53 一口食べてみませんか?
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「雲一つない快晴!!爽やかな風、最高の訓練日和だ~~~~!!」
ビアンカは窓辺に立ち、両手を上げて気持ちよさそうに伸びをしている。
(昨夜はテオドロスのせいで嫌な気分だったが、夜遅くまでユリウスと楽しく語り明かしたら、どうでも良くなった。で、私はいつの間にか床の上で眠って・・・、目覚めたのはフカフカなベッドの上。きっとユリウスが移動させてくれたのだろう。優しい夫に感謝だな)
彼女の弾んだ声を聞いて、ユリウスはクスッと笑う。二人は今、軽食を取ろうとしているところだ。今日はこの後の朝訓練でビアンカと兵士たちが対戦試合をする予定になっている。
「楽しそうですね、ビアンカ」
「はい、訓練は殺し合いではないので~」
「――――なるほど」
現実的な理由を述べたビアンカに、ユリウスは苦笑いで相槌を打つ。
(今日の対戦は三十名。リシュナ領軍の兵士たちはどういう攻撃をしてくるのだろうか。ここは戦闘の多い地域だから、国軍の精鋭たちと同じくらいの実力者もいるはず・・・。うむ、不謹慎かもしれないがワクワクしてしまう)
ビアンカは窓辺からユリウスの座っているソファーへ移動した。テーブルの上にはアンナが用意してくれたサンドイッチとフルーツが並んでいる。
ユリウスの隣に腰掛けた彼女はサンドイッチへ手を伸ばした。
(このハムはサラミだ!リーフレタスと・・・、ん?マッシュポテトも入っている。おおっ!?これ黒コショウのアクセントが絶妙っ!!――――この城の料理は手が込んでいるなぁ~。国軍の宿舎では絶対に出ない料理だ・・・)
サンドイッチを食べて幸せそうな表情を浮かべているビアンカを隣から静かに見詰めているユリウス。――――すると突然、ビアンカが一口齧ったサンドイッチを彼の前に差し出してくる。
「ユリウス、これ凄く美味しいですよ。一口食べてみます?」
「――――はい」
ユリウスはビアンカの手首を掴んで、彼女の手にある食べ掛けのサンドイッチを一口齧った。――――同じもの(ハムサンド)がテーブルの上にあると知っていても、指摘するのは野暮なのでしない。
「あ、確かに美味しいですね。黒コショウが合う・・・」
「はい、黒コショウがいい仕事をしています。何個でも食べられそうです。ここの料理人は腕がいいですね~」
ビアンカはユリウスの齧ったあとの残りをポイッと躊躇なく口へ入れた。モグモグと咀嚼しているのを見つめながら、ユリウスは彼女へ問う。
「――――ビアンカ、体調はどうですか?」
ユリウスは昨日、神の力を与えられたビアンカの身体をずっと心配している。少しでも気になるところがあるのなら、迷いなく兵士との対戦試合は延期するつもりだ。例え、彼女に文句を言われたとしても・・・。
「そうですね、特に気になるところは・・・。――――あっ!一つ言い忘れていたことを思い出しました。昨夜、テオドロスの拘束が甘かったと話した件なのですが・・・。あれは神の力が働いていたのかも知れません」
「それは神の力が拘束魔法を弾いたということですか?」
「いえ、弾くほど強力ではなかったです。単純に魔法の利きが甘いという感じがしました。ただ、結果的に拘束は解けたので・・・」
(口に出してみたものの神の力がどのくらい魔法に干渉したのか、私は魔法を使えないから程度がサッパリ分からない・・・)
彼女の言葉を聞いて、ユリウスは少し考えた。
――――弾くほどの強さはないが、最終的に魔法を無効にしてしまう神の力とは一体どういうものなのだろうか?と。
「一度、試してみてもいいですか?」
(試す?――――ああ、ユリウスが私に拘束魔法を掛けるということか。確かに状況を把握するには、一番いい方法かも知れない)
「はい、どうぞ」
ビアンカは手のひらを上に向けた状態で両手首を揃えて、ユリウスの前に差し出す。
(これ、お縄になるみたいで嫌だな・・・)
「では、早速」
彼は杖を懐から出すこともなく手のひらを返して、白い光を放つ鎖を出した。鎖は勝手に動き出し、ビアンカの手首へグルグルと巻き付いていく。
「拘束しました。ビアンカ、解いてみてください」
「やってみます」
(この鎖、見た目はエレガントだが、かなり強力そうだ・・・)
彼はビアンカの手元をジーッと見詰めている。どういう風に魔法が解けていくのか興味津々だったからだ。
ビアンカは手首に神経を集中する。そして、昨夜のように『解けろ』と心の中で願ってみた。すると・・・。
(んんんっ?今日は手首だけではなく指も動かせない。テオドロスの拘束魔法は見た目がロープだったから、直ぐに切れる場面を想像出来たが・・・。これは・・・)
「――――あっ!」
声を上げたのはユリウスだった。ビアンカの手首に巻き付けた鎖に小さなヒビが入ったのを見つけたからである。
「ビアンカ、鎖にヒビが入りました。今、何かしましたか?」
「『解けろ』と願いました。ただ、これ以上は・・・。いえ、もう少し抗ってみます。――――んんん、――――うおおおっ~~~~、くう~っ!!――――はぁ・・・。これ以上は無理です。ビクともしません!!」
