39 久しぶり!
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
リシュナ領軍が朝訓練を行っている修練場はこの城の右手にある。急いで着替えを済ませたビアンカは、ユリウスと一緒に三階の廊下を早歩きで進む。
「あの先の階段を下りましょう」
「はい?」
(階段!?何処に?)
ユリウスが指差した先は大きな石造りの柱。ビアンカは階段など何処にも見当たらないと最初は思った。だが、その大きな柱の裏に回り込むと、人が一人通れるくらいの隙間があり、足元は下り階段になっていたのである。
(なるほど、隠し階段か・・・。この城には有事に備えてこういうものがあるのだな。確かにここ(三階)から下へ降りられるのは助かる)
階段ではユリウスが前を歩き、ビアンカはその後に続く。階段を下り終えて柱の影から廊下に出ると修練場の様子が見えた。まだ朝訓練を開始する時刻を迎えていないのに、既に兵士たちはキレイな列を作って並んでいる。
(――――見たところ部隊は四つ。そして、各部隊の兵士は大体二十名くらいか。地方領の持つ軍隊としてはかなりの規模だ。国軍でも正規兵は二百人足らずというのに・・・。そして、朝の訓練が始まる前に整列を終了。更にこの緊張感、リシュナ領軍は凄いな)
「ユリウス、朝訓練に参加する兵士が多くて驚きました。しかも・・・」
「――――国軍には朝訓練へ参加しない者がいるのですか?」
質問している途中で、逆に質問されてしまう。
(この言い振り!!リシュナ領軍では兵士が朝訓練に参加するのは当たり前ということか?――――ここは国軍よりも規律に厳しそうだ・・・)
ここでビアンカの目に入ったのは、兵士たちの遥か向こうに見えている険しい山々だった。
(――――それもそうか、ここは国境を守っている場所だった。すっかり失念していた・・・)
ビアンカが遠い目で考え事をしているとユリウスが補足を口にする。
「――――リシュナ領軍の兵士は病気やケガをしたら訓練を休みます」
「――――そうですか」
(いや、ケガや病気をした者が訓練に参加出来ないのは当たり前だろう!?)
心の中でユリウスへツッコミを入れたところで、修練場へ到着。
ビアンカは並んでいる兵士たちを右から左へと遠目に確認して行く。予想していた通り、兵士たちは四つのグループに分かれていた。それぞれのグループが二列で並んでおり、各グループの先頭にはリーダーらしき者が一名ずつ立っている。
ユリウスとビアンカが近づくと、また別の男女二名が前方からやって来て、定位置と思われる場所で立ち止まった。残念ながら彼らの顔は軍帽が邪魔で良く見えなかったが、恐らくリシュナ領軍の幹部だろう。
「ビアンカ、ここで待機しておいて下さい」
「はい」
ユリウスは修練場の入口でビアンカに指示を出してから、兵士たちの方へ歩いていく。
――――彼が兵士たちの前に立った瞬間。
ザッ。
真っ黒な軍服を纏っているリシュナ領軍の兵士たち。彼らは号令が無くとも、一斉に敬礼の姿勢を取る。彼らの一糸乱れぬ動きは迫力があった。気弱な者はこれを見ただけで卒倒するかも知れない。
「おはよう。――――朝の訓練を始める前に君たちへ伝えておきたいことがある」
(いや~、城の職員だけではなく、軍の兵士たちもしっかりとしているなぁ~)
ビアンカは朝の清々しい空気に負けないくらい凛とした兵士たちに感心する。そして、堂々と彼らの前に立つユリウスもカッコ良かった。
(コンストラーナ辺境伯爵ユリウス、僅か十七歳とは思えない彼の統率力は末恐ろしい。彼が道を踏み外したりしたら、世の中が恐ろしいことになりそうだ)
「ビアンカ、こちらへ」
ユリウスに呼ばれて彼の横に移動していると、前方の兵士たちがビアンカに気付いて、小さなガッツポーズでPRして来る。
(おおっ!?あいつらは対戦希望者か?――――幾らでも受けて立つぞ!!)
