24 心を通わせたい
楽しい物語になるよう心がけています。
どうぞ最後までお付き合いください!!
「今日は雲が多いですね」とユリウスが言い、「確かに」とビアンカが相槌を打つ。
約束通り、今夜は薔薇の花びらを浮かべた浴槽に二人で浸かっている。
――――昼下がりに突然、招かれた茶会も何とか無事に終えることが出来た。
(いや~、今までないくらい気を遣った~!!いきなり他国の王族と茶を飲むなんて、三日前には想像もしてなかった!!――――いやいや、当たり前じゃないか。結婚することさえ知らなかったのだから。だが、流石に結婚したという実感は湧いて来たぞ・・・。それにしても、ユリウスがあの時の少年だったなんて・・・。そんな重要なことを後出しにして来るから困ってしまう・・・)
「この様子なら明日は雨が降るでしょう。ビアンカ、残念ですが朝の訓練は中止です」
(そんなの初めて聞いた・・・。寧ろ、荒れた天気の方が訓練日和だと思うのだが)
「――――雨が降っただけで、訓練を中止するのか~」
呆れた声を出すビアンカ。そんな彼女を諭すようにユリウスは事情を話し始めた。
「ビアンカ、雨天時、訓練を中止にするのは理由があります。この城の立地を考えてみてください。リシュナ領の大半は峡谷と言われる険しい地形です。このあたりの岩場は長年、雨風に晒されて侵食されており、崩れ易いのです。そのため雨天時、リシュナ領軍は手分けをして領内の見回りをします」
「――――なるほど・・・」
(言われてみれば、確かにこの城も峡谷の上に聳えているし、下に見えている川は幅も狭く、雨が降ったら直ぐに暴れ出しそうだ。――――リシュナ領は訓練よりも領民を守ることを優先しているということ。これは素晴らしいことだと思う。――――馬鹿にした態度を取った私の方が馬鹿だった・・・。日々、訓練ばかりしていて、何が大切かということを見失っていたかも知れない)
ビアンカは反省の念を込めて、峡谷を見詰める。――――外を眺めているビアンカの隣へユリウスは近づいていく。水面が揺れて、湯に浮かべている薔薇の花びらがふんわりと良い香りを放つ。
(おっ!薔薇のいい香り・・・。んんん?ユリウス!?ま、待て!!逃げられな・・・)
「!!!!」
ユリウスは彼女の肩に手を置いて動きを封じると、不意打ちで口づけをした。
(ああああ、もう!!逃げ場がない場所でこういうことをしてくるのは反則だろ!!)
「ビアンカ、先ほどは熱烈な言葉をありがとうございます」
「―――ああ、コルネリア王女の・・・」
ビアンカはユリウスを褒めちぎったことを思い出し、天を仰いだ。新婚だからと張り切って、ユリウスの好ましいところを並べ立てたが今、改めて思い返すと恥ずかしくて仕方がない。
「出来れば、二人でいる時に言って欲しかった・・・」
「一応、場の空気を読んだ結果なので・・・」
「あの言葉は本心ですか?」
ユリウスはビアンカに顔を近づけて囁く。
(うわ~!ユリウスは絶対、自分が綺麗な顔をしていると自覚している!!彼の顔は好きだけど、こんな風に聞かれたら素直に答えたくなくなってしまう)
「ビアンカ、私はあなたの紫色の瞳が好きです。アメジストのように美しい、その瞳が・・・」
彼は指先でビアンカの頬骨を撫でた。ビアンカの心臓が跳ね上がる。
「――――私はあなたに大怪我を負わせてしまいました。今更、謝って許されることだとは思いませんが・・・」
「いや、あの時のことはもう・・・」
ビアンカは左胸の傷を手のひらでそっと押さえる。
(ネロの正体が王族だなんて、想像もしてなかった。もしかして、ユリウスはこの胸の傷の責任を取ろうと思ってくれたのか・・・)
「私の愚かな行動が原因です。本当に申し訳ありませんでした」
「あ、いや、謝らないで下さい。この怪我を負ったのは私の力不足が原因ですから。気にしなくていいです」
彼女はユリウスの目をジーッと見詰めて思いを伝えた。ここは有耶無耶にしてはいけない場面だと思ったからだ。
「それから怪我の責任を取るために私を娶ったのなら、この結婚はやはり解消した方が良いかも知れません。あなたがそこまでの責任を取る必要はないのですから」
(最高の夫を手放すのは残念だけど、ユリウスはこの先も罪悪感を持ったまま、私と暮らしていくのかと考えたら・・・、可哀想だ)
「ビアンカ、私はあなたの傷の責任を取るために結婚したわけではありません」
ユリウスはキッパリと否定する。
「それを否定したとしても、あなたが私と結婚するメリットなんて何一つありませんよね?」
これまたキッパリとビアンカは言い返した。ユリウスは大きなため息を吐く。
「――――英雄と言われているのに・・・・。あなたの自己評価の低さに驚いてしまいます。ビアンカ、気が付いていましたか?あなたに悪い男が近づかないよう四六時中、影が張り付いているということを」
