お元気で、ワンダー博士。
「いやあ、大盛況、大盛況! やはり、錬金術ショーは楽しいなあ!」
ワンダーは笑顔で帰路に着く。
ワンダーの後ろを、シーアが浮かない表情で歩いていた。
「……ねえ、ワンダー博士。マヤカス達のこと、本当に消しちゃったの?」
シーアはワンダーに尋ねる。
「……へ?」
ワンダーは口をポカン、と開けて、呆けた顔をした。
ワンダーは慌てて弁明する。
「本当に消す訳ないじゃないか! 殺人になってしまうだろう!? ああ、恐ろしい!」
今度はシーアがぽかん、とする番だった。
「じゃあ、マヤカス達は一体……」
「ボクは、彼らを瞬間移動させただけだよ」
「瞬間移動?」
「錬金術の応用でね。『アポート』というんだ。同等の価値の物体を入れ替える術なんだが……」
「ああ、確か、錬金術には同等の対価が必要だって言ってましたね」
「よく覚えていたね! 大量の川の水と二人の位置を入れ替えたんだ。今頃、マヤカス殿達は遠くの町に逃げ仰せているだろうさ」
「そう……」
シーアは少し逡巡したあと、思い切って聞いた。
「どうして、マヤカス達を助けたの」
「……あのままだと、マヤカスは村人達にボコボコにされそうだったから」
ワンダーは口を尖らせた。
「ボクはね、暴力は好かない。殴られた方は勿論、殴った方も痛いからね!〝悪者は綺麗さっぱり消えた〟ってする方が平和だろう?」
ワンダーの答えに、シーアは笑った。
「ふふっ。安心した。ワンダー博士はそういう人よね。驚くくらい平和主義……」
「当然! 平和が一番だからな!」
ワンダーは胸を張る。
「……私ね、いつか、ワンダー博士みたいな、笑顔を作る錬金術師になりたい」
「ああ、きっとなれるよ!」
「ワンダー博士は私が錬金術師を目指すの、乗り気じゃないんでしょう? 前に話したとき、そんな雰囲気が出てましたよ」
「それは、シーア嬢の願いがボクの好みじゃなかったから」
「好みって……」
シーアの願いは二つ。
『パパとママを救いたい』
『マヤカス殿を追い出して、村のみんなを救いたい』
「どちらも立派な願いだ。しかし……錬金術師は強欲でなくてはいけない。人のためでなく、自分の理想のために、全てを犠牲にする覚悟を決めた者だけが、奇跡を起こせる」
ワンダーの理想は、人々に驚きと感動を与えること。
千年前、周囲の人間にそう明かしたら、笑われたものだ。
「『笑顔を作る錬金術師になりたい』……嘘ではないね?」
「はい。勿論です!」
シーアは大きく頷いた。
「よろしい! では、ボクがキミに錬金術の基礎を教えよう」
シーアはぱあ、と目を輝かせた。
「よろしくお願いします! ワンダー博士!」
□
それから、一年の月日が流れた。
ワンダーは村の外に向かっていた。
「ワンダー博士!」
シーアは息を切らせながら、ワンダーを呼び止めた。
ワンダーとバニバニは振り返る。
「シーア嬢……」
「旅に出るって本当ですか!?」
ワンダーはバツが悪そうな顔をした。
「オーディン殿から聞いたのかい?」
「ってことは、本気なんですね。どうして……」
「神様のように扱われるのは、少し居心地が悪くてね」
ワンダーは肩をすくめた。
マヤカスを追い出してからというもの、ワンダーは村で崇め奉られた。
極悪人を消した英雄として。
しかし、そう思っているのは一部の人間だけ。
大半は、『逆らったらマヤカス達と同じように消される』と恐怖している。
それが、ワンダーは嫌だった。
「それに、新しい錬金術の構想が浮かんだんだ」
「新しい錬金術ですか?」
「アルケミアに蔓延した毒を浄化する錬金術だ!」
ワンダーはふふん、と得意げに笑った。
「え……!」
「あの範囲の毒……それも未知の成分の毒を消すには、知識も対価も、何もかも足りない! だから、旅に出る!」
「け、消せるんですか? 千年もの間、消えなかった毒を?」
「何度も言っているだろう?」
ワンダーは笑う。
「奇跡を起こしてこその錬金術師だと!」
シーアは寂しそうな顔をする。
「私、もっとワンダー博士の下で錬金術を学びたかったです……」
「大丈夫。シーア嬢はボクがいなくとも、立派な錬金術師になれる!」
ワンダーは村を見回した。
村は活気に溢れている。
ワンダーに錬金術を教えて貰ったシーア。
彼女は他の人たちにも錬金術の知識を共有した。
その結果、この村での錬金術は以前よりも身近なものとなっていた。
「ここはいずれ錬金術師の村になるだろう。アルケミアのような、錬金国家にもなるやもしれないな〜」
「流石にそこまではいけないんじゃ……」
「錬金術師たるもの、理想は高くないとな!」
ワンダーは踵を返した。
「さて、ボクはもう行くよ!」
「あ、待って! ワンダー博士、これ、持っていって下さい」
シーアはワンダーに小さな袋を手渡した。
「これは……?」
「お守りです。私が錬金したものです」
「なんと、キミが! 大事にするよ! どんなお守りなんだい?」
「『ワンダー博士の旅が素敵なものになますように』って。ワンダー博士、また会いましょうね! 約束ですよ?」
「……ああ! また会おう!」
ワンダーはぎゅっと目を瞑って、笑った。
「外は、錬金術師への風当たりが強いんです。またインチキと言われるかも」
「なぁに、問題ない。錬金術はインチキじゃないと、その都度証明していけば良いのだ! なんたって、ボクは稀代の錬金術師だからね!」
ワンダーは歩き出した。
バニバニはワンダーの後ろをついていく。
シーアは笑顔で、ワンダー達を見送った。
「……お元気で、ワンダー博士」
□
「ワンダー博士」
「バニバニ、シーア嬢は見えなくなったかい?」
「はい」
バニバニは頷く。
「もう泣いても、誰も見ていません」
ワンダーは前を見ながら、大粒の涙を流していた。
「本当にワンダー博士は泣き虫ですね」
「別れは……いくつになっても寂しいものだ……」
ワンダーは涙を手で拭い、前を見た。
「さあ、行こう──人々に驚きと感動を届けるために!」




