36 安堵 下
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
(――――マクシムからユリウスを紹介された王太子妃は何か行動を起こしたのだろうか?あんなに美しくて可憐な女性から言い寄られたら、ユリウスも心が動いてしまうのでは?――――だけど、彼は私と結婚した。だから、彼女とは何もなかったというこ・・・)
彼女を抱きかかえたまま、転移魔法で王宮から寝室まで一気に戻って来た。ふと見ると腕の中でビアンカは鼻先に拳を当てて、目を瞑っている。彼女は考え事をしているのか?それとも眠っているのか?
判断に困ったユリウスはビアンカへ優しく語り掛けた。
「――――ビアンカ、ビアンカ?着きましたよ。眠っているのですか?」
(――――着いた?何処に?)
ビアンカはパチッと目を開く。
「私たちの部屋・・・」
「そうです。真っ直ぐ帰って来ました。ビアンカ、お腹は空いていませんか?」
(お腹は・・・、うん、かなり空いている!!正直なところ、喉もカラカラだ!!あっ~、もうこんな時間じゃないか!?)
壁時計の針は十六時八分を指していた。
「はい、何か食べたいです。是非、お願いします!!」
(ところで、ユリウスは私をずっと抱えて運んで来たのか!私は大斧よりも、もっと重いはず・・・。かなり重かったのでは?――――いや、それよりも今は下ろして貰うのが先だ!!のんびりしていたら、アンナが来てしまう!!)
「ユリウス、そろそろ(下ろして)・・・」
「では、これからは勝手にひとりで走って行かないと約束して下さい」
真剣な眼差しでユリウスはビアンカの紫色の瞳を見詰める。――――これは冗談では済ませられない話だとビアンカは理解した。
「――――はい、約束します。先ほどは感情的になってしまい、ご迷惑をお掛けしました。以後、気を付けます」
神妙な面持ちでビアンカは反省の念を述べる。
(先ほどは・・・、暴走した私を連れ戻してくれて本当に助かった。危うくマクシムの計画を台無しにするところだった。ありがとう、ユリウス)
ユリウスは身体を左に傾け、ビアンカの両足を床に下ろした。続けて、右腕で彼女の背中を軽く押し上げて、スムーズに立ち上がらせる。彼の細かな配慮にビアンカは感動した。
(紳士!これぞ、紳士の振る舞い!流石だ!!国軍の仲間だったら、とっくに投げている。いや、そもそもあいつらは横抱きになんかしてくれない。間違いなく、荷物と同じように肩へ担がれる。腕が千切れそうになっていても・・・)
コンコン。
誰かがドアをノックする音がした。ユリウスが入室を許可すると侍女頭のアンナが入って来る。――――毎度、期待を裏切らず、タイムリーに登場するのが少し怖い。
「閣下、ビアンカ様、お帰りなさいませ!」
「アンナ、ただいま!」
ビアンカはニッコリと微笑む。アンナも彼女に釣られて目尻を緩めた。
「アンナ、軽食の用意を」
「はい、閣下。早急に手配して参ります。失礼いたします」
(あーっ、アンナ!――――風のように去って行ってしまった。この城の者たちは本当に身のこなしが軽い)
「ユリウス、この城に残っている各国の王族にツィアベール公国のことを報告しないといけないですよね?」
「それは兄さんの仕事ですからご心配なく。彼はまだ王太子ですから」
ユリウスは『まだ』という言葉に力を込める。ビアンカは即座に指摘した。
「『まだ』という言葉を強調・・・、棘がありますね」
「ええ、今後のことを考えたら、棘くらい可愛いものです」
「そうなのですか?」
「はい」
(私の知らない何かが二人の間にはあるのだろう。ユリウスが私室でこっそり毒づくくらい見逃してやろう・・・)
自分も巻き込まれる可能性があると気付いていないビアンカは、サッサと気持ちを切り替える。
「そう言えば、王太子妃にユリウスを勧めたとマクシムが話していましたが・・・。私と結婚する前に王太子妃との間で何かあったりしましたか?」
ビアンカはライトグレーの瞳を真正面から覗き込んで、ストレートに聞いた。彼は彼女らしい質問だなと感じる。
――――きっと、ビアンカはユリウスと王太子妃に何かあったのかを純粋に知りたいだけだろう。そこで、彼はふと考える。ビアンカがユリウスのことで誰かに嫉妬するような日が、いつか訪れるのだろうかと・・・。
「正直に答えた方がいいですか?」
「はい」
「この部屋に居ました」
「ん?」
ビアンカは彼の言っている意味が分からず、首を傾げてしまう。
ユリウス曰く。――――ある日の夜、彼が仕事を終えてこの部屋に戻ると王太子妃がベッドに腰掛けていたのだという。そして、ユリウスに・・・。
「なっ、何て、破廉恥な!!!」
(人妻の癖に!!!ユリウスを手籠めにしようとするなんて!!!)
