ワンダー博士、第一村人を発見する。
暫く、バニバニに手を引かれるまま、道を進んだ。
その最中、何度か瓦礫に足を取られて転びそうになった。
ふと、バニバニが足を止めた。
「どうした、バニバニ。何かあったのか?」
ワンダーは不思議に思い、バニバニに尋ねた。
「ワンダー博士、生体反応があります」
「えっ」
ワンダーはパッと目を開けた。
バニバニの目線の先、老人と子供が立ち止まっていた。
「お、人間だー!」
ワンダーは目を輝かせ、その二人の人間に近づいた。
二人の横にあるものを見て、ワンダーはぴたりと足を止める。
二つの車輪の上に乗っている荷車だ。
荷車には、二本の平行な棒が伸びている。
あれは轅だろう。
轅の前端に軛を渡して、馬か牛に荷車を引かせていたに違いない。
「あれは……もしや馬車!? 絶滅したはずじゃ……」
「絶滅危惧種扱いしないで下さい。地方ではまだまだ現役だと聞きますよ」
どうやら、一般的な二輪乗用馬車のようだ。
よくよく見ると、馬車の車輪が一つなくなっている。
馬車だと言うのに、車体を引っ張る馬も見当たらない。
あの馬車の持ち主は、毒地帯の中で立ち往生してしまっているようだ。
馬車の横で、布マスクをつけた老人と少女が、なくなった車輪を探している様子だった。
「……ははーん? わかったぞ」
「彼らは馬車が動かなくて困っているようですね」
「ボクが言おうとしたのに……」
ワンダーは唇を尖らせる。
「まあ、良い。馬車を動かせば、あの二人は『あっ』と驚くに違いない!」
「恩を売って、相乗りさせて貰って、毒地帯を抜け出すという思考を先にして下さい」
「そんなものは二の次だ! バニバニ! 周囲を探索して何か錬金術の対価になりそうなものを見つけるのだ!」
「はい。ワンダー博士」
バニバニはやれやれ、と首を振りながらも了承した。
□
「馬も逃げ、車輪も壊れ……ワシの悪運もここまで、か。すまんのう、孫よ……。こんなところまで付き合わせてしもうて……」
老人は掠れた声で言う。
少女は老人を睨みつける。
「お爺ちゃん、諦めちゃ駄目! 今ならまだ間に合うかもしれないでしょ! 歩いて村に戻りましょう!」
「おぬしだけで行くんじゃ。ワシはもう歳じゃ。足手纏いになってしまうじゃろう」
「嫌よ! 絶対嫌! お爺ちゃんを見捨てて、行ける訳ないじゃない!」
「頼む。おぬしまで失ったら、ワシは……」
「──ハーッハッハッハッ!」
突如、場違いな高笑いが、辺りに響き渡った。
「誰!?」
少女が周囲をキョロキョロと見回して叫ぶ。
「誰かと聞かれたら答えてあげるのが我が信条……」
「常識では?」
バニバニが口を挟む。
「しっ! こほん……我が名は稀代の錬金術師、ワンダー博士!」
突然現れた奇妙奇天烈な格好の少年と女性に、少女と老人は狼狽えた様子を見せる。
「錬金術師……? インチキの?」
少女は訝しげにワンダーを見る。
「錬金術はインチキではない! 見ておれ! バニバニ! ミュージックスタート!」
「御意」
『ちゃららららら〜ん』
バニバニのボディからマジックお決まりの音楽が流れ出す。
「な、何? この変な音……」
ワンダーは語り出す。
「ここに、壊れた一台の馬車が立ち往生しています。これを動かすには、新しい車輪。そして、馬車を引く馬が必要です」
「そりゃそうよ」
「しかし、ここは森の中……車輪も馬も用意出来そうにない! なんてことだ!」
「ちょっと! 馬鹿にしてるの!?」
「しかし、心配はいらない……」
バッとワンダーはマントを翻す。
「ここに、稀代の錬金術師ワンダー博士がいるのだから! ……バニバニ!」
「はい」
ワンダーに呼ばれたバニバニは、大きな荷物を持って来る。
それを見た少女と老人は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「そ、それって……」
「そこらへんに落ちていた不発弾さ!」
「危ないじゃないの!」
「心配ご無用! 爆発はしないようにしている!」
「そういう話をしてるんじゃないの!」
少女は甲高い声で叫ぶ。
ワンダーとバニバニは馬車に向かっていく。
ワンダーは馬車に左手を、不発弾に右手を添える。
「さあ! レディエンジェントルマン! 奇跡のカウントダウン! アン、ドゥ……トロワ!」
ワンダーはとびっきりの笑顔で言った。
「レッツ、錬金術発動!」
ぶわり、と不発弾が光に変わり、馬車を包み込んだ。
みるみる内に、馬車のシルエットが変わっていき、馬車を包んでいた光が霧散する。
馬車はピカピカの鉄の塊に変わっていた。
【魔動車】と呼ばれている、魔力で浮遊する車だ。
「……へ?」
少女と老人はぽかん、と大口を開けて、【魔動車】を見つめている。
ワンダーはその顔を見て、満足そうに笑った。
「それでは皆さんご唱和下さい……。ワーオ! ワンダホー!」
ワンダーとバニバニは口に手を当てて、驚くポーズを取る。
少しの間、静寂が辺りを包む。
「ちょ、ちょっと何これ!? 馬車をどこにやったの!?」
声を上げたのは少女だった。
「お、おや、【魔動車】を知らない? かなり普及していたずなんだが……。まあ、心配はいらない! これも立派な車だぞう」
「車輪がないじゃないの!」
ビシリ、と少女が車体の下を指差した。
「これの何処が車だって言うのよ!」
「乗ってみたまえ! ほらほら!」
ワンダーは少女の背中を押し、車に乗るように促す。
「ちょっと! 押さないでよ! インチキ野郎! 馬車を返してよ!」
「良いから良いから!」
ワンダーは少女を車の中に押し込んだ。
「バニバニはそこのジェントルのエスコートを頼む!」
「御意。ジェントル、どうぞこちらです」
バニバニは老人を後部座席に案内した。
老人は困惑しながらもバニバニに従った。
運転席にワンダー、助手席に少女、後部座席にはバニバニと老人が座る。
「よし。皆シートベルトは締めたかな?」
「何よ、〝しーとべると〟? って」
「これだよ! ……うん。ちゃんと締まってるね! 空路交通法に違反すると、ボクのゴールド免許がブルーになるからね!」
ワンダーは後部座席の方を見る。
「後ろはどう?」
「後部座席はオーケーです」
バニバニと老人がシートベルトをしている確認すると、ワンダーは頷いて、前方を見た。
「よおし。じゃあ、行くぞう。レッツ……発進!」
ふわりと車体が浮いた。
少女は地面がどんどん離れて行くのを見て、目を丸くした。
「はえ……! う、嘘。私達、浮いてる〜!?」
「わっはっはっは! 良い反応だなあ!」
ワンダーは気分が良くなり、車を宙返りさせた。
「本物じゃ……。本物の錬金術師様じゃあぁぁぁ……!」
老人は感極まって涙を流した。
「【空飛ぶ車】……千年前に滅んだ錬金国家アルケミアに存在したと言われておる……幻の錬金物……!」
「嘘……。じゃあ、彼は本当の……錬金術師……!?」
少女は目を見開いて、ワンダーの横顔を見た。
「ちょ、ちょっと待て、ジェントル……」
ワンダーは慌てて話し出す。
「アルケミアが……〝千年前〟に滅んだ、だって!?」




