たちの可愛い息子。そんな我が子に淋しい思いをさせているのだと思うと胸が張り裂けそうだと嘆いていた。
ところが先日、国王が何気なく口にした『マクシムが「産まれてくるのは弟かな?妹かな?」と毎日のように聞いて来るのだよ』という話と『あの子はあの子なりに母親を心配させまいと頑張っているのかも知れないね』という彼の感想を聞いて、王妃は少し考えてしまう。
会えないことを寂しいとか可哀想だと嘆いても仕方がない。もっとその先の目指すものを忘れるなと我が子に教えられたように感じたからだ。
その日から王妃は嘆くのは止めた。
ただ、可愛い息子のことは沢山考える。その方が幸せな気分でいられると知ったから・・・。
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