異世界人を保護するお仕事
異世界人が転移してきたら保護するお仕事です
ここは地球という世界から見て異世界にあたる。
『剣と魔法のファンタジー』というと地球人はものすごく納得してくれることが多い。
私は今、女神フローラを主とする神殿で働いている。
フローラ様は元々花の妖精だったので神殿周りはいつでも小さな白い花が咲きほこっている。
神の御業なのか、はたまた何者かの陰謀なのかは知らないが、とにかくこの神殿へ転移して来る来訪者は多い。
異世界から渡ってくる者は言葉がわからないようなので私が教えていく。
簡易言語と呼ばれる言語なので習得が割と簡単。
たまにスキル「言語理解」を持って、こちらの言葉がわかる人もいる。
どちらにしてもこちらの通貨や常識などを教え、改めて転移者様の希望を聞く。
こちらの常識を知らないと犯罪者になることもあるからね。
毎日、外にある転移魔法陣を確認する。
来訪者は来るだけで、向こうには行けないのかもしれない。
そもそも起動の仕方が誰もわからないのだ。
両手で抱えようとしても手が届かないほど太い柱。
天空に向かって伸びている。
ここは大昔からある転移陣で、4本の白い柱に囲まれた中央台座に大きな魔法陣が描かれている。
柱には謎の文字がたくさん書かれている。神官も読めない文字だ。
誰もいないな。
確認して神殿に戻ろうとすると風に乗って騒ぎが聞こえてきた。
「ちょっと!なにすんのよ!ここどこよ!」
「こらおとなしくしろ。外国人なのか?何言ってるのかわからん」
どうやら何者かが神殿脇にあるメルクル街門、衛兵が詰めているとこで文句を言っているようだ。
私は急いで駆けつける。
たまにいる元気な転移者様は人のいる街にすぐ入ろうとなさる。
私は衛兵さんにいつもの言葉を使う。
「すみません、この方は家族が魔物に・・・」
そういうだけで、衛兵の人はとたんに優しい目になる。
「正気に戻ればきっと・・・あ、はい。すぐに保護しますね」
いかにも転移者な見慣れない服を着ている女子に話しかける。
彼女の使っていた言葉で話しかける。
「大丈夫ですか?」
「ああっ!話せる人がいた!よかった!今すぐ帰りたいの」
「まあまあ、落ち着いてください。
とりあえず状況がわからないと何とも言えません。
よければすぐそこの神殿でお茶でもいかがですか?」
黒目黒髪なら異世界にある地球の日本か中国あたりだろう。
え?なぜ知ってるのかって?
そりゃ通訳の勉強しまくりましたからね。
ここよりも文明が発達してるとこから来るのが常なので、簡単な言葉なら話せるんですよ。
あちらの世界を聞き取りして、こちらの世界を紹介する。
彼女はよくある『トラック転移』と呼ばれるものだ。
異世界のトラックって転移門なのだろうか。
『剣と魔法のファンタジー』なんですよと紹介すれば、なぜか皆さん瞳がキラキラする。
「そっか・・・私死んじゃったんだ。
あれ?でも神にも会ってないし・・・あ!スキルってわかります?」
「あ、転移してすぐは魔力がないからやめたほうがいいですよ」
「そうなの?」
「ここでしばらくこちらの言葉や文化をお教えしますね。
終了する頃には魔力もたまるでしょうから好きに動けるようになると思います」
「そっか、言葉がわからなきゃどうしようもないもんね。
そんじゃよろしく!あ、あたしのことは『あかね』ってよんでね!」
元気のいいお嬢さんだ。
帰す方法がわからないと言うと泣き出す人もいるから、こちらとしても助かる。
異世界人はきれい好きが多い。
毎日お風呂に入るのは当然で、洗濯も毎日する。
神殿も異世界人に合わせてシャワーや湯舟を用意してある。
異世界人がいる間は常にトイレも水で流すようにしている。
ただし食事はかなり簡素なものしか提供できない。
服も簡単なものだが、神殿にいるものはみなこれを着てるのでしょうがない。
そのかわり旅立つときはもう少し丈夫な服を用意する。
転移者がこの世界に時々来るようになって国が豊かになった。
王家で囲ってもいいが、元来自由人であるので強制はしない。
むしろあちこち歩き回って問題点を教えてくれた方が助かる。
私は神殿同士で連絡する手段に使える魔法紙をとりだして異世界人の来訪を記入する。
「地球 日本 名あかね 19歳」と書き添える。
もし同じ国から来ている人がいれば話し相手になってくれることもあるので情報は大事だ。
◇
2週間で平民の使う簡易語はある程度マスターしたようだ。
頭のいい人間を選んで転移させているのだろうか?
