42 近いけれども・・・
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「っつ・・・・」
(数秒前まで、たわわに実った麦の穂が風で気持ちよさそうに揺れてサワワ、サワワと音を立てていたのに・・・、何も聞こえなくなったぞ!!)
――――遡ること二十分。
「ユリウス、二人で城の正面から堂々と出て行ったら騒ぎになりませんか?」
ビアンカはユリウスの提案を受け、神殿で旧イリィ帝国の後継者の儀式を行うことにした。
今、二人は城の正面玄関から少し下ったところにある正門へ向かって歩いている。共にリシュナ領軍の真っ黒な軍服を着用し、ビアンカはいつも通り大斧を肩に担いでいた。
この城(辺境伯城)は切り立った崖の上の聳えているという地形的な理由と、要塞都市の心臓部としての機能面から、出入り口はこの正門一つのみ。当然の如く、通常の城よりも門番の人数は多いし、通り抜ける際には厳重なチェックを受ける必要がある。
「――――騒ぎにはならないでしょう。城の前は畑ですから」
「まぁ、そう言われてみれば、確かに畑でしたね。ユリウス、本当に神殿まで歩いて行くのですか?」
(気軽な感じで神殿へ行こうというから、魔法を使って飛んでいくのだと思っていたのだが・・・)
「はい、近いですから」
「そうですか・・・」
ビアンカは空を見上げた。今日は雲一つなく晴れ渡っている。
(しかし・・・、ここへ馬車で来るときに見えた景色の中で神殿らしき建物など、一つも見当たらなかったのだが・・・。――――ユリウスの『近い』とは、一体どのくらいの距離を指すのだろう。少なくとも、この領都バリード内ではなさそうな気が・・)
ユリウスは温室を出た時に庭師のグラードから『フォンデ王子殿下がビアンカ様の紫色の瞳のことを友達に伝えなければと話していらっしゃいました』と、報告を受けたことが気になっていた。
もし、フォンデが紫の瞳の本当の意味を知っているのだとしたら・・。彼はビアンカのことを誰に伝えるつもりなのだろうか。
ただ、ユリウスはその日の気分で生きているようなフォンデが紫の瞳の秘密を知る手段を持ち、国対国レベルの諜報合戦に一枚噛んでいるとはとても考えられなかった。彼は美しいものへの執着心が強い只の変わり者。だから、単にビアンカの美しい瞳に魅せられて、それを友人に話したいだけだろう。――――ということからも、決して、そのフォンデの友人がターキッシュ帝国と繋がっている可能性など・・・。
「いや、無きにしも非ず、――――か」
「ん?ユリウス、何か言いました?」
「あー、いえ、何でもありません。ビアンカ、少し急ぎましょう」
嫌な予感がして来たユリウスは歩みを速める。ビアンカは突然、急ぎだしたユリウスに首を捻りながらも、後れを取らないように付いて行く。
――――正門を出てから十分強。
ユリウスは慎重に進み、畑道の途中で立ち止まると足元の地面を指差した。
「ここです」
ビアンカは彼の指先へ視線を向ける。目印も何もないただの畑道。畑と畑の間で少し雑草が生えているような場所である。
「ここですか?私の目には神殿など何処にも・・・」
ビアンカはユリウスの横に立って辺りを見渡す。ユリウスが言った通りここは辺境伯城から程近かった。正門もここから見えるくらいに。
――――先程、ユリウスとビアンカが正門を通り抜ける時、門番たちは何も言わずに笑顔で送り出してくれた。
(軍服を着て、二人で出掛けようとしているのに何も突っ込まれなかった。――――全員が笑顔を浮かべて・・・。門番なのにあいつらは愛想が良過ぎる。まぁ、ユリウスが一緒だったからかも知れないが)
そして、城から出たところには誰一人居らず・・・。ユリウスが言った通り、ただただ、広い畑が広がっているだけだった。
(この規模の畑が城壁の中側にあるというのは本当に珍しい。領都バリードはやはり桁違いの要塞都市だ。――――その上、こんなに険しい峡谷が領都を守るように包み込んでいるのだから、何とも厄介。これは簡単に落とせないな・・・。ただ、魔法使いが一人でも仲間内に居れば、かなり違ってくるかもしれない。――――そうは言っても、魔法使いは人手不足が深刻で・・・)
ビアンカはバリー峡谷を遠目に眺めながら、領都バリードを陥落する方法を考える。何故?と聞かれたら、職業病だとしか言えない。そんな彼女を横目に、ユリウスは神殿の入口を開く儀式を始めようとしていた。
「――――入ります」
「へっ?」
(入ります?って、――――何処に!?)
