46 一瞬の油断
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
ユリウスが浴室から逃げてしまったので、ビアンカはアンナに用意して貰ったシャツとスラックスを一先ず着用した。――――流石に寝室まで薄いネグリジェで歩いていくわけには行かないからだ。
「ビアンカ様、こちらもどうぞ」
「ああ、ありがとう!」
ビアンカはアンナの差し出したグラスを受け取って口へ運ぶ。
(冷たくて美味しい・・・。おっ!?このグラスは・・・、ユリウスが魔法で出してくれた水の入っていたグラスと同じだ!!)
「アンナ、この水は厨房から持って来たのか?」
「はい、左様でございます」
冷たくて美味しい水をビアンカはゴクゴクと飲み干した。何も言わなくても、アンナはピッチャーから水を注ぎ足す。
(水とこのグラスをユリウスは魔法でクローゼットルームへ運んで来たということだよな。厨房でどんな風に水を注いだのかが、とても気になる・・・)
「――――以前、これ(水の入ったグラス)をユリウスが魔法で出してくれたのだが、その時、厨房でどうやって、このコップへ水を入れたのかが気になって・・・。――――アンナは魔法で水をグラスに注いでいる様子を見たことがあるか?」
「グラスに水をですか・・・。――――申し訳ございません。私も閣下の魔法のからくりまでは存じ上げません。宜しければ、厨房の者に聞いてみましょうか?」
「ああ是非、聞いてみて欲しい。特に急がないから、ついでの時にでも・・・」
「畏まりました」
雑談をしている間に侍女頭アンナはビアンカの髪を乾かして櫛を通し、綺麗に整え終える。
「ビアンカ様、明日の朝食は本日のように訓練後で宜しいですか?」
「あーーーっ、明日は兵士達と試合をする予定だから、行く前に少し軽食が欲しい!」
「承知したしました。軽く摘まめるサンドイッチなどをご用意しておきます。起きられましたらベルを鳴らして下さいませ」
「ありがとう、助かる」
ビアンカはアンナにお礼を告げ、大斧を担ぎ上げた。
「では、部屋に戻る。おやすみ、アンナ」
「はい、おやすみなさいませ、ビアンカ様」
アンナは深々と頭を下げて、ビアンカを見送る。城内の廊下を歩いて部屋に戻るだけの彼女に付き添い不要だ。寝室は東棟の三階にある。浴室は西棟の三階なので一度、階段を下って中央棟を通り抜けなければならない。
(――――浴室からクローゼットルームへ魔法で移動出来るのは本当に便利だよな。今日は置いて行かれたけど・・・。ユリウスは困ったら直ぐに逃げるから・・・)
はぁ~と、ため息を吐くビアンカ。遠巻きに警備兵が立っているのが見える。
(あっ、人がいた!?――――ため息を吐いたことに気付かれていたら恥ずかしい・・・)
ここは兵士の宿舎ではない。気を緩め過ぎるとユリウスの評判を落としてしまう。
(いつ何時も見られていると思え!ビアンカ!!油断は禁物だ!!)
ビアンカは心の中で気合を入れ直した。と、そこへ・・・。
「こんばんは~!ビアンカ様」
(――――この声は!!)
ビアンカは声の方へ振り向く。と、そこにはサルバントーレ王国の王子フォンデと頭にバンダナを無造作に巻いた体格の良い男性が立っていた。
(フォンデ王子と金髪にヘーゼル色の目の彼は誰だ?)