街でお買い物をするテストもしたが問題なさそうだ。
「ねえ、そろそろ王城に連れてってくれない?
王子様が待ってるかもしれないし?」
「残念ながら王子はいないよ。今は王女様だ」
「えーー!なら学校ってやつあるよね?」
「あかねさんは学校に行きたいのか」
「もちろんよ!そこで貴族と知り合って恋愛するの」
あー、たまにこういう人いるんだよね。
「そっちの世界で言うゲームのようにはならないけど、試験なら受けられるよ」
「ほんと?やったー!」
「今までのは平民の言葉を習ったから、学校へ行くとなると貴族も使う文章や言葉、
それと歴史や数学、魔法文字も試験範囲だよ」
「は?ちょっとまってよ!じゃああたしは数週間も無駄にしちゃったじゃない」
「いやいや、簡易文字を知らないのに先生とどうやって意思疎通するのさ」
「あんたが教えてくれたらいいじゃない」
「残念ながら私をはじめとして、ここにいるものは試験に受かるほどの能力はないんだ」
「ちょっと!あたし騙されてたの?」
あかねさんは暴れ出す。
異世界人怖すぎだろ。
アザだらけになって、必死に「先生を紹介する」といったら、なんとか落ち着いた。
試験で使う言語、書き取り、最低限のマナー、魔法文字、歴史や数学などの基礎、あと防御方法。
「ダンスはないの?」
「へ?ダンス?」
「やあね!貴族と仲良くなるにはダンス必要でしょ?」
「は?はぁ・・・まあそうなのかな?」
やる気があるのは嬉しいので、神官たち一丸となって数十人の先生を用意する。
どこで役に立つかわからないので、なんでも身に着けておいた方がいいですからね。
◇
数日後、覚えきれないからと暴れ出したので、授業を減らす提案をする。
許容範囲だ。
さらに減らしてくれと言われて、言語とダンスだけになった。
やはり一度には難しいよね。
私たちは来訪者が希望する知識を与える。
ただ、一応これだけ言っておかないとね。
「あかねさん、どうしても聞いてもらいたいんだけど」
「なあに?あたし忙しいんだけど」
「貴族の入る学園は年齢制限があるんだ」
「は?」
「今あなたは19歳だよね?」
「受験できる年齢は20歳未満って決まってるんだ。平民の入る学校のほうは年齢制限ないけどね」
「な、なんですって!」
「というわけで貴族の学園は3か月後の一回しか受験できない」
「ふざけないでよ!どうにかしなさい」
「一神官には無理です」
あかねさんは暴れ出す。
そこいらの物を手あたり次第つかんで投げる。
最近は慣れてきたので、なるべく物の少ない部屋を選んで話すようにしている。
それから猛勉強すると誓っていたが、数日であきらめたようだ。
◇
やがて魂が抜けたように数日過ごし、その後冒険者になると言って来た。
復活の早さはさすがですね。
転移者お決まりのコースだ。
魔法や身の守り方などを教えてみる。
魔法に興味があったのか生活魔法はすぐ覚える。
さすが転移者だよね。
こういう能力が高い人が多いんだよね。
スキル検査をしてみたら、魔力が多い。
これはなかなかいい人材だよね。
じゃあ冒険者ギルドに紹介してみようか。
ギルド長にこっそりあかねさんの情報と保護をお願いしておく。
泊まる宿屋も精査して紹介したり、お仲間も安全そうなチームを近づけてみる。
せっかくの異世界転移者が死んでは困るからね。
貴族にこだわる人じゃなくてよかった。
こんな凶暴な人はとてもじゃないが紹介できない。
どうしてもと、しつこく貴族に近寄って不幸になる転移者もたくさんいたからね。
私たちも慎重に見極めないといけないんだよ。
礼儀正しくて頑張り屋な人ならもちろん男爵様あたりに紹介状を書く。
転移者の養子がほしい貴族も一定数いるのだ。
もしあなたも異世界に来ることがあったら気軽に神殿に訪ねて来てほしいな。
神のイタズラであっても全力でお手伝いさせていただきますよ。
短編を書いてみたくなってつい。