「彼女は愛人も複数いらっしゃるお方ですから、年下の私のことなど容易く・・・」
「愛人!?それは何処からの情報ですか!!!マクシムはそのことを知っているのですか!?」
興奮したビアンカは食い気味に言葉を被せてしまう。
(くっそー!完全に騙されていた!!――――あの女は麗しい淑女どころか、毒蛾そのものじゃないか!!あ~!男女のことに疎過ぎる己にもムカつく!!しっかりしろ!私!!)
「ユリウス、あの・・・」
ビアンカはこのデリケートな話(王太子妃の夜這いにあった)の詳細を彼に尋ねようとして言い淀む。
(聞いて良いのかは分からないが・・・、ユリウスが何か酷いことをされたのなら、私があの女に制裁を加えてやりたい。――――やはり、聞いてみよう)
「大丈夫だったのですか?」
「当然です。速やかに気絶させて、兄さんの元へ送り返しました。――――ああ、その時に王太子妃が王家の秘密を知っていると気付きました」
「なるほど(あの技を使ったのか)・・・。無事で良かったです!!本当に!!!」
ビアンカは胸を撫で下ろす。
(王太子妃が、ユリウスに無理やり触れていたりしたら、本気で大斧を振り下ろしていた。――――月明りに照らされた月下美人のように美しく気高いユリウスに、下品な毒蛾を触れさせることなどあってはならない!!これからは私がユリウスを守っていく!!――――ああ、本当に何事も無くて良かった・・・)
「ビアンカ、私はあなた以外に触れたくはありません。今度も他の女性が勝手に近付いてきたら容赦なく排除しますから、安心して下さい」
「私もユリウスを狙う女を見かけたら即刻、排除します!ご安心を!!」
「ありがとう、ビアンカ」
ユリウスは自分の身を案じてくれるビアンカの言葉が素直に嬉しかった。まだ、男として見てくれているのかどうかは不明だが、親しい友人くらいにはなれたかも知れない。恋人三日目の親密度としては十分だろう。
ユリウスは軍服の上からでは分からない彼女のくびれた細い腰へ両腕を回す。抱き寄せられたビアンカは素直に彼の胸へその身を委ねる。自然に任せて互いの瞳を見詰め合えば、二人の唇はゆっくりと近づいていく。
彼女のくちびるから伝わってくる仄かな温もりと柔らかな感触に触発されて、ユリウスの内側にある『愛して欲しい、好きになって欲しい』という気持ちが溢れ出す。
(安堵する。ユリウスと身を寄せ合うと・・・。これは彼の体温が原因なのだろうか?――――それとも・・・)
優しく触れるキスを重ねていると、いつの間にかビアンカの脳裏に純白の天使がふわふわと現れて『ユリウスの愛は誰にも渡さないわ』と彼女へ囁き掛けて来た。――――さも、彼は私のものだと言わんばかりに。
夜が明ける前からの任務が終わり、緊張から解き放たれた二人は、少し熱を帯びた口づけを交わした。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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