「影!?マクシムに付いている王家の影のことではなく?」
「王家の影のことではありません。あなたを守っている影のはなしです」
(何それ!?全く知らないのだけど・・・)
眉間に皺を寄せるビアンカ。やはり知らなかったのかと察したユリウスは話を続ける。
「影は宰相閣下が手配した者たちです。ビアンカの兄上も、ここ数年はあなたに群がる虫の駆除で忙しそうでしたよ。そう、本業を疎かにしてしまうくらいに・・・」
「虫の駆除?」
「はい、彼はビアンカに擦り寄って来る虫を駆除していました。それもかなり、酷いやり口で・・・」
(何だ?その話は??兄上が口に言えないような方法で妹(私)を守っていただと!?それ・・・、何処か別の家門の話なのでは?――――私の両親と兄は早くに家を出た私のことなど全く気にしてなかったぞ。――――まさか・・・、私の思い違いだったのか?いや、そんなことは無いだろう)
「ユリウス、その話は確かなのですか?私にはさっぱり・・・」
「近衛騎士団のコーリン、国軍のマイケル、ライ、ジェット・・・」
「え、待って!!何故、その人たちのことをあなたが知っているのですか!」
ビアンカは慌てた。今、ユリウスが口に出した者たちは、ここ数年の間に失踪した者ばかりだったからだ。
(一時、失踪者が私の顔見知りばかりだったから、マリオは私が犯人じゃないのかと疑っていたくらいで・・・)
「かの者たちは、あなたの兄上が再起不能にした者たちの一部です。ビアンカ、あなたはあなたが自覚しているよりかなり魅力的なのです」
「そ、それはありがとう。全然、分からないですけど・・・。ユリウス、しつこいようですが、無理して私と一緒に居る必要はないですから、あなたは私には勿体ない人なので・・・」
ユリウスは言葉で彼女を説得しても、きっと納得してくれないと諦めた。だから、代わりに態度で示そうと決意する。
「ビアンカ、触れていいですか?」
「へ?」
(触れるって何処に!?薔薇の花びらで隠れているけど、真っ裸・・・。これって、マズイ状態なのでは???)
何の覚悟も出来ていないビアンカは狼狽えた。ユリウスは彼女の返事を待たずに、手を伸ばして彼女の左胸へ手のひらを当てる。
(う、嘘!?胸に手が!!!うお~っ!どうしたらいいのだ!?)
動揺して、カチカチに固まってしまったビアンカ。ユリウスはそんなことには構わず、黙ったまま手のひらで魔法陣を組み上げて、展開していく。
(はっ!?ナニコレ・・・。温かいような、気持ちいいような・・・)
ユリウスの手のひらから不思議な感触がして、ビアンカは恥ずかしいと思いつつ、彼の方へ視線を向けた。ユリウスは真剣な表情でビアンカと視線を交わす。
「ユリウス・・・」
「少しだけ、待って」
言われた通りにビアンカは黙って待つ。――――彼が不埒な気分で胸に手を置いたわけではないと分かったからだ。
だが、待つだけというのは・・・、ほんの数分でも長く感じてしまうもので・・・。
(恥ずかしいと思ったら、ダメだ。そうだ!昔、書物で読んだ古武道の形のことでも考えよう。基本一、剣を鞘から斜め上に引き出し、頭上で切り返して、一気に振り下ろす・・・)
心の中の煩悩と古武道で戦っているとユリウスの手が突然、左胸から離れた。
「終わりました。この瞬間から、私はあなたのことが好きだから一緒に居ると言うことを信じて下さい」
「――――信じる?どういうこと?」
「ビアンカ、左胸を確認して」
ユリウスに言われて、ビアンカは左胸の傷の辺りを手で触った。
「あ、嘘!!えっ、本当に???ユリウス、回復魔法は古傷に効かないのではなかったのですか!?」
「いま、私が使ったのは回復魔法ではありません。それよりも傷が無くなったということに注目して下さい。私はあなたの傷の責任を取るために結婚したのではありません」
(あ、ああ、そういう・・・。私が何度も義務で結婚したのではないかと疑ったから、傷を消して証明したということか)
「本当に私のことが好きだということ?」
「ずっとそう言っています。いい加減、信じて下さい」
「――――はい、――――信じます。――――疑って、ごめんなさい」
漸く、彼の気持ちを受け取ってくれたビアンカをユリウスは優しく抱きしめた。
★ミニ情報・物語に出てきたところのみ★
失踪者リスト(一部のみ)
近衛騎士団 コーリン ビアンカを食事に誘った
国軍 マイケル ビアンカのことを探っていた
国軍 ライ 国軍の女を使ってビアンカを酒場へ呼び出そうとした
国軍 ジェット ビアンカへ縁談を申し込もうとした(彼はバード伯爵家の令息)
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