31 主の居なくなった城
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「ターキッシュ帝国のカナン伯爵、私はローマリア王国の辺境伯爵ユリウス・フルゴル・コンストラーナです。あなたを不法入国及び不法滞在の罪で逮捕します」
ユリウスは悲鳴を上げているカナン伯爵に、この場で逮捕する旨を淡々と伝える。一方、パニック真っ只中のカナン伯爵はユリウスが伝えた内容とその意味を理解する余裕がなかった。――――何故、ローマリア王国の者が自分を逮捕するのかということも。
「何なのです。急に城へ乗り込んで来て!私は両国の懸け橋となるべく、荒海を渡って来たと言うのに!!」
(あくまで親善大使という立場を貫くつもりだな。だが、無理があるぞ・・・)
「何が親善大使だ!お前たちはこの城を占領していただろ!」
ビアンカは強い口調で、相手の心臓を突き刺す。
「この城に来てから、この国の者を一人も見ていない。これはどういうことだ?お前が大公、いや、この国を操っていたのではないかと疑うのが普通だろ!」
「――――そ、そんなバカなことをするはずがないじゃないですか!!」
狼狽えた声を出すカナン伯爵。残念ながら、彼の言葉に賛同する者はいない。――――彼の味方は既にユリウスが全員牢へ送った。
「ビアンカ、続きは裁判で聞きましょう」
「はい、分かりました。長引かせてすみません」
彼女は視線をカナンに向けたまま、ユリウスに詫びる。
「では、牢へ送ります」
ユリウスは杖を一振りして、カナン伯爵を辺境伯の城にある牢へ送った。念のため、サジェに彼は重要人物であると指示を出しておく。――――この指示により、彼は最下層(重大な罪を犯した者を置く場所)で裁判を待つことになるだろう。
カナン伯爵の姿が消え、ビアンカは彼の喉元の手前で止めていた大斧を担ぎ上げる。
「ユリウス、これで完了ですか?」
「はい、私達の任務は終わりです。後は王宮の文官に任せましょう」
彼はビアンカに近づいて、彼女の手を取る。
「手を繋ぐのがクセになっているような気が・・・」
ボソッとビアンカが呟くとユリウスは彼女の甲に唇を寄せる。そして「恋人三日目ですから」といたずらっ子のような顔をした。
(くぅ~!!この場所、このタイミングでムカつくくらい余裕があるじゃないか!!はぁ、カッコいいって、何でも許されるのだな・・・)
改めて、周囲に意識を向けてみると大公の城は、しんと静まっている。風の音も小鳥のさえずりも・・・、何一つ聞こえてこない。
(これが、主の居なくなった城か・・・)
ビアンカは虚しさを感じた。と同時に、リシュナ領の活気溢れる辺境伯城の様子が脳裏に浮かんで来る。
(この城は辺境伯の城とは大違いだ。――――まぁ、言うまでもないが、主の違いだろうな・・・)
「ビアンカ、これから陛下に報告をするため王都へ向かいます。一緒に行ってくれますか?」」
(陛下に報告か。先に一人だけリシュナ領へ送ってくれというのも面倒だよな・・・)
「――――はい、行きます」
――――ビアンカは何故、この時あの人物のことを忘れていたのかと後で後悔した。
――――――――
「二人共、ご苦労だった!!」
国王は玉座から立ち上がり、ユリウスとビアンカの方へ向かってくる。直立不動で玉座の横に立っている宰相(ピサロ侯爵)は、ビアンカを凝視していた。
(――――父上(ピサロ侯爵)のことをすっかり忘れていた!!あー、もう!!そんなにまじまじと見なくても良いじゃないか!夫と手を繋いでいるだけなのに!!)
謁見室には武器が持ち込めない。それ故、ビアンカは大斧を廊下にいる衛兵に預けた。
(空いていた右手をユリウスが握って来たのだから仕方ないだろう!?無理やりほどいたりしたら絶対、言葉に出来ないくらい悲しそうな顔をするぞ。あの顔を見ると罪悪感が物凄く湧いて来るのだから!!)
ビアンカは今朝、自分は寝相がとても悪いと初めて知ってショックを受け、更に彼女をベッドから投げ落としたと聞いて、激しく落ち込んでしまったユリウスの姿を思い出し、身震いをする。
(国軍の『嘘は悪、真実は正義』という教えを捨てようかなと思うくらいの落ち込みようだった・・・。今夜はどうするつもりだろう・・・)
彼女はユリウスの横顔を窺う。願わくば、『別室に・・・』と言いたいのだが、あの姿を見たら可哀想でとても言えない。
(最悪、私がクローゼットルームで寝ればいいか。アンナに頼んで、床に敷いて使える寝具を用意して貰おう)
ビアンカが色々と考えている間、ピサロ侯爵は娘夫婦を観察していた。娘が男といる姿など想像したことも無かったのだが・・・。ところが、娘は柔らかな表情を浮かべて夫と手まで繋いでいる。ピサロ侯爵は彼に俄然、興味が湧く。――――どうやって、このじゃじゃ馬娘を手懐けたのだ?と。
「陛下。兄さんはどうします?」
二人の前に来た国王に、ユリウスは先制攻撃を仕掛けた。
「ああ、ここまで事態が進展してしまったら、流石にマクシムにも伝えなければならないだろう。それで、お前は当初の計画通りに進めて行くつもりか?」
「はい」
(――――最初の計画とは何だ!?彼らはこの展開を予測していたということか?ならば、私が狙われていることも陛下は最初から知っていたのか。それはそうだろうな。ユリウスもそういう風なことを結婚のお祝いパーティーの前にサラッと口にしていたし。私は何度狙われたとしても簡単に死んだりはしないが・・・。――――ただ、マクシムは少し気の毒だ。王太子妃の母国が悪さをしているという理由で、陛下が今回の事件の捜査から彼を外すことを決めたというのだから。あいつ(マクシム)は、そんなに公私混同するようなタイプではないと思うぞ)
「――――ということは、返事を待っているということか?」
(あっ、マズイ!考え事をしている間に話が進んでいる!!)
