ワンダー博士、錬金術対決をす。
錬金術対決当日。
村の中心部にて、二人の錬金術師が対峙していた。
村の錬金術師、マヤカス。
そして、突如村に現れた稀代の錬金術師、ワンダー博士。
「逃げずに来たみたいだね」
マヤカスがくすくすと笑う。
釣られて、ワンダーも笑った。
「逃げる道理などない……。人々に驚きと感動を! それが、ボクの信条だ!」
「ククク。そうか……。逃げた方がマシだったと思うときが来ないと良いね」
マヤカスは手で視線を誘導する。
ステージの上には、暗い顔をした二人の少女が椅子に座っている。
二人の膝にはブランケットがかけられ、足を隠されていた。
「対決の内容を説明しよう」
マヤカスは二人の少女にかけられたブランケットを剥ぎ取った。
二人の足には包帯が痛々しく巻かれている。
「ここに、歩けなくなった二人の少女がいる」
「アマリ、リリス、その足……!」
シーアは青い顔をする。
「知り合いかい? シーア嬢」
ワンダーはシーアに尋ねた。
「村に住んでいる双子の女の子です。アマリとリリスって言います。数日前まで元気に走り回っていたのに、どうして足を……」
「先日、賊に襲われたらしいんだ。可哀想に……」
マヤカスは悲しげに目を伏せた。
アマリはキッとマヤカスを睨み、『嘘つき』と心の中で叫んだ。
双子の家族は昨日、突然家にやってきたマヤカスに襲われた。
アマリは足の腱を断たれた。
リリスは歩けないふりをしろ、と命令された。
二人は従うしなかった。
二人の母親が人質に取られてしまっていたから。
「ママ……」
アマリは人だかりの一番後ろに立つ、母親を見た。
不安そうにする母親の横に、マヤカスの手の者が立っている。
アマリとリリスが裏切ったら、いつでも手を下せるように。
「彼女達の足の怪我を治し、見事歩けるようにするんだ。私はリリスの足を治す。君はアマリの足を治すんだ」
マヤカスは笑う。
マヤカス自身が治すのは、怪我などしていないリリスの方だ。
対して、ワンダーが治すのは、念入りに足を潰されたアマリ。
結果は明白だ。
この対決で、ワンダーを屈服させる。
そうすれば、目障りな反錬金術主義のオーディンとシーアも、マヤカスに従わざるを得なくなるだろう。
古代アルケミアの錬金術を調べている考古学者・オーディンの指示を得られれば、この村でのマヤカスの権威は、より盤石なものになる。
──この村の全てを、俺の意のままに操れるようになる。俺の住み良い村、理想郷の完成だ……。
マヤカスは口元を歪ませた。
「この対決内容に何か不満はあるかい?」
マヤカスの問いかけに、ワンダーは大きく口を開けて笑顔を見せた。
「ない! とても良い錬金術の使い方だと思う!」
かかったな、とマヤカスはほくそ笑む。
「……だが一つ、対決に関係ないことで、提案があるんだけど」
「……何だい」
「もし治せなかった場合、相手の錬金術師が足を治してあげることにしよう。さすれば、可哀想な少女はこの場にいなくなる! みんなハッピーだ! 良い案だろう?」
ワンダーはニッコリと笑う。
「は、はあ? 二度も奇跡を起こせと?」
「一度も二度も変わらないだろう? ボクにはアマリ嬢もリリス嬢も笑顔にさせる、確固たる自信がある。キミも錬金術師ならば、そうだろう?」
そう言われて、マヤカスは頷くしかない。
マヤカスはワンダーより上だと、村人の前で示さなければならない。
「……当たり前だ」
マヤカスの答えにワンダーは嬉しそうに笑った。
「キミとは良き友になれそうだ! いやあ、対決が楽しみだね!」
マヤカスはワンダーの方の少女・アマリを睨む。
マヤカスが治すとき、「無理にでも立て」と言うことだろう。
アマリは顔を青くさせる。
彼女の足は念入りに腱を斬られた。
絶対に立てないように。
逆らえば、母親を殺すと言われて。
──どうしたら。
「大丈夫、アマリ嬢。何も心配いらないさ」
ワンダーはアマリの肩を優しく叩いた。
「この稀代の錬金術師、ワンダー博士がついているからね! 大船に乗ったつもりで居たまえ!」
ワンダーは空を見上げるほど、胸を張った。
アマリはじんわりと目が元が熱くなる。
期待しちゃ駄目だとわかっていた。
錬金術はインチキなのだ。
信じていたマヤカスが、ただの詐欺師と知ってしまった。
木造の簡易のステージの上に、椅子に座った少女が二人。
それぞれの少女の横に、各々の錬金術師が立つ。
「まずは、私から奇跡をお見せしよう」
先方はマヤカスだった。
マヤカスは水晶玉を取り出し、リリスの膝の上に置いた。
「この水晶玉には神々の奇跡の力が宿っている。私を信じる者にしか、奇跡は与えられない。さあ、リリス。願うんだ。再び、歩きたいと……」
リリスは強く願う。
ママとアマリを助けられますように、と。
マヤカスは水晶玉を持ち上げる。
「……さあ、もう立てるはずだ」
リリスは易々と立ち上がった。
「ワアアアアアア!」
村人達から歓声が上がる。
「流石、マヤカス様!」
「奇跡だ!」
アマリとリリス、そして、シーアだけは、浮かない顔をしていた。
「──素晴らしい!」
ワンダーはマヤカスに拍手を送った。
「対価も準備もない錬金術とは恐れ入った! ボクには出来ない芸当だ!」
「つまり、敗北宣言をすると?」
「ああ。ボクの負けだ」
その言葉に、マヤカスは笑いを堪えきれなかった。
──勝った……。
「では、次はボクの錬金術をお見せしよう。……バニバニ、持ってきてくれ!」
「はい」
バニバニが大きな釜を持って、ステージに上がる。
「いや、え? 今、負けたって言ったよな?」
「ああ、うん。錬金術師としては、ボクの負けだ。やっぱりボクは、まだまだ未熟者だと痛感したよ」
バニバニはワンダーの前に、大きな釜をどん、と置いた。
木造のステージが振動する。
「ボクの奇跡など、村の皆々にはチンケなものに映るかもしれないが、ボクはボクなりに、観客を沸かせようではないか!」
ばさり、とワンダーはマントを翻した。




