45 星空のビアンカ
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「ほら、あの二つ並んだ星の右上のほうに見えている星です」
「ああ、あの白い星ですか?」
「そうです」
ビアンカとユリウスは星空を眺めながら、辺境伯城の浴室でお湯に浸かっている。
思い返せば、今日も様々な出来事があった。早朝の訓練では、リシュナ領軍の兵士たちとビアンカ考案のトレーニングメニューをこなし、お昼前には二人で神殿へ。主神ダリアと面会し、ビアンカはイリィ皇家の後継者の儀式を受けて神の力を分け与えられた。
(何が一番驚いたかって、主神と父上が激似だったということだ!!もはや先祖返りと言って良いくらいのレベル・・・。なのに、父上は『証』を持つ者ではなかった。全く、どういう基準で主神は『証』を持つ者を選んでいるのだろうか・・・。――――そう言えば、帰り際に主神から、『ビアンカ、また遊びに来なさい』と言われたのだった。正直、ユリウスが居ないと私はあの神殿に入れないからなぁ・・・。う~ん、――――主神、マジで淋しそうだったな・・・。あの音もなく時間が止まっているような場所で一人は辛いだろう。――――記憶を覗かれて、物凄く腹が立ったけど、謝罪もちゃんとしてくれて、力も分けてもらったし・・・。――――仕方ない、ユリウスへ頼んで、時々遊びに行ってやるとするか!)
そして、極めつけは辺境伯の城に戻ると絵筆を持った大勢の画家たちがビアンカを待っていたという出来事だ。二つ返事で彼女は夕食の時間まで大斧を担いで、天気の良い屋外でモデルを務め、画家たちの心を掴み取った。
この画家たちはサルバントーレ王国の王子フォンデのお抱えの画家なのだという。彼はユリウスとビアンカが留守の間に、彼らを母国から呼び寄せていた。
その画家たちはサルバントーレ王国の王都ソートから、この辺境伯城まで五台の馬車で駆けつけて来たのだと言う。王都ソートはこの城から見えている国境の橋を渡り、馬車で一時間ほどの距離だ。正直、ローマリア王国の王都サンタマリアへ行くより遥かに近い。
――――ユリウスはフォンデが、期待を裏切らない芸術バカで良かったと心底思った。
これで一先ず、ビアンカは旧イリィ帝国の後継者であり皇位継承者と認められた。しかし、既に帝国は滅びているため、形だけの後継者ということになる。また、ユリウスが『今回を最後に神の力を分け与えることを止めたらどうなのです?』という提案した件についても、主神ダイアは前向きに考えると明言した。
今後ターキッシュ帝国の第四皇子がこのイリィ大陸に乗り込んで来ても、神の力を得ることはもう出来ない。それでも、まだこの大陸を欲するというのなら、力で解決するしかなくなるだろう。
出来れば、相手がそこまでの馬鹿ではないということをユリウスは望んでいる。この大陸を影から支える魔塔主として。――――不本意ながら、遠く無い未来に表からも支えることになりそうで、頭が痛いが・・・。
(――――この城に来てからというもの、一日一日が濃い・・・。次々と起こる出来事はことごとく、私の想像を越えて行くし・・・。どれもこれも、ユリウスが居なかったら乗り越えられなかったことばかりだ)
ビアンカは青白く光る星を眺める。
ユリウスの話によると、この星はビアンカのミドルネームと同じルーナという名が付いているのだという。
(ルーナは女神という意味があるとユリウスは言っていた。――――彼は天体にも詳しいのだろうか。――――天文学は長い間、研究が滞っている分野だ。空の上は未知の世界。その空に浮かぶ星という存在も、季節や時間などによって決まった軌道で少しずつ動いているということくらいしか解明されていない。そんな星たちの並びに色々な形を当てはめて、人々は星座と呼んでいる。はるか昔の神の時代から・・・)
「ルーナは暗黒の中で強く美しく輝いていて・・・、まるであなたのようです」
(な、何を突然っ!?)