「はい、兄さんには一昨日、最後通告をしました。私の気が変わらないうちに決断してくれと」
「そうか。では、早急に話し合いの場を設けよう。ユリウス、マリウスも呼んでくれ」
「はい」
ユリウスは頷く。国王はそれを見届けてから、宰相(ピサロ侯爵)の方へ振り返った。
「宰相、この後、話し合いの時間を取りたい。調整可能な時刻を教えてくれ」
「お急ぎでしたら二時間後の午後一時は如何でしょう?」
「分かった」
国王はユリウスとビアンカの方へ向き直る。
「午後一時に北の会議室へ集合だ。マクシムは私が呼び出す。お前はマリウスを連れて来てくれ」
「はい、分かりました」
(ユリウス、マクシムには塩対応だが、マリウスには優しい表情を見せていたな。そう、マリウスには・・・。――――ユリウスとマクシムの間には何か大きな溝でもあるのか?――――いや、待て、そうでもない気がする。マクシムはユリウスを茶会に誘っていたじゃないか。で、ユリウスが滅茶苦茶渋って・・・。もしかして、ユリウスが一方的にマクシムを嫌っている?――――う~ん、本当にそうなのか???ユリウスは理由なく、相手のことを毛嫌いしたりしないタイプだと思うのだが・・・。はぁ~、分からないな。――――そして、マリウスとはまだ一度しか会ってないからどんな人なのか全然、掴めてない。王位継承権を持つ三人は結局、仲がいいのか悪いのか、さっぱり分からないな・・・)
ビアンカは想像を膨らませてみたが、答えは何処にもなかった。
「ビアンカ、マリウスを呼びに行きましょう」
王宮に移動する前に魔塔のローブを脱いだユリウスは今、いつもの軍服(リシュナ領軍)を身に着けている。要するにビアンカと同じ服を着ているということだ。
(何度見ても綺麗な鼻筋・・・、美しい顔をしている。同じ軍服を着ていても優雅な雰囲気を漂わせるのだから・・・。ユリウス、凄いな!)
夫に見惚れているビアンカをピサロ侯爵は眺めていた。――――これは妻に報告しなければ!と。
「宰相、ビアンカのことが気になるのなら、ここへ来たらどうだ」
国王はピサロ侯爵へ声を掛ける。ところが・・・。
「陛下、お気遣いは無用です。父は私に興味などありませんので」
クールに言い切ったビアンカを見て、国王は苦笑する。――――『親の心、子知らず』か・・・と。
「分かった。ビアンカ、ユリウス、また後で会おう」
「はい、御前を失礼いたします」
ビアンカはいつもしている通り、軍人の敬礼をした。国王はそれを受け止め、視線をユリウスへ流す。ユリウスは軽く目礼をして、ビアンカと共に謁見室を後にした。
――――――――
二人を見送った国王は玉座へ戻る。
「陛下。辺境伯があの子を上手くコントロールしていて驚きました」
国王は顔を顰める。
「コントロール・・・。いや、ユリウスは長年、恋焦がれて漸く手に入れた彼女を大切にしているだけだろう。ビアンカもお前が思っているより、愛情深くて優しい娘だったということだ。宰相、もう少し素直になった方がいいぞ。想いは口で伝えなければ、伝わらない」
「国にとって、素直な宰相など何の役にも立ちません」
「ああ、そうだ。君は宰相の鏡だよ、ハハハッ・・・・。だが、仕事と家庭を切り替えられない宰相が優秀だと言えるのだろうか?」
「くっ!!」
ピサロ侯爵は国王からやり返されてダメージを受ける。それを横目に国王は話を続けた。
「君が秘密裡にずっと娘を守っていたことは知っている。だが・・・、そろそろ子離れをしたらどうだ。彼女にはユリウスが付いている。もう心配は要らない」
「しかし!!あの子をずっと狙って来たターキッシュ帝国が、ついにツィアベール公国まで手中に・・・。一歩遅れたら取り返しのつかないことになっていたかも知れないのですよ!!予断を許さない状況に変わりありません。後で後悔するのは嫌です!」
興奮する宰相、国王は彼の肩を叩いて宥める。
「いいか、宰相よ。今や、君の娘は私の娘でもある。当然、全力で守らせてもらうよ。ただ、私はビアンカなら自分で何とかしてしまうのではないかとつい期待してしまうのだ。アハハハハッ・・・」
話の核心は口に出さずとも、二人はビアンカのことを案じている。ただ、彼女はこの懸念を何一つ知らされていない。そう遠く無い未来に起こりそうなことを・・・。
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