26 完全なる失恋
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「分かりました。ユリウス、詳細を教えて下さい」
「反論したりはしないのですか?」
「はい、しません」
(軍人が上司の命令に従うのは当然のこと。まだ、計画が練れていない状態だったら質問攻めにするかも知れないが、ユリウスは迷いなく『消します』と言い切った。この件は私達の結婚と同じように、かなり前から計画されていたものだろう。ここで私が茶々を入れて、全てを台無しにするわけには行かない)
ユリウスはビアンカがこの計画に反対する可能性も考えていた。しかし、彼女は彼の計画をすんなりと受け入れ、一点の曇りもない紫色の瞳で彼を真っ直ぐに見詰めている。――――信頼してくれているようで、嬉しかった。
「では、詳細を説明します」
彼はビアンカに今回の計画を話し始める。
――――――――
マクシムは回想していた。――――辺境伯の城に残った王族をもてなすために開いた温室の茶会を・・・。
昨日、ローマリア王国のリシュナ領を治めるユリウス・フルゴル・コンストラーナ辺境伯が結婚した。マクシムと彼の関係は王太子と辺境伯、もしくは従兄弟、または兄と弟のような間柄と言えばいいだろうか。
そんなユリウスの結婚式とお披露目パーティーで事件が発生。何者かの指示を受けた賊が、ビアンカを二度も襲撃し、王太子妃まで姿を消してしまった。
何も知らぬ参列者たちは、ビアンカを襲撃した者に王太子妃は誘拐されたと思っていることだろう。そして、王位継承権を持つ者に嫁いだ彼女たちのことを可哀そうだと嘆くのだ。――――本心ではどう思っていたとしても・・・。
しかし、あの場にいた各国の王族たちは、誰も王太子妃を心配していない。
サルバントーレ王国のフォンデは、『あー、またツィアベール公国か、今度は何を企んでいるんだろうね』と軽い口調で言い放ち、ポリアン公国の大公子は『おかしな魔法を使っていたようですね。かの国の大公は腕の良い魔法使いを手に入れたとアピールしたかったのでしょうか?』と首を傾げ、大公の妻は『ビアンカ様が大斧を振るっている姿を始めて見ました!!物凄くカッコ良かったです!!』と興奮していた。ネーゼ王国のコルネリア王女に至っては『王太子妃はビアンカ様に辺境伯を取られて嫉妬したのかしら』とあざ笑う始末・・・。
コルネリアの言い分を邪推すると、リリアージュはユリウスのことを気に入っていたということになる。――――流石にそれは無いと思うが・・・、いや、思いたい、思っておきたい。
ここで問題なのは他国の王族たちが皆、今回の事件はツィアベール公国が起こしたと確信しており、王太子妃が誘拐されたとは一ミリも考えていないということだ。――――もはや、他国のツィアベール公国に対する信用はゼロに等しい。
しかし、ツィアベール公国は王太子妃の母国だ。将来、マクシムとリリアージュの間に子が誕生するようなことがあれば、我が国とツィアベール公国の結び付きは今よりも強くなる。
だからこそ、今回の事件は穏便に済ませたい。マクシムは自力でリリアージュを説得することを決意し、ユリウスに捜査中止の命令を出した。――――だが、彼は首を縦には振らなかった・・・。ユリウスのことは仕方ないとしても、他国の王族たちへ少しでもツィアベール公国に良い印象持って欲しいため急遽、茶会を行うことにした。
ところが、たまたま通りかかったユリウスとビアンカを茶会に誘ったことで、マクシムの計画は音を立てて崩れていく。
まず、辺境伯夫妻が現れたことで、他国の王族は王太子妃リリアージュのことを全く話題に出さなかった。彼らは王太子妃が消えたのに、マクシムが平然とここに居ることをおかしいとさえ思っていない。マクシムはこの場で、彼女は誘拐されたのではなく、体調不良で席を外しただけであると説明するつもりだった。しかし、話題にも上らない彼女のことをわざわざ口にするのは、悪手になるかも知れないと諦めた。
――――彼らが興味を持っているのは、辺境伯夫人ビアンカだ。ビアンカはこの国の英雄である。そして昨日、ユリウスと結婚して辺境伯夫人という肩書が増えた。
王太子として、彼女にリシュナ領への転任を命じたのは一昨日のこと。――――実はリシュナ領に到着したところで、ビアンカがこの結婚を断るかも知れないと、マクシムは一縷の望みを掛けていたのだが・・・。
マクシムはビアンカが甘い表情を浮かべて、ユリウスを見詰めているのを見て、胸が抉られた。――――『ビアンカ、そんな表情が出来るのか・・・』と。
ユリウスとビアンカの劇的な出会いの話も、彼女が語るユリウスの好ましい点も、何一つマクシムに勝てるものはなかった。――――彼女はもう手の届かないところへ行ってしまったと認めなければならない。
「無様な結末だな・・・」
テラスから、厚い雲に覆われた夜空を眺めていると本音が零れる。マクシムはビアンカに初めて会った時、彼女の美しく力強い紫色の瞳に心を奪われた。以来、幼き頃に決められた他国の王女との婚約を何度も破棄して欲しいと父である国王へ訴え続けるも、願いは叶うこともなく・・・。
――――予定通り、王立学園を卒業した年にリリアージュと結婚。
