28 悲しみ
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
光を感じて瞼を持ち上げると、鮮やかなグリーンが目に飛び込んでくる。――――ここは庭園のようだ。足元の芝生は同じ高さに美しく切り揃えられ、低木も規則正しく配置されている。高い木はなく、少し離れた花畑の中心にはガゼボもあった。――――ふわりと甘いバラの香りが背後から漂ってきて、ビアンカは振り返る。視線の先にフードを被った子供を見つけた。その子供は芝生の上に座って、本を読んでいる。
(あの子はネロ?――――いや、ユリウスだ!――――ここは何処なのだろう・・・)
彼女は首を傾げた。
すると、見覚えのある人物がガゼボから現れ、ゆっくりと花畑の間を通り抜けてユリウスの元へ歩いて行く。
(――――マクシム!?あれはマクシムだ!あの姿は王立学園に入学したばかりの頃じゃないか?ここは過去の世界?――――それとも夢の中か?)
マクシムはユリウスへ何か話し掛けた。ユリウスは視線を本からマクシムの方へ上げ、嬉しそうに笑っている。
(あの二人の雰囲気、仲の良い兄弟にしか見えない。ユリウス、可愛いな・・・)
ビアンカは二人の姿を見て微笑む。
「――――ビアンカ、――――ビアンカ?」
(あれ?近くから、ユリウスの声がする。あのユリウス坊やではなくて、今のユリウスの声だ・・・)
「――――ビアンカ、起きて下さい」
「――――ユリウス・・・?」
ビアンカは夢の中から現実の世界へ、一気に引き戻される。バチっと目を開けたら、ユリウスの顔が目の前にあった。
「おはようございます、ビアンカ」
チュッ。――――彼は朝の挨拶と共にビアンカへ口づけをした。彼女は現状をまだ把握出来ていない。
(あ、え、ええっと、何だったかな?ん~んんんっ、すっかり眠っていた・・・)
覚醒したばかりで、ボーッとしているビアンカは、いつもの癖で伸びをした。ユリウスは彼女の無防備な行動を可愛いと感じつつ、聞きたかったことを問う。
「ビアンカ何故、私たちはここで抱き合って眠っていたのでしょうか?」
彼は狭い室内を見渡す。ビアンカはここが寝室ではないということに気付いた。
そして、ユリウスはガウンがはだけて割れた腹筋が露わになっている。しかも今、ネグリジェ姿のビアンカに覆い被さっていて・・・。
(なっ、何という状況・・・。――――はっ!?そうだ!そうだった!!)
突如、昨夜のことを思い出したビアンカ。
(昨夜、ユリウスの寝相の悪さにイラっとして、彼をここへ閉じ込めるつもりで担ぎ込んで、一応、寝かせたのだが・・・)
――――最終的にあの魔法を受けて、ビアンカもここへ倒れ込んでしまったのである。
(すべてを正しく伝えるべきか、それとも寝相の件はオブラートに包むべきか・・・)
「その顔は何かあったということですね」
ユリウスは上からビアンカを覗き込む。
「ユリウス、あなたは今までに誰かと一緒に寝たことがありますか?」
(本人に寝相が悪いと言う自覚があるかどうかを探ってから・・・)
突飛な質問をされ、ユリウスは戸惑う。
「それはどういう意味ですか。過去に女性と寝たのか?と言う質問なら、一度もありません。もしかして、ヤキモチですか」
「いえ、ヤキモチではありません。それでは男性と寝たことは?」
ビアンカに悪気はない。彼女は素直に聞きたいことを聞いただけ。しかし、この質問を受けたユリウスは・・・。
「はっ!?男性と!!絶対に無いです!!ビアンカ、どうしてそんな質問をするのですか。理由を教えて下さい」
(もしかして私、聞き方を間違った?ユリウスが狼狽えている・・・)
「――――あ、いえ、少し確認したいことがあったので・・・」
ビアンカはボソボソとバツが悪そうに呟いた。彼女の発した『男と寝たことは?』という質問が、ユリウスを戸惑わせているのだが、そこには気づいていない。
「気になります。包み隠さず、正直に話して下さい!!」
(う~ん、本人がそう言うなら・・・。よし!全部話して、寝室を別にして貰おう!)