ビアンカがチラリとユリウスの方を盗み見ると・・・。――――バチッと目が合ってしまった。
(星を見上げているのかと思っていたら、こっちを見ていたのか!ビックリした!)
「神の力の影響でしょうか?ビアンカの周りには銀色のオーラが煌めいています」
「なっ!?」
「今の体調はどうですか?」
「――――何ともないです。もしかして今後、神の力の影響で生活に支障が出たりする可能性があるのでしょうか?」
ビアンカは急に不安になってくる。湯の中から手を出して、宙に掲げて見たら確かに手のひらを縁取るようにキラキラと輝いている何かがある。
(これが、オーラか・・・)
「あいにく、答えを持ち合わせていません。明日にでも、旧イリィ帝国の文献を紐解いてみましょう」
「はい、私も一緒に手伝います」
(自分のことなのにユリウス任せはダメだ!明日は一緒に調べよう・・・って、あっ!?あ~、マズいかも・・・)
「ユリウス、明日の朝の訓練(兵士との試合はどうしましょう)・・・」
(まだ、自分の力がどう変わったのかが分かっていないのに、兵士たちと対戦しても大丈夫なのだろうか・・・。不安だ・・・)
「練習用の剣ではなく、木製の剣にしておけば大丈夫でしょう。いざとなれば、私が試合を止めて負傷者に治癒魔法をかけます」
「――――そこまでして・・・」
「実はビアンカがここへ嫁いでくると決まった時から、兵士たちはあなたとの対戦を夢見て鍛錬を続けていたのです。是非、手合わせをしてあげて下さい」
「そうなのですか!?それは嬉しいことを聞きました!!――――了解です。上手く加減出来るように頑張ります」
今朝の時点では神の存在も疑っていたビアンカが、今は神の力を手にしているのだから、人生とはどう転がるか分からないものである。
「ところで、ユリウス・・・」
「何でしょう?」
「気のせいかも知れませんが・・・。今日はこの四日間で一番離れていませんか?」
ビアンカは同じ浴槽にいるのに、手の届かない距離を保っているユリウスへ尋ねた。
(――――不自然な気がする。昨日まではベッタリだったのに。よく考えたら、不意打ちのキスも今日は一度もされてない。――――あっ!?もしかして・・・)
「もしかして、今日は私から(しなさい)ということ?」
「―――――」
「今朝のアレだけではなく?」
「―――――」
「はぁ~あ」
ビアンカは大きなため息を吐く。このため息には二つの意味があった。一つ目は、自分から近寄るのは恥ずかしいという想い。二つ目は、ユリウスが近寄って来てくれないことを淋しく感じていたと自覚したこと。
(無意識のうちにキスをしてもらうのも、隣にいるのも当たり前だと思っていた・・・)
「ビアンカ、無理にしなくても・・・」
ユリウスはビアンカのため息を違う意味に捉えた。彼女はやっぱり無理をしているのだと。
――――彼はどうしてそういう風に考えたのか?
それは今朝、ビアンカがユリウスに口づけをする時にひどく震えていたからだ。突然、ユリウスが出した意地悪な課題にも彼女は必死に応えてくれた。後から、申し訳ないことをしたと彼が猛省するくらいに・・・。
本当は今すぐにでも、ビアンカをギュッと抱き締めて沢山のキスをして、それ以上のこともしたい。だが、それはユリウスの勝手な願いだ。
だから、ユリウスがしたいことをビアンカに命令して服従させるようなやり方ではダメだと今朝の失敗で気付いた。恋人の練習はあと三日ということにはなっているが・・・。今からでも、少しずつ彼女と心を通わせたい。そして、互いに求める気持ちがある上で、触れ合いたい。これから二人は長い年月を共にするのだから・・・。――――癪だが、マクシムの助言は正しかった。あの時、止めてくれたことを今は心から感謝している。
これが彼の出した結論だった。
「ビアンカ、もう恋人の練習は止めましょう」
(え!?どうして!!今朝まではあんなにやる気満々だったのに!?)