ユリウスは大地に両手を付いて、何かをブツブツと唱え始めた。すると、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、麦の穂のサワサワという騒めきなどの音が、一気に遠ざかっていく。
(何だ!?これ・・・?変な感覚だ。音が奪われていく。鳥の声が・・・って、んんん?)
「なっーっ!巨大な神殿が!!ユリウス、これは一体どういう仕組み?これ何処かへ隠していたのですか」
(大きな畑を覆ってしまうくらいの巨大神殿・・・。しかもこの神殿、真っ白で透明感が半端ない!!!綺麗だなぁ・・・)
「ビアンカ、これは隠していたわけではありません。――――そうですね。これは同じ場所にある別世界で・・・と、言ったら分かりますか?」
「別世界?――――違う世界?」
ユリウスは自分たちの暮らしているこの世界以外にも、異なる世界が無限に存在しているという話を始めた。
空間の広がり、物の重さ、時間の流れなどの概念は、それぞれの世界で独自のルールがあり、世界は神が創造し管理しているのだという。
(私たちが暮らす世界だけでなく、他にも世界がある?そして、それを創り出しているのが神・・・。――――神は思いの外、仕事熱心なのだな。もっとフワッとした存在なのかと思っていた。私の生きている世界、この神殿がある世界。ルールの異なる世界だから別世界というのだな。――――良し!分かった!!)
最初は隠していた神殿を顕現させただけだと思っていたビアンカも、彼の丁寧な説明を聞いて、目の前に現れたこの巨大な神殿は別世界にあるということを理解した。
「ところで何故、こんな場所に?」
質問を受けたユリウスは、ここに神殿がある理由を説明していく。
バリードは旧イリィ帝国の建国神話の舞台となった地。神話は真実であり、この街の娘と神の子が恋に落ちた。結婚したいという神の子と娘に対し、周囲(神も人間も)は前例がないという理由で激しく反対したのだという。
この事件により、神と人間の関係はかなり拗れてしまった。神は戦いに発展することを危惧し、神殿を別世界に移すことを決める。ここに入口を作ったのはこの地を愛していて離れたくなかったからだという。
(神が人間に配慮して姿を消すほどの揉め事・・・。別に神と人間が恋に落ちてもいいのではないかと私は思うが・・・。前例がないというだけで、当時は大事件だったのだろうな)
ビアンカはその時代に生まれなくて良かったと思った。
(前例がないから、結婚は認められない。だから、あなたはユリウスと別の人生を歩めと今更、言われても困る。どうして?と聞かれても、上手く答えられないが、とにかく嫌だ!)
隣のユリウスへ目を向けると丁度、彼もビアンカの方を向く。視線が合うと彼は目尻を緩めてくれた。ビアンカも軽く微笑み返す。
「この神殿で儀式をします。音が消えたのは私たちが別の世界にいるからです。心配は要りません」
ユリウスはサラッと口にした。
(ん?――――音は消えたと言うけれど・・・)
「ユリウス、どうして音は消えたのに、私達の世界の風景のままなのですか?畑の中に神殿があるみたいになってますけど」
ビアンカは首を傾げる。
「ビアンカ、その点はあまり深く考えない方がいいです。単純にこの風景を消したくなかったのでしょう」
「風景を気に入っているから?」
「神は自分の好きなように世界を創造するそうです。細かなことまでは計り知れませんが・・・。大体、そんな感じでしょう」
(いや、神って意外と適当!?そんなものでいいのか?)
「――――というかユリウス、いとも簡単に別世界へ入りましたよね?これは魔法の領域を超えているのでは?」
「そうですね。フフフッ」
ユリウスは誤魔化すように笑う。これ以上は言わないとばかりに。
(魔塔のトップとは一体、どういう存在なのだろう。謎に包まれていて何一つ分からないのだが!?――――『簡単に済ましましょう』というから、ここまで来たものの、別世界に行くことを容易いと思っている彼の『簡単に』は全く信用出来ない気がして来たのだが・・・。これはどう考えても簡単な儀式ではないのでは?)
ビアンカは不安になって来る。恐ろしい案件に足を突っ込んでしまったのではないのだろうかと・・・。
(――――どうしよう。後継者の儀式で、火を吐くドラゴンと戦えと言われたりしたら・・・。炎を防ぐ鎧を持ってくるべきだったか!?)
後継者の儀式がどういうものなのかを知らないビアンカは、とうとう防具の心配をし出した。そんな彼女の気持ちなど全く知らないユリウスは次の指示を出す。
「あの祭壇の場所まで進みましょう」
彼の指先は前方の大きな柱の間にある祭壇を指していた。
「――――はい」
ビアンカは担いでいる大斧の柄を固く握り締める。
(ここで怯んでどうする?女戦士ビアンカは強気が売りだ!!防具など要らない!何が出て来ても勝つ!!――――よし!覚悟は決めた!!)
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