目撃者
明けましておめでとうございます。
ご一読よろしくお願いします。
目撃者
序
雪が降れば、雪だるまを作るものだが、実は明治の辺りまで、本当の達磨を雪にて作っていたのだ。
丸い雪玉を二段ではなく、巨大な達磨を作り、筆にて達磨のぎょろりとした目を始め、眉や髭やさらさらと描いていく。
これで文字通りの「雪だるま」の完成だ。
一
時は江戸後期、文政の中頃。場所は浅草御蔵前。ある冬に起きた話。
前日の大雪から、蔵前周辺のとある寺院の広場で、大きな雪だるまが作られた。
巨大なだるま作りは、子供だけで行う遊びではなく、大人の冬の遊びでもある。
見事なだるまの顔が最後に描かれると、人によっては拝んだりする。
このだるまが作られてから、大雪はなかったが、ずっと寒く、時折小雪も降っていたので、だるまは中々に溶けず、この寺院に来る人々を楽しませていた。
ある朝。この寺院の広場に人だかりが出来ている。
ここで身元不明の男の死体が発見されたのだ。
匕首にて滅多刺しにされ、殺人事件である事は明白であった。
冬だが、死体や流れている血は未だ生暖かく、恐らく前日の夜更けに殺されたものと思われる。
下手人を探そうにも、手掛かりとなりそうなものは無い。
深夜にこの様な場所で殺されたのだから、通りすがりの衝動的な殺人ではなく、互いに顔見知りが期日を示し合わせて、この寺院で会い、一方は元より殺意を持っていたので、殺害に及んだ、と考えられる。
「この仏の身元を明らかにして、交友関係を洗い出すんだ」
同心が岡っ引き共に命じた。
二
数日。相変わらず、この年の江戸の冬は寒い。雪だるまを初めとする、雪遊びの製作物は、溶ける気配が無い。
漸く、殺された男の身元が分かり、名は六兵衛と云う、やくざ者だった。
然し、この様な人物だった為、六兵衛に恨みを持つ人物は多く、下手人を絞り込むのは、大層難儀した。
「兎に角、怪しい者は片っ端から当たれ」
同心は岡っ引き共に、六兵衛と問題を抱えていた者共を捜査させた。
さて、例の事件の現場の雪だるまは、未だ溶ける崩れる様子も無く、墨汁で描かれた見事な顔や髭は、益々立派なままだった。
こうして事件が起こってから、ひと月近くが経とうとしていた。
捜査は中々進展しない。
流石に寒さは弱まり、段々に日中では日の光が煌々として暖かい。
雪だるまも徐々に形が崩れ、溶け始めた。
とは云え、未だ寒い日も時折訪れる。
ある日。空は厚い灰色雲に覆われ、降雪こそ無かったが、その日の夜の冷え込みは、格段に厳しく、冬の季節の最後の抵抗を思わせる気候に江戸は覆われた。
三
「あっ! 何だこれは!?」
例の寺院の広場で、通り掛かったある人物が、異様な物を発見した。
それは溶け崩れた雪だるまなのだが、前日の冷え込みで、氷の様に固まっていた。
問題は描かれた顔の画である。溶けて崩れて、達磨の顔の原型を留めていない。
どう見ても文字にしか見えなかった。
それはこう読めた。
「ゲシュニン ヤス タンス イチバンシタ ブツ アリ」
騒ぎを聞き付けた同心がやって来て確認する。
彼はこれを目撃者がこっそりと書いたものだと思ったのだろうか。
前日の骨身にまで堪える寒さの中で?
ひと月経っても解決の糸口が無かったから、敢えてこの悪戯のようなものにすがったのか。
「確か、弥次郎なるやくざ者がいたな! そいつの処へ行くんだ!」
岡っ引き共は、下手人候補の一人としてあがっていた、弥次郎の住む長屋へ駆け込み、彼の部屋にある箪笥を検めた。
一番下の引き出しから匕首が見つかる。
「これは何だ!?」
「……これは、クソッたれ!」
ヤスこと弥次郎はしょっ引かれ、役人の尋問を受け、六兵衛を殺したのは自分だと白状した。
こうして事件は解決した。
四
さて、六兵衛も弥次郎も、元はゆすり専門の同業者だった。
ある時、六兵衛は給金の良さに目がくらみ、ゆすりに対する対談方。つまり、ゆすられる側の用心棒に転じたらしい。
裏切られ、商売敵となった恨みから、弥次郎は犯行に及んだのだ。
人々は解決の発端となった、溶けて固まった雪だるまを噂せざるを得ない。
「これからも冬には達磨様を作ろう。きっと達磨様は悪さをする人々を見張って下さるはずだ」
「馬鹿だなぁ。きっと目撃者が報復を恐れて、頃合いを見て例の夜に書き込んだんだよ」
「でも、殺害に使用した凶器の隠し場所まで分かるかぁ?」
あれやこれやの意見が出るも、暖かくなるに連れて、人々はあの雪だるまのことを忘れていった。
末
冬の終わりを感じる、春近く。あの寺院の雪だるまは、流石に消えて無くなったが、作られた石畳の跡には、墨が少し残っていた。
これを見たある人は言う。こう読めたと。
「マタ ツクレ」
目撃者 了
今年(2024年)最初の作品となります。
ホラー要素、薄いかな…。
なんちゃって怪談風ミステリーって感じですね。
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