「まさか・・・、恋人・・・、クビですか!?」
ビアンカは恐る恐る尋ねる。
「いえ、そうではありません。このまま今朝のようなことを続けたら、あなたに嫌われそうで・・・」
「嫌われる?」
「はい、今朝の課題はやり過ぎでした。嫌なことをさせて、すみませんでした」
(キスの課題は確かにハードルが高かった。それに心臓が破れそうなくらいドキドキした。だけど、嫌だと思ったりはしていない)
ビアンカはイマイチ彼の言いたいことが掴めない。こういう時は素直に聞くのがビアンカ流。彼女はユリウスの方へ少し移動して、顔がしっかり見える距離でこう言った。
「正直、自分からキスするのは滅茶苦茶、緊張しましたけど、嫌だとは思っていませんよ?」
「いえ、――――課題でキスしろと命令したこと自体が卑怯でした。あなたなら、どうにかすると分かっていて・・・、口に出しましたから」
「あのう、だから・・・、嫌だとか思ってないですって!」
ビアンカは少し強い口調で彼に訴える。
「寧ろ、ユリウスのリードに今まで甘えていたのは私です。あなたは年下だとは思えないくらいしっかりしているから・・・。だから、嫌うことなどありません。それに・・・」
「――――それに?」
「一度やり始めたことじゃないですか。私のことをクビにしたくなったわけじゃないのなら、最後までやり遂げましょう!!」
ユリウスは目を丸くした。ビアンカから、続けようと言われるなんて思わなかったからだ。
(要するにユリウスは、今朝の私の動揺している姿を見て、自分のせいだと思ったのだろう。ああ、確かに恥ずかしいほど震えていたからな~。ユリウスは目を閉じていたのにお見通しだったのか~~~)
ビアンカはユリウスへ更に近づいて行く。そして、腕を広げると彼に抱きついた。
「ビ、ビアンカ!?」
素肌が触れ合って、ユリウスは動揺する。彼は今朝の出来事で、ビアンカから近寄られると自制が効かなくなると自覚したばかりで・・・。
「離れて・・・」
軽く押し戻そうとしたが、ビアンカはギュウ~ッと腕に力を込めて離れようとはしない。
(離れてって言った!?まさか、ユリウス動揺している???まぁ、私もドキドキして、かなり鼓動が激しいけれども・・・)
「離れません。慣れたいので・・・」
「慣れる?」
「こういう経験が無いので、とにかく慣れないといけないのです」
ビアンカは真面目にユリウスへ言ったのだが、彼はプッと噴いた。ビアンカは恋愛も訓練と捉えているのだろうか・・・と。
「もう!ユリウス、笑うなんて余裕あり過ぎです。ああ、緊張で震える~~~。心臓も破けそう・・・。ううううっ、ユリウス、肌がすべすべ・・・ですね」
ユリウスはこの可愛い人をどうしたら良いのかと持て余す。震えながら抱き締めて来るなんて反則だ。
「もう、ビアンカ、今日はここまでにしましょう。私も心臓が持ちません」
とうとう、ユリウスは白旗を上げた。
「では、恋人四日目のミッションは完了ということですか?」
「はい!!とても良く出来ました。あ~もう!!」
ユリウスは間近にあったビアンカの首筋に噛みつく。
(痛っ!ユリウス~~~!!噛んだ!?噛んだのか!???)
頭が真っ白になるビアンカ。何故、噛みつかれたのかさっぱり分からず、腕の力が抜ける。と、ここで、ユリウスの姿がスッと消えた。
「あ、逃げた・・・」
浴槽に一人残されたビアンカは徐に窓の外へ目を向ける。夜空で女神と呼ばれる星ルーナが笑うように瞬いていた・・・。
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