ビアンカはユリウスの言葉を信じ、昨夜の出来事を全て話すことにした。
――――――――
チルコロ村の運河沿いにある倉庫街。午前四時はまだ真っ暗だ。
このとても治安が良いとは言えない場所に王太子妃一行は潜んでいるらしい。ビアンカはリシュナ領軍の軍服を身に纏い、大斧を担いで運河の縁に立つ。
ユリウスから聞いた作戦は至ってシンプル。こちらは彼女たちの動向を完全に把握しており、ビアンカはユリウスの転移魔法で直接、王太子妃が隠れている場所へ突入する。
(魔法使いが仲間にいるとこんなにスムーズなのか!!もっと国軍と国軍魔法師団は連携すべきだ。そうすれば、無駄な血を流さなくて済む)
「決行!」
ユリウスはその場にいるサジェとXに簡潔な指示を告げるとビアンカの手を取った。――――瞬く間に彼女の目に映っている風景は、夜明け前の運河から真っ暗な室内へと変わる。
即座にサジェが魔法で室内を明るくし、それに反応して飛び起きた王太子妃の護衛たちのハムストリングス(太ももの筋肉)を、ビアンカが撫でるように大斧で斬っていく。これは相手の命を奪わずに、戦力を削ぐ戦い方だ。
その場にいた護衛は僅か五名。制圧という言葉を使う必要もないくらいあっけない戦いだった。
奥の部屋にいた王太子妃の傍にはお付きの侍女が二人。ビアンカはサジェが魔法で彼女たちを拘束するのを見守る。その際、王太子妃リリアージュから、彼女は鋭い視線で睨みつけられた。
(王太子妃・・・、その目、その表情。拘束しに来た私を恨んでいるのか?だが、罪を犯したのは、あなたの方だろう。私は数日前まで、あなたとマクシムが幸せな国を作ってくれると信じていた。なのに、あなたは・・・)
ビアンカは王太子妃の本性を見抜けなかったという無念さより、ただひたすらに残念だという気持ちが湧いて来る。
(どうしてこんなことになってしまったのだ。マクシムとの仲睦まじい姿は全て偽りだったと言うのか・・・。――――こんな悲しい結末はないだろ・・・)
ビアンカは罪人となった彼女(王太子妃)との離縁を今後、問答無用で国王から言い渡されるマクシムのことを考えると胸が痛む。
(昨日の茶会で、マクシムは王太子妃のことに触れなかった。ユリウスに捜査の中止を命じた手前、彼女のことは自分でどうにかしようと考えていたのかも知れない。――――だが、私達は動いた。私情に流されることなく、悪いことをした者は捕まえる。これは当たり前のこと。――――ただ、正しくなくとも愛する者を守りたいというマクシムの気持ちは分からなくもない。甘い考えだと言われたら、それまでだが・・・)
「閣下、王太子妃及び侍女たちの拘束が完了しました」
サジェは淡々とした口調でユリウスに報告する。
「ご苦労。私とビアンカはこれから大公の元へ行く。お前は捕らえた者たちの連行を。また、この件の報告は私から陛下に直接する。王太子にはまだ知らせないように」
「承知いたしました。念のため、Xも連れて行きます」
そのXは倉庫の前で見張りをしているため、今ここには居ない。
「そうしてくれ。あと数分でモルテも到着する。協力して貰うといい」
「分かりました」
指示を出すユリウスの横でビアンカは大斧床に突き立てて、二人のやり取りを聞いていた。
(――――ユリウス、寝相が悪いという話をしたら、かなりショックを受けていたな・・・。打ちひしがれている姿も可愛いというか、何というか・・・つい見惚れてしまった。あの悲しそうな顔を見たら、別の部屋にしてくれなんて、とても言い出せない。――――違う!そうじゃない。今は任務中!!気を緩めるな!!邪念は捨てろ!!!)
彼女は書物で知った集中力を高める呼吸法を密かに実践する。
(その一、両鼻で息を吐き切り、首を引き締めて、ゆっくりと両鼻で息を吸う。その二、右の鼻を親指で上から押して塞ぎ、左の鼻で息を吐く。その三、再び両鼻で息を吸い・・・)
「ビアンカ、私達は大公のいるツィアベール公国の都ムラーノへ向かいましょう」
ユリウスが突然、話しかけて来た。ビアンカは右の鼻を押さえていた親指を慌てて下ろす。
「分かりました。向かうのは大公の潜伏先ですか?」
(ここで捕り物があったことは直ぐに大公へ連絡が行くだろう。今のうちに何処か遠くへ逃亡してしまう可能性も・・・)
「いえ、大公邸へ向かいます」
「大公邸!?間違いないのか?」
「はい、確認済みです」
ユリウスは断言する。
(そうか・・・、ユリウスが言うのなら間違いないだろう)
ビアンカは大きく頷く。それを了解の意と捉えたユリウスは、ビアンカの手を掴んだ。
――――思い出の地、チルコロ村を偲ぶ間もなく、二人の姿は消えた。
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