ビアンカはユリウスの横に並び立つと軍帽のつばを指先で軽く上に押してズラした。これで後方に並んでいる兵士たちにも、リシュナ軍の軍服を着た謎の大女の顔が見えることだろう。
「彼女は私の妻ビアンカだ。今日からリシュナ領軍に所属する。よろしく頼む。――――ビアンカ、挨拶を」
「初めまして、大斧を振り回すのが得意な女戦士ビアンカです。閣下との結婚に伴い、国軍からこちらへ移動して来ました。今日から世話になります。よろしく!!」
彼女がいつもの調子(軍人モード)で挨拶をすると、兵士たちの表情がパッと明るくなった。ユリウスは彼女の人気の高さを目の当たりにする。
「ビアンカ、リシュナ軍の幹部を紹介する。指揮官のホーネットとルイーズだ」
(やはり、この二人は幹部だったな。ホーネットは三十代くらいか?腕の筋肉が凄い。パワーがありそうだ!――――ルイーズは・・・)
「うきょっ!?」
思わず変な声が出た。ビアンカはここに居るはずのない人物に動揺する。しかし、ビアンカと目が合った当の本人は楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
「久しぶり!ビアンカ!――――随分と大きくなって~。元気にしていた?」
ルイーズはビアンカへ向けて、小さく手を振ってくる。
(何故、ルイーズがここに!?)
「――――何で黙っていたのですか!!」
取り敢えず、ルイーズのことは無視して、ビアンカはユリウスに食って掛かった。兵士たちは黙って二人のやり取りを見ている。
「――――話したら面白くないでしょう」
ユリウスの回答は淡々としたものだった。
(面白くないって・・・、どういうことだよ!)
ドスッ。
――――ルイーズはビアンカへ突然、体当たりをする。そして、そのままギューッと抱き付いた。
「新婚さんだって分かっているけどさ~、無視しないでよぉ~!!お姉さんは寂しいよ~!」
(ルイーズ、国軍を希望退職したのではなかったのか!!――――いや、ちょっと待て、ルイーズと言えば・・・。彼女はユリウスがあの時のネロということを知っているのだろうか)
ビアンカは七年前のことを回想する。
(ユリウスは身分を隠し通すため、ルイーズから顔を見られないよう気を付けたと話していた。それなのにわざわざルイーズをここへ置くのは何故だ?――――偶然なのか?いや~、そんなことは絶対ない・・・)
隣にいるユリウスを疑うビアンカ。
(彼が何かの策略のために彼女を置いている可能性の方が高いだろう)
ビアンカは気を取り直して、ルイーズに声を掛けた。
「久しぶりだな、ルイーズ」
「おう!年上を年上とも思わないその太々しさ!!大好きだよ~!これからはリシュナ領軍で大斧をブンブン振り回して活躍していこ~!!――――お~い、野郎ども、ビアンカと手合わせをしたいかぁ~~~!!!!」
ルイーズは拳を天高く突き上げる。
「うおぉ~~~~!!」
兵士たちも拳を振り上げて、大声を上げた。
「ほら、みんなあんたが来るのを待っていたんだよ!!」
「ああ、それは嬉しいな・・・」
ビアンカは抱き付いていたルイーズを引き剥がしながらクールに答える。しかし、ルイーズは細かなことは気にしていない様子で・・・、直ぐにユリウスへ交渉を始めた。
「閣下、奥様と兵士の対戦許可を下さい!」
「ああ、許可しよう」
ユリウスはあっさりと許可を出す。レベルの高いビアンカと剣を交えることは兵士の能力の向上に繋がるからだ。ここで止める理由など何も無い。それにビアンカがしたいと言いそうな事を止めるつもりは無かった。