ビアンカは降参を宣言した。ひびが入ったとはいえ、手首も指先も動かすことが出来ないのだから仕方がない。
(この鎖は私の力では解けない。はぁ、魔塔主の魔法はレベルが違うということか・・・)
「ユリウス、神の力のお蔭ではなく、あいつの魔法がショボかったという可能性も出て来ましたね」
「確かに私の攻撃へ何の抵抗もして来ませんでしたから、その可能性もゼロではないです」
ユリウスの脳裏に昨夜のことが浮かぶ。別館の一室へ踏み込んだ時、テオドロスは防御の魔法を全く展開しなかった。近距離の転移と緩い拘束。彼はこの二つの魔法しか使ってない。本気で誘拐を目論むのなら追跡防止や防音結界も使うべきだろう。そんなことをテオドロスへ面と向かって指摘してやるつもりは勿論ないが・・・。
「魔力だけが膨大で使いこなしていないのかも知れない・・・」
ユリウスはボソッと呟く。一方、ビアンカは手首を目の前に持ち上げて、白い光を放つ鎖をまじまじと眺めていた。
「この鎖は怖いですね。何の抵抗も出来ない・・・」
彼女の呟きが聞こえるや否や、ユリウスは拘束の鎖を消し去る。
「ストレスを与えてしまいましたか?」
「いいえ、大丈夫です。昨夜とは全く状況が違いますから。ユリウスに鎖でグルグルにされてもストレスを感じることはないですよ」
ビアンカはクスクス笑う。
「縛っていいのなら、いつでも縛りますよ」
「えっ?」
「いえ、冗談です。聞き流してください」
ユリウスは失言してしまったことを誤魔化すため、直ぐに話を戻した。
「この実験で神の力が魔法の拘束にダメージを与えることは出来ても、確実に解くことは出来ないと分かりました。ビアンカ、魔法使いへのおとり捜査は引き続き禁止です」
「ええ、昨夜もお約束しましたが、もう絶対にしません。懲り懲りです・・・」
「それを聞いて安心しました。今後、魔法使いが現れたら必ず私を呼んで下さい」
ビアンカは素直に頷いた。
「では、そろそろ・・・」
ユリウスは時計を指差し、そろそろ朝訓練に向かいましょうと促す。――――と、ここで、ビアンカは彼に尋ねた。
「ユリウス、今日(恋人五日目)の課題は?」
「―――――本当にまだ続ける気だったのですね」
「ええ、途中で投げ出すのは嫌なので・・・」
曇りなき眼で彼の答えを待つビアンカ。ユリウスは命令にならないような課題を必死に考える。
(ユリウスが悩んでいる。本当に練習を止めるつもりだったのか・・・)
「――――もう、私と恋人は無理ですか?」
「いえ、そういうことではありません」
ユリウスの顔を不安そうに覗き込むビアンカへ彼は即答した。
「ビアンカ、この練習のゴールを分かっていますか?」
「ゴール?――――本物の恋人になるということですよね?」
「ええ、そうです。心も身体も一つになるということです」
「―――――、あ~」
(心はともかく、身体、う~ん、身体かぁ~~~、言葉にすると生々しい・・・)
「二十一年間、お付き合いをした人ゼロの私には想像も付かないことです」
「私も同じです」
「は?」
(王位継承権を持つ十七歳の超美少年顔のくせに何を言い出すのだか・・・)
ビアンカは首を大げさに傾げてみせる。
「私はビアンカ一筋です。他の女性と付き合ったことはありません」
ユリウスは正直に答えた。
「――――嘘!?えーっと、嘘ですよね??」
「本当です!!」
「流れるようにキスしてくるのに!?」
「それは・・・、器用な方なので」
淡々と答えるユリウス。
「初めて異性とキスしたのは?」
「五日前の結婚式です」
「―――――!?」
(ほえええっ、あの迷いのないキスがファーストキスだったというのか!?――――毎晩一緒に夜空を眺めながら風呂に入りましょうという誘いも、かなりこなれた感じだったのに~!?)
「ビアンカ、やはり経験豊かな年上の方がいいですか?」
ユリウスの脳裏にマクシムが浮かんでくる。あちらがユリウスの恋路を邪魔してきたのと同じようにユリウスもマクシムの恋路を邪魔した。だが、ビアンカが本当はマクシムを好きだったと言い出したら・・・。かなり凹む自信がある。
「いえいえ、年上がいいとかそういうことを考えたこともありません。それよりも年増の女戦士がユリウスを汚した罪の方が・・・」
今度はユリウスが大げさに首を傾げた。何を言っているのだといわんばかりに。
「あなたは天使のような見た目ですから・・・」
(見た目もだけど、あまりにもピュアな恋心を見せられて、もう自分の穢れ具合が・・・居た堪れない)
「それを言うなら、ビアンカは女神のようです」
(な、何を・・・)
「ああ、今日の課題を思いつきました!」
ユリウスはビアンカにゴニョゴニョと課題内容を耳打ちする。
「はぁ!?本気で?」
「はい」
「今の会話とその課題が全く結び付かないのですが!?」
難題を突き付けられたビアンカはフーッと深いため息を吐いた。ユリウスは笑いを堪えている。
「分かりました。受けて立ちます!!」
「ええ、練習して慣れましょう」
「――――はい」
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