56 王妃襲来 上
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
執事セザンヌは焦っていた。主が不在の間に王妃が護衛を二人と侍女をひとりだけ連れて、ふらりと辺境伯城に現れたからである。
「あら、セザンヌ、お久しぶりね。辺境伯夫妻は?」
「え、あ、は、はい。あああ、いえ、閣下たちは城下にお出かけなさっておりまして・・・」
彼の記憶では今までに王妃が単独で辺境伯城へ来たことなど一度もない。だから、この御方が緊急事態で現れたのか、それとも気まぐれなのか?ということを即座に推し量れなかった。
彼の心中を察することもなく、王妃は朗らかな笑みを浮かべている。
「急に来たから仕方ないわよね~。え~っと、それなら、マクシムは?――――こちらに来ているのでしょう」
「――――はい、王太子殿下は現在、他国の王族の方々と温室でお茶を楽しんでいらっしゃいます。こちらへお呼びいたしましょうか?」
「いいえ、わざわざ呼びに行かなくても大丈夫よ~、私が行くから!――――セザンヌ、辺境伯夫妻が戻って来たら教えて頂戴ね!」
「はい、承知いたしました」
王妃が扉を出て行くと同時にセザンヌは動き出す。温室にいるマクシムに王妃が来たという先触れを伝令係に託し、辺境伯城の正面玄関にいる門番たちにはユリウスが戻って来たら教えて欲しいと言伝をした。城内の使用人たちには『王妃様に対して粗相がないよう、万全の体制で!』と喝を入れておく。
そして最後に王宮の宰相(ピサロ侯爵)へ『今、王妃様が辺境伯城にご到着されました』という知らせを送った。これで何か問題があれば、あちらから連絡が来るだろう。
――――――――
連日、他国の王族の相手をして、マクシムは疲れていた。この五日間、彼は王宮と辺境伯城を行ったり来たりの生活をしている。正直なところ、時間ばかり取られて執務が片付かない。
実は一昨日あたりから、彼らは自国へ帰るつもりが無いのではないか?とマクシムは疑っている。何故なら、帰国に関することを誰も口にしないからだ。――――我が国としては本当に迷惑なのだが・・・。
そんななか、一番厄介なサルバントーレ王国のフォンデが昨夜、ユリウスの逆鱗に触れて、この城の牢に叩き込まれたと側近から聞いた。直ぐにユリウスへ問い合わせたところ、詳細は今夜話しますという返事をもらったのだが、そもそも他国の王子を牢に放り込んで大丈夫なのか!?と、――――少々、いや、かなり心配だ。
恐らく、この場に居る王族たちもフォンデのことは気になっているだろう。だが、誰も彼のことを口に出さない。――――この対応はリリアージュの時と同じである。
「王太子殿下、辺境伯夫妻のお姿が今日は見えませんね」
ティーカップをソーサーに優雅な仕草で置きながら、ポリナン公国の公子ビセンテは当たり障りのない話題をマクシムへ振った。こういう彼の社交的なところに、ホスト役が苦手なマクシムはとても助けられている。
「今日はリシュナ領軍の兵士とビアンカが対戦すると聞いていますが、それ以上は・・・」
「まぁ!!!!ビアンカ様が対戦!!」
公子夫人はビアンカという名が出て来ただけで椅子から勢いよく立ち上がった。
「今、今ですか!?」
「いえ、もう終了しています」
「ああああ~、残念!!!」
今、行われていると聞いたら、公子夫人は間違いなくドレス姿のまま走って応援に行っただろう。
「ほらほら、少し落ち着きなさい」
公子に宥められる公子夫人を見て、コルネリアがクスクスと笑った。と、その時、伝令がこっそりと温室へ入って来る。
「殿下、こちらを・・・」
小さなメモを渡すと伝令は速やかに去った。
マクシムはテーブルの下でメモを開いて・・・、絶句する。メモには『王妃様が温室へ向かっています』と書かれていた。
―――――何故、母上がここに来るのだろうか??王宮からも滅多に出ない方なのに・・・。マクシムは胸騒ぎがした。
――――――――
程なくして、温室へ王妃が現れる。
「皆さま~、ごきげんよう!!」
朗らかな性格の王妃は他国の王族たちに挨拶を告げると、本来フォンデが座るはずだった椅子に堂々と腰を下ろした。
「あらあら、コルネリアちゃん、お久しぶりね~、イヴァン(国王)はお元気にしているのかしら?」
「ごきげんよう王妃様。父は毎日小麦畑にいますわ。それよりもヴィロラーナ公爵家の御令息マリウス様にとてもご迷惑をお掛けしていて・・・」
「あら、良いのよ。マリウスはイヴァンの研究を支えたいといつも言っているもの~」
オホホホと王妃は上品に笑う。しかし、マクシムはマリウスがネーゼ王国からイヴァン国王のお世話を共同研究プロジェクトという名で押し付けられていると知っているので、とても笑える気分ではなかった。
「母上、本日はどのようなご用件でこちらへ?」
「あら、ご用件なんてないわよ。わたくしもたまにはお茶会に参加したいと思ったの。だって皆さんがお揃いになっている機会なんて、なかなかないでしょう?」
マクシムは違和感を持つ。今現在、王宮にもユリウスの結婚式でこの国に来ている他国の王族や貴族が滞在しているからだ。お茶会ならあちらでいくらでも出来るはずである。
煮え切らないマクシムの代わりに「王妃様、是非、私達と一緒にお茶を楽しみましょう!!」と公子夫人が機転を利かせて王妃へ誘いの言葉をかけた。
「ええ、エスペランサさん、ありがとう!!」
――――仕方ない。この場は母上(王妃)の顔を立てよう。
マクシムは茶会を滞りなく終わらせることを目指すことにして、この場で王妃を追求するのはキッパリと諦めた。
――――――――
辺境伯城の正門まであと少しというところで、門番の一人がユリウスたちの方へ走ってくる。
「閣下~!!言付けが・・・」
「なんだ?」
「王妃様がお見えになられています。執事が城に戻られたらお知らせくださいと」
門番の話を聞いたユリウスはビアンカの方へ百八十度、振り返った。
「ビアンカ、もう少し城下を楽しみましょうか?」
(んんん?何を言い出すのだ!?――――城に帰らないつもりか?)
