55 命令します
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「ビアンカ、気になるものを見つけました」
ビアンカは本棚の前から彼の近くへ移動する。ユリウスがテーブルの上に広げているのは表紙にイリィ帝国の紋章が描かれている古びた書物だった。
「古代語で書かれています」
「古代語というと・・・。千年以上前の書物?」
「ええ、そうです。先ずはこれを見て下さい」
ユリウスは挿絵を指差す。そこには見たことのある人物が写実的に描かれていた。
「これは主神ダイアですか?」
「恐らく・・・」
――――朝訓練で三十名の兵士と対戦した後、休憩を挟んでから二人は辺境伯城の禁書庫に足を運んだ。
一昨日、ビアンカは主神ダイアからイリィ帝国の後継者として神の力を与えられた。しかし、彼女には何の変化も現れておらず、『神の力とは一体、何なのか?』という状況になっている。そこで、ユリウスは過去に主神ダイアから神の力を与えられた者が何かしらの記録を残しているのでは?と考えた。
ということで、この城の禁書庫の蔵書の中に神の力を記した書物がないか、ビアンカと一緒に探してみることにしたのである。
何故、国内で一番蔵書の多い王立図書館ではなく辺境伯城の禁書庫を調べるのかというと、ここが旧イリィ帝国発祥の地であることと、主神ダイアが今もなおこの地と繋がる異次元で生活をしているからだ。
ただ、予想に反して禁書庫にあるのはイリィ帝国の栄華を記した書物ばかりで、主神ダイアや神の力に触れる内容が記載された書物はなかなか見つからない。――――仕方がないと諦めかけた時、ユリウスはとうとう主神ダイアらしき人物が書物の中に描かれているのを見つけた。
「主神ダイアが何かの花を摘んでいる絵ですね。どういうことが書いてあるのですか?」
「ええ、どういう内容か読んでみます」
ユリウスは古代語をジィーッと視線で辿っていく。
「この絵、主神ダイアの隣に立っているのは皇帝(後継者)ですか?―――何だか楽しそうな雰囲気に見えますが・・・」
ビアンカが呑気なことを呟いた瞬間、古代語の文章とにらめっこをしていたユリウスが顔を上げた。
「『この花の蜜は心清き者には甘き蜜となり、悪しき者には猛毒となると神は仰った』と書いてあります。そして『皇帝は神から賜った花の蜜を正しき道を進むために使ったのである』とも・・・」
「あ~、―――――全然、楽しい話じゃなかったですね・・・」
「――――そうですね。期待外れでした。この書物に記載されている内容は嘘だと思います。恐らく、粛清したことを誤魔化しているのでしょう」
「んんんっ?不都合なことを主神ダイアのせいにしたってこと?」
「ええ、神の意志とすれば、信仰心の高い人々は反論出来ませんから」
(最悪だな。主神ダイアは簡単に人々の前へ姿を現さない。だから、都合よく使われたということか・・・)
「それ何代目が書いた本?」
「二十二代目ですね」
「よし!覚えておく!!」と、ビアンカは両こぶしを握り込む。
それを間近で見たユリウスはプッと噴き出した。――――彼女は二十二代目の皇帝を記憶してどうするつもりなのだろうかと・・・。
――――ここでビアンカが突然「あっ!!」と叫ぶ。
(こんな偽りの記録を掘り返しても意味がない。それなら直接、主神ダイアに聞けばいいじゃないか!!)
「ビアンカ?」
「ユリウス、一層のこと主神ダイアに神の力のことを直接、聞いてみませんか?」
「――――素直に教えてくれるかどうか分かりませんけど・・・、いいですか?」
「あ、そんな感じですか?」
「ええ、相手は妻に逃げられた男ですから」
「ブフッ、それは口に出したらダメでしょう。ウフフフッ」
ビアンカとユリウスはクスクスと笑い合う。
――――結局、信憑性のない書物を漁るのは止めて、二人は主神ダイアのところへ行くことにした。
――――――――
「神力を感じないというのか?」
主神ダイアはビアンカの手を握ったままで、あからさまに狼狽えている。
「はい、何も感じません」
「――――そうか」
主神ダイアは彼女の手を離し、両腕を組んでしばし考え込んだ。今日も神殿は物音一つせず、ゆっくりと時が流れている。
(この様子・・・。私の状況はイレギュラーなのか?)
