ウォーゼンの日記
ウォーゼンの休日
その日彼は、城下町の図書館にいた。悪友のカイルとジェイドに鷹狩りを勧められたが、従騎士(騎士見習い)達のために訓練場に置いてある書物を一新したくて断った。
(おかげで素晴らしい時間が過ごせる。)
ウォーゼンは羊皮紙の香りに包まれてため息をつく。今日一日、誰にも邪魔されずにたくさんの書物に触れることができる。至福の時を堪能しようと、手始めに愛する「騎士の心得」を確認しようと歩き出す。書物の場所はすべて理解している。
「騎士の心得は年度ごとに刷新され、多少の決まりや挿絵の違いが現れる。その一つ一つを読み解き、背景を探るのもまた一つの楽しみ方だ。」☜独り言
並んでいる書物の中から最新のものを手に取り、近くの席を探して机上に本を置いた。椅子に腰掛けようとした時、近くで騒がしい声がした。本をもう一度手に取り喧騒の場を確認すると、そこにはいく人かの修道女が何者かを囲んでいる。輪の中心には少年がいた。布で巻いた髪が解け、ブロンドがチラチラとひかる。
「ウォーゼン様。」
こちらが呼ぶ前に、彼が気づき彼女たちの間をすり抜けて駆けつける。追いかけきた修道女たちが足を止める。
「ウォーゼン エゥラール様」
言わずと知れた名を漏らし、彼女たちは頬を赤らめ服装を整えた。ウォーゼンは少し低い彼の肩に手を置くと顔を覗き込み、どうしたんだいと尋ねた。
「いえ、あの。教えてくださると彼女たちが。文字を。」
シノァがしどろもどろに説明し、修道女たちが必死に首を縦に振る。
「でも、僕。あの。マニノが来るまで自分で。」
話をまとめるとこういうことだった。
シノァは毎日訓練の後、マニノという名の少女に図書館で文字を教わっていたらしい。今日は午前中彼女が忙しく、同僚の方々が代わりに教えようとついて来てくださったけど。
「僕は自分で勉強したくて。ごめんなさい。」
子犬のように謝る姿にキュンときて、修道女たちが構わず手取り足取り彼を取り囲んだようだ。
「そうだったんだね。ふぅむ。」
ウォーゼンはわざとらしく考え込むフリをしてちらりと彼女たちを見た。そうして騎士の心得をシノァに預けると、笑顔で皆に近づく。
「申し訳ないシスター方。皆様の献身的な心遣い感謝いたします。しかし彼は今日私との約束を忘れていたようです。彼の学ぶべき本を選んでいたというのに。」
ウォーゼンがシノァにウィンクを送る。
シノァはハッとして本を抱きしめると足早に彼女たちに近づいた。
「ごめんなさい。皆さん。」
シノァが皆のそばで小さく謝る。彼女たちは顔を見合わせてため息をつき(それは熱いため息だったかもしれない。)その場を後にした。
「大丈夫かい。」
ウォーゼンはシノァの顔を覗き込む。乱れた髪をさらに乱して、シノァがぺこりと頭を下げた。
「僕断り方がよくわからなくて。手とか肩とかいろいろ触られて困っていて。本当にありがとうございました。」
たしかに彼の服装は乱れ、布で巻かれていたはずの髪はぐしゃぐしゃになっている。
「そうだな。まずは服装を整えないと。」
ウォーゼンは彼を椅子に座らせると、髪に巻かれた布を取る。柔らかい金の髪がふわりと揺れる。彼女たちはこれに触れたかったのではないだろうか。魅了されるほど美しい。
「あの。ウォーゼン様。」
シノァが困ったように問いかける。巻いたはずの髪は何度も解け、正確に言えば全くうまく布で巻けていない。
「すまない。こういうのは得意じゃなくて。」
また周りから修道女たちが駆けつけそうな髪型を揺らしながらシノァが立ち上がる。顔を赤くして困った表情を浮かべる騎士様を前にシノァがクスリと笑った。
「ウォーゼン様にも苦手なことがあるんですね。」
いいんです。ありがとうございますとお礼を言うと、髪はそのままにシノァは騎士の心得を机上で開いた。
「さぁて。嬉しいです、教えて頂けるなんて。ウォーゼン様⤴︎僕この本読んでみたかったんだあ。」
笑顔が綻んでウォーゼンは彼の横に席を運んだ。それから二人はオーギュストの持たせたサンドイッチをお昼にして夕刻まで楽しい時を過ごした。
「で、俺たちとの約束より彼を優先したというのかい。親友よ。」
ウォーゼンの肩に寄りかかり、ジェイドが眉間に皺を寄せる。
「しかもその親友が狩で取れた獲物を分け与えようとしているのに。」
「料理が面倒なだけだろ。」
カイルが櫛を口に挟み、シノァの髪を丁寧にまとめる。
「はい、できた。誰がやったのこの髪。ぐちゃぐちゃだよ。」
ウォーゼンがこほんと咳払いをして、ジェイドが無邪気に笑う。
「かの君が美しい弟子の為に尽力を尽くしたというわけだ。さぁて、じゃあ次は親友のために力を貸してくれはしないか。」
「ウォル、料理できるのかな。」
カイルが面白そうに呟く。ウォーゼンは困ったように腕を組むと、使用人か酒場の女亭主かと計画を立て始める。
「あのっ。僕の家で料理するのはどうでしょうか。」
シノァが椅子の背に両肘を置いてくつろぐカイルを見上げて質問する。
「僕は狩を教わっているので捌き方は分かります。料理はオーギュストが。あ、オーギュストは僕の養父で、」
「オーギュスト公か。それはいい。」
ウォーゼンが嬉々としてシノァの手を取った。
「ぜひお願いしたいんだけど。」
「はい。喜んで。」
ジェイドとカイルはよくわからないまま、山奥の小屋に案内された。料理好きな老人オーギュストは四人を喜んで迎え、腕を振るった。
皆そこで幸せな時を過ごした。というより宴会はえんもたけなわ。翌日二日酔いに悩まされたことはいうまでもない。ジェイドと老人を除いて。