「いやいやいや、それはダメでしょう。ユリウス」
ビアンカに諭されて、ユリウスはフーゥとため息を吐く。
(何なんだ?凄く嫌そうなオーラが出ているのだが・・・)
「――――分かりました。では、執事に帰って来たと伝えてくれ」
「はっ!かしこまりました!」
ユリウスから指令を受けた門番は詰所へ戻っていった。
(王妃様か・・・。わざわざここまで来たというのだから大切な話でもあるのだろう。というか、私は・・・)
「ユリウス、王妃様に話したらダメなことを教えて下さい」
ビアンカは小さな声で彼に尋ねる。
(この数日、色々なことがあり過ぎて、しかも隠さないといけない内容も多くて・・・。もはや、私では判断がつかない・・・)
「紫の瞳の関連は全てアウトです。昨夜の騒ぎも」
「ツィアベール関連は?」
「話しても大丈夫です」
「分かりました。もしもの時は止めて下さい」
ユリウスは返事の代わりにビアンカの背をポンポンと軽く叩いた。
(これだけで安心してしまうのだから・・・、私は単純だな。ユリウス、ありがとう。頼りにしてる)
――――――――
城に戻ったユリウスとビアンカは応接室で待機している。「ここで王妃様が戻られるまで、しばらくお待ちください」と執事が言ったからだ。
「王妃様、まさか飛び入りで温室のお茶会に参加されているとは思いませんでした」
「そういう人です」
「そうですか・・・」
ビアンカは王妃のことを考えていた。父(ピサロ侯爵)が宰相をしている関係で幼少期のディヴィスとビアンカは王妃と会う機会がそこそこあった。とても明るい人という印象がある。しかし、ビアンカが軍人になってからは全く話した記憶がない。
(王妃様と疎遠になったのは私がリリアージュに遠慮したというのが一番の理由だ。今思えば、余計な気遣いだった。マクシムとリリアージュは冷え切った関係だったというのだから)
コンコンコンとドアをノックする音がした。
「セザンヌでございます。王妃様がお戻りになられました」
「分かった。通してくれ」
ドアの向こうへ、ユリウスが返事をする。
ガチャッと扉が開いくと王妃が立っていた。彼女はビアンカの姿を見つけると、ふんわりと笑みを浮かべて彼女の方へ駆け寄って来る。
(お、おおおお、王妃様!?)
王妃はソファーから慌てて立ち上がったビアンカに飛びついた。
「ビ~ちゃん!!とっても、とーっても、会いたかったわ!!」
ギュウギュウに抱き締められて、ビアンカは呆然とする。
―――――その場の空気を読んだセザンヌを始めとする使用人たちは、静かに部屋から退出して行った。
「王妃様、ビアンカが驚いています。止めて下さい」
「やだ、ユール!!使用人たちはもう出て行ったじゃない。母と呼んで頂戴!!」
「はぁ~~~~、分かりました。母上!!ビアンカは私のものなので離れて下さい!!」
ユリウスは王妃をビアンカから力任せに引き剝がそうとする。その行動を目の当たりにして、ビアンカは更に驚いてしまった。
(は?この二人・・・。いつもこんな感じなのか!?見たことのないユリウスが出て来た・・・)
「ん~、もう!!ユールのケチ!!」
王妃様はビアンカから離れると頬を膨らませて、ユリウスを睨みつけている。
「あ、あのう、ケンカはしないで下さい・・・。私は大丈夫なので・・・」
(何なのだ?この状況は・・・)
★ミニ情報★
ローマリア王国 王妃 朗らかな性格だが謎は多い マクシムの母(実母ではなく育ての母)
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