「ダイア、ビアンカ以外の者に神力を与えた時は?」
「――――それは・・・。いや、ちょっと待ってくれ・・・。まさか・・・」
主神ダイアはブツブツ何かを呟いているが、声が小さすぎてビアンカには聞き取れなかった。
(主神ダイアは何をそんなに・・・。ユリウスの言う通り、簡単には教えてくれないのか?)
「ユリウス、主神ダイアはどうしたのでしょう?」
ビアンカはユリウスの耳元へ囁きかける。
「ええ、何か思い当たることがあるのでしょう。ただ、彼が何を悩んでいるのかということまでは分からないです」
ヒソヒソと話している二人に気付いた主神ダイアは顔を上げた。
「――――私の妻が出て行ったのは五百年ほど前のことだった。イリィ帝国が崩壊し始めた時期と重なると思わないか?」
「「は?」」ユリウスとビアンカの声が重なる。
(いや、唐突にそんな昔のことを私達に尋ねられても・・・)
「――――妻が干渉している可能性も・・・、いや、それはないだろう。そうだ!考え過ぎだ。――――しかし、私の力に対抗できるのは・・・」
主神ダイアの発言はとても歯切れの悪いものだった。
(ん?妻が干渉!?一体、何の話だ???)
「あなたの妻が後継者の能力をかき消している可能性があるということですか?」
「魔塔主よ、そこまでは分からない。ただ、五百年前の混乱を引き起こした可能性はあるかも知れない」
(あ~、これは妻がブチ切れて事を起こしたかも知れないという話か?――――それにしても疑い始めるのが五百年後とは・・・、主神ダイア、ツッコミどころ満載だな!)
「もう、神の力は無いなら無いでいいです。全く困りませんし・・・」
深刻な顔をしている主神ダイアに向かって、ビアンカはぶっきらぼうに言い放つ。
「――――それに先日、ユリウスも口にしていましたが、私達には必要のない力です」
「そうか。愛し子ビアンカ、すまない・・・」
「ダイア、これを機に妻と仲直りをしたらどうですか?」
「うむ、――――考えておく・・・」
ユリウスの提案に返事を濁す、主神ダイア。
(この様子だと妻は結構、強者なのかも知れないな。ただ、妻は夫の無神経な行動に何千年も耐えて来た。だから五百年前に起こったイリィ帝国の後継者争いに関与しているとしても、一方的には責められないだろう。そもそも、人間の娘に手を出した主神ダイアが悪いのだから・・・)
――――――――
異世界の神殿から辺境伯城前の麦畑に戻ると夕日で麦の穂が金色に輝いていた。
「ユリウス、とても美しい風景ですね~」
ビアンカは麦が風に揺れる様子を眺めながら、前髪をかき上げる。ユリウスは彼女の色っぽい仕草を眺めながらボソッと呟いた。
「ビアンカ、課題・・・」
「くうううっ、覚えています」
ビアンカはバッと両手で顔を覆う。黒髪からちらりと見えた耳は真っ赤に染まっていた。ユリウスは彼女が想像以上に恥ずかしがっているのを見て胸がざわつく。
――――また意地悪な課題を出してしまったのかも知れない・・・と。
「あのう・・・、今から一回目をします」
顔を覆っている両手を少しズラして、チラリと片目でユリウスを見ながらビアンカは小声で宣言する。
「どうぞ」
「ユリウス、キスして」
「はい、喜んで」
ユリウスは彼女の両手を掴んで顔から離し、チュッと口づけをした。
「――――今日中にあと四回・・・。うううっ、無理かも・・・」
弱音を吐くビアンカ。
「クックックッ、今朝、大勢の兵士をボコボコにした人だとは思えないですね。アハハハハ・・・」
ユリウスの明るい笑い声は、広い麦畑のサワサワという音に負けないくらい心地よく辺りへ響いていった。
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