(がっつり訓練に参加してもいいという雰囲気を醸し出しているが、本当にいいのか?それはそれで私は嬉しいのだが・・・、辺境伯夫人の仕事がおざなりになって、ユリウスの負担が増えるなんてことになったら困るのでは?この件は後で話し合いが必要だな・・・)
「よっしゃ!!閣下から許可が出た~!!早速、順番を決めるよ~!おーい、レリック、紙とペンを持ってきて。ホーネット、あんたはどうする?」
「俺は後で構わない。それより・・・、見て見ろ。ほぼ全員が対戦を希望しますという顔をしてるぞ。一日当たりの対戦人数を決めておいた方が良いんじゃないか」
「そうだね。ビアンカ一日何名くらいにしようか?」
ルイーズはビアンカへ尋ねる。
(総勢八十名くらいか・・・。念のために一日、多く答えておこう)
「三日」
「へっ?人数じゃなくて三日!?まさか三日で、こいつら全員と戦う気?」
「ああ、問題ない。それから武器は大斧ではなく練習用の剣を使う。大斧は命を奪ってしまう可能性があるから」
ビアンカは右手で首をスパッと切る仕草をした。少しザワついていた場が途端にシンと静まる。
(手合わせとはいえ真剣勝負だ。実力が違い過ぎたら、大けがをさせてしまう可能性だってある。相棒を使えないのは残念だが、仲間を傷つけるわけにはいかない)
その後、対戦表が作成されビアンカとの手合わせは翌朝からスタートするということになった。今日はビアンカ式の訓練メニューを皆で体験して、午前七時に解散。
なお、日常訓練は毎日、午後一時から修練場で行われているのだが、この日は欠席者が続出し、ユリウスの笑いのツボを刺激したとか、しなかったとか・・・。
―――――
「想像していたよりも兵士の動きが良くて驚きました。地方の軍として、リシュナ領軍は最強かも知れません」
ビアンカは訓練を終え、少し遅めの朝食をユリウスと取っている。場所は先日、茶会をした温室だ。ここは扉を閉めてしまえば、聞き耳を立てられる心配がないのだという。ユリウスの話では今もXが部下と共に温室周辺で、鉄壁の警備しているらしい。
(朝ご飯を食べるくらいでそんなに警備が必要なのか?――――いや、そもそもユリウスに警備が必要なのか?というところから問い詰めたい・・・)
「ビアンカ、リシュナ領軍の司令官をしませんか」
「!!!!」
彼の唐突な提案に、ビアンカは口元に運んでいたオムレツを落としそうになる。
(司令官!?ユリウスの下で全軍に指示を出す役回りを私がするのか?)
「まだ、こちらの軍に馴染んでないのですが・・・」
「司令官が兵士と馴染む必要はないでしょう。ただ、一人一人の能力は知っておかなければいけません。しばらくは人間観察を頑張って下さい」
(この有無を言わせない感じ・・・)
「それは命令ですか?」
「はい」
ビアンカは咀嚼していたものをしっかりと飲み込んでから、カトラリーを一旦テーブルへ置いた。
「――――御意」
短い返事だったが、ユリウスはしっかりと彼女の決意を受け止めた。そして・・・。
「では、特別任務について話しましょう」
「え!?」
ビアンカは耳を疑いたくなった。恐ろしい言葉が聞こえたからだ。
(今、特別任務って言わなかったか!?特別任務ってツィアベール公国を潰すことだとばかり・・・。まさか、まだ終わってないということか!?)
「あのう。ユリウス、もう一度・・・」
「特別任務についてお話しします」
「ああああ!!!嘘っ、まだあるの~!?」
ビアンカはフォークでブロッコリーを突き刺して、大げさな声を出す。しかし、お仕事モードのユリウスは甘い顔を一切見せない。
「私たちは、これから・・・」
――――ユリウスの口から出た話を聞いて、この厳重な警護の意味を知った。
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