ある日、ユリウスがビアンカとの結婚を望んでいると知った。あらゆる手段を使って阻止しようと試みる。しかし、優秀な従兄弟ユリウスは何をしてもマクシムより一枚上手で、罠に引っ掛かるようなミスはしなかった。
他方で、コツコツと功績を重ねていた、ビアンカは英雄と呼ばれるようになっていく。
――――姑息なことをしている自分とは大違いだった。
そして、ビアンカとの結婚を望むユリウスも努力を重ね、国境なき魔法研究機関・魔塔のトップの座を手に入れる。
「勇往邁進の二人が惹かれ合うのは当然か・・・。完全なる失恋だ・・・」
手に持つブランデーグラスを傾け、琥珀色の液体を断崖絶壁の闇へ流し落とす。
「――――リシュナの大地よ。愚痴を聞いてくれた礼だ」
長い恋は終わった。明日から始まる厳しい現実と向き合う覚悟をしよう。今回の事件の発端は、リリアージュの不信を買った自分の行いが原点となっているのは間違いないのだから・・・。マクシムは空っぽになったグラスを手に部屋へ戻っていった。
――――――――
「ユリウス、大公一家と一部の商人以外には危害を加えないということですね」
「ええ、この大陸を狙っているターキッシュ帝国の商人を取り押さえれば、大公家は資金源が絶たれますから。呑気なものです。乗っ取られそうになっているのに気が付かないとは・・・」
「愚かだから狙われたのかも知れませんね」
ビアンカとユリウスは頷き合う。
ユリウスから聞いたところによると、今回のツィアベール公国を潰す作戦は他国と連携し、何年も前から進めていたのだという。しかも、妻がツィアベール公国出身のマクシムは国王の命で、この計画から外されているらしい。
かの国(ツィアベール公国)は、海を挟んだターキッシュ帝国という強国の傀儡と化しており、この大陸を手に入れたいターキッシュ帝国はかの国に命じて定期的に各地で揉め事を勃発させていたとのこと。
(長年、疑問に感じていた謎の諍いの犯人はツィアベール公国だったのか。おかしいと思っていたんだ。友好条約を結んでいる国が小競り合いを仕掛けて来るなんて。ただ、大公が悪いからといって、公国民を無駄に傷つけたくはない。ターゲット(大公)だけを仕留めるよう、しっかり集中しなければ・・・。それにしても・・・)
「大公はこの大陸を自分のものにするつもりでいて、ターキッシュ帝国はそれが成し遂げられる頃にツィアベール公国を奪うつもりだったということか!最悪だな!反吐が出る!!」
「ビアンカ、戦士モードが表に出ています」
「あっ!!失礼しました」
ビアンカは両手で口を押える。
「いえ、どちらのビアンカも可愛いので大丈夫です」
「ふぉっ!可愛い!?そんなことを言ってくれるのはユリウスだけですよ。もう、マクシムだったら直ぐに、ここへ皺をギューッと寄せて『不敬だ!言葉には気をつけろ!』って怒鳴っていますから」
ビアンカは眉間を指差していた。ユリウスはその彼女の指先を掴んで、桜貝色の爪にくちびるを寄せる。
「――――兄さんが堅物で良かった・・・」
「ん、何?――――今、何か言いました?」
「ビアンカ、私といる時に他の男の話はしないで下さい。ヤキモチを焼いてしまいますから」
ユリウスはビアンカの鼻先へ軽く触れるキスをする。
「ユリウスが・・・、――――マクシムなんかに嫉妬?」
(真面目一徹の大男に嫉妬!?輝く美貌を持つユリウスが??)
「そうです。兄さんの話はタブーです」
「ふーん、そうなの?」
(案外、心配性なのか?私は誓って、夫一筋のつもりだが・・・)
ビアンカは彼の瞳を覗き込む。薄グレーの瞳にはビアンカしか映ってなかった。
「そうです。あなたの夫はあなたのことが大好きなので、独り占めしたくて仕方ないのです」
(おおっ、甘い!!でも、甘い言葉が似合う顔だから許す!!)
見詰め合う二人。気付けば、どちらからともなく唇が重なって・・・。静かな室内に雨音が聞こえてくる。
(雨が降って来た。明日の訓練は中止か・・・。――――私たちは朝を迎える直前に一つの国を消しに行く。普通に朝を迎えて訓練をする方が、平和だな・・・)
ビアンカが考え事をしていると気付いたユリウスは、少し企んだ顔をして、彼女の耳元へ囁き掛けた。
「今夜は一緒のベッドに寝せてくれませんか?」
「ひえ!?」
ビックリした彼女は素っ頓狂な声を上げる。
「実は昨夜、この部屋では全く眠れず・・」
ビアンカは書斎をくるりと見回してみる。頑丈そうな机と椅子が一組、壁面は作り付けの本棚、冷たそうな白い石の床には敷物もなかった。
「もう!早く言って下さい!!ユリウス、今夜は温かいベッドで一緒に寝ましょう!」
彼女はまだ気付いていない。美しい顔をしている悪魔を自ら招き入れてしまったということを・・・。
マクシムの独白いかがでしたか?
ビアンカはマクシムのことを真面目一徹と思っていますが、果たしてそうなのでしょうか?
人には色々な面がありますけども。
う~ん、リリアージュの言い分も聞いてみたいです。
次話もお楽しみに~!!
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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