最後には愛の言葉を
[やめるのに十分過ぎる理由だった]
時は魔女狩り時代。
魔法が使えるという理由だけで、殺されてしまう恐ろしい時代。
カラフルな建物が並ぶ街。
その中心に立つのは、大きなとある施設だった。
施設の看板には、“魔女狩り 本部”と書かれている。
魔女殺しとして働く人間と、逃げる魔女。
一歩間違えば魔女に殺されてしまう仕事。
だけど魔女殺しは絶えなかった。
なんでって、報酬がいいから。
なんでって、金貨が何枚も貰えるから。
金貨さえあれば、家族を養うことも、贅沢することも、人を動かすこともできる。
魔女殺しの仕事をして、何人が富豪になったことか。
魔女殺しなんてやりたくはない。
家族に怒られるから。
だけどやらないといけない…理由はつい最近なくなった。家族は間違いで殺されて、養う人も他にいない。
家族と言っても、僕にお金を払わせる家族だけどね。
なのに魔女を殺したといえば、怒られる。
だから、同時にやりたくない理由もなくなった。
誰もいない静寂が訪れた家の中、僕はポケットに拳銃を差し込んだ。
どんどん出される仕事をこなし続ける。
そしてもらった報酬は自分のために使う。
そして今回のターゲットは、“涙ない魔女”と異名のついた魔女だった。
家族が殺された後、彼女ができた。
綺麗な赤髪に赤茶の瞳を持つ人だ。
ニコニコと笑う顔がとても眩しかった。内に太陽を秘めているのではないかと思ってしまうほどには、眩しかった。
毎回会うたびに変わる服は僕とは違って、オシャレさんだと思う。
ほんのり香る薬品と自然の匂いは、僕がよく嗅ぎ慣れたものだった。
でもこんな幸せが続くのは中の話だけだ。
幸せなんて、存在しない。僕がこの仕事についている限りは……。
彼女は魔女だ。
それも、涙ない魔女。
殺したくないけど、殺さなければこちらが罪に問われてしまう。
喉に突きつけた拳銃は嫌というほど黒く光り、冷たかった。
今すぐにでも手を離したくなるくらい。
暫く一緒にいてわかったことがある。
魔女は悪い奴らではない。
人間と同じで、悪い奴もいい奴もいる。
だけど、今拳銃から手を離すわけにはいかなかった。
なぜなら僕は魔女殺しなのだから。
僕がこの仕事をしている限り、魔女を例外なく殺さなければいけない。
彼女の諦めたかのような視線と、口角が上がった口。
少しこぼれ落ちる涙は、初めて見た涙だった。嫌だと思ってしまう。
君の涙を見る事を。
涙ない魔女じゃなくなる君を。
まるで一人の人間のように泣く君を。
拳銃に涙が落ちる。
綺麗な赤髪がクシャリと曲がる。涙で潤んだ瞳に映るのは、僕の顔だけ。
酷く、ぐちゃぐちゃになった僕の顔だけだ。
歪んだ口角を無理あり上げる。
〈バンッ〉と鳴る拳銃。
目に映るのは、鮮明な赤。
青い空によく映える赤。
後ろに見えるパンのような雲。
最後の最後まで顔を歪めなかった彼女。
最後に言った言葉を、僕は聞かなかった。
聞いたら全てが終わってしまうような気がして。
どんどん光が消える瞳に最後に写っていたのは僕だったか、それとも絶望か。
対抗しようと思えば魔法を使えばよかっただろうに。逃げられたかもしれないのに、彼女はその選択をしなかった。
無様に倒れた彼女。
その後ろには、鮮やかな赤い花が咲いていた。
「任務遂行しました」
無線でそう告げる。
その時、彼の顔は恐ろしく冷静だった。
結局は愛なんてないんだよ。
僕は仕事のために君を利用した。
幸せなんて人が思い込んでいるだけだ。
だけど、幸せが続けばいいなんて僕は思ってしまった。
でも、少し、本当に少し、
“君に愛を教えてもらった。
君に愛を分けてもらった。”
決して声に出さないこの言葉。
君には届くことは決してない。
彼は魔女殺しである印の拳銃を投げ捨てた。
いや正しくは手から滑り落ちた。
力無い手は重力に従い下に落ちる。
〈ガチャッ〉と音を立て地面に叩きつけられる拳銃。
「もう、やめた」
彼はそう呟き、その場を去った。
膝下まであるブーツが地面を鳴らしながら歩く。
彼はもう二度と拳銃を握ることはなかった。
彼のその後を知るものは、片手で数えられる人数しか居ない。
わかることはもう二度と、彼は魔女を殺さなかったという事実だけ。
彼の左目から水が落ちたという事実だけ。
後は、魔女殺しを辞めた彼は家の近く、ひとりの魔女の墓を建てたとか……。
最後、君はなんて言った?
僕のことを憎んだか、それとも軽蔑したか?
はたまた、別れの言葉を口にしたか?
それとも愛を告げてきたか?
読んで頂きありがとうございます。
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