「こんばんは、夜のお散歩ですか?」
ビアンカは『こんなところで何をしているのだ?』という意味を暗に込めて、フォンデに尋ねる。
「そうそう!!今夜は月が綺麗だから~」と、軽いノリで返されてしまう。
(そうだった。この人はこういう人だった。ハッキリ言わないと伝わらないタイプ・・・)
ビアンカは視線を彼の隣に居る男性へ向けた。
「ああ、彼はね、僕の友人のテオだよ。とある国から遊学で僕の国に来ているんだ」
「とある国?――――もしや、王族のお方ですか?」
「ごめんね。それは答えられないんだ」とフォンデが言う。隣に立つ青年も大きく頷いた。
「――――分かりました。初めまして、コンストラーナ辺境伯の妻、ビアンカです」
「初めまして、辺境伯夫人。テオと申します。画家たちと一緒に王都から参りました。この城はかなり歴史がありそうですね。散歩しているだけでワクワクしてしまいます」
「彼は建築の勉強で僕の国に来ているんだよ」
「そうなのですね」
(――――この人、大斧を担いだ辺境伯夫人を見ても驚いていない。だとしたら、私のことを知っている国の人ということか?ならば、どうして身分を隠す必要があるのだろうか・・・)
ビアンカは密かにテオを警戒する。ユリウスからフォンデは信用してはならないと、昼間に何度も言い聞かさせられたからだ。
「テオも画家たちと一緒に数日ここへ滞在させてもらうつもりだよ。ユールやビアンカには迷惑を掛けないから許してね!」
(あー、これ・・・、絶対ユリウスの許可を取ってないな。――――それを此処で私に言って簡単に許しを得ようとするのはズルいだろ!?――――それにこの男、明らかに何処かの王族っぽいし、遊学という理由があるのにどうして身元を隠す必要があるというのか。あ~、この状況・・・、ユリウスが知ったら猛烈に怒るだろうな・・・。――――よし、ここは勇気を出して・・・)
ビアンカは温和な対応を止めて、大斧をドンと床に突き立てた。
「申し訳ないのですが、この城へ滞在したいなら、身元を教えていただかないと許可出来ません。フォンデ王子、知り合いだからと勝手に入城させるのはお止めください。辺境伯が許可を出すまで、城内を出歩くことを禁じます。速やかに部屋へお戻り下さい」
この城は国境を守る砦で重要な場だということをビアンカはつい口にしてしまいそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。もし相手に伝えてしまったら、ここに秘密が眠ってますと宣言するようなものだと気付いたからだ。
(この判断が間違っていたとしたら、明日謝ればいい。気軽に許可なんか出来るはずないだろ!!あーもう!!ユリウスは何でこんな時に居ないのだ!!)
正直なところ、この対応が正しいのか分からない。だが、ビアンカはテオへ厳しい視線を向け、行動を慎めと警告する。――――ちょうどその時、視線の端に映っていた警備兵が静かに建物へ入って行くのが見えた。きっと彼はユリウスへこのことを伝えに走ったのだろう。ならば、ユリウスがここに来るまで、時間を稼いだ方が良いかも知れない。
「あ、ごめん。そっか・・・、僕が勝手なことをしてしまったってこと・・・、だよね」
ビアンカの迫力に押されて、フォンデは狼狽える。しかし、彼女が真っ直ぐに見詰めているテオの瞳は一切、揺らがない。
(こいつ・・・、全く動じてないじゃないか!!本当に何者なのだ!?――――ああ、もう!!ユリウス、一刻も早く来てくれー!!)
ほんの一瞬だった。ビアンカがユリウスを心の中で呼んだ、その一瞬・・・。
(なっ!?)
僅かな隙を突いて、一歩前へ踏み出したテオにビアンカは遅れを取った。そして、彼はビアンカの左の上腕を掴んで・・・。
「え~~~~~~っ!?――――消えた・・・」
目の前の二人が忽然と姿を消してしまい、フォンデは驚いて飛び上がる。彼はテオが魔法を使えるということを知らなかったのだ。
――――ただ、彼はまだ自分のしてしまったことの重さまでは知らない。この数十秒後、ユリウスの逆鱗に触れるまでは・・・。
★ミニ情報★
テオ 体格の良い男性。金髪。ヘーゼルの瞳。頭にバンダナを無造作に巻いている。サルバントーレ王国に遊学中。身元は秘密。
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