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かけ算九九

『しちしちとしちしとししちが混ざっちゃうお前に教えよう直木は三十五』


 昔作った短歌だが、これは過去のわたしに対しての短歌だ。どうしても七の段と四の段が混ざってしまうわたしは、かけ算暗唱テストを結構時間かけてクリアした覚えがある。


 上記の短歌については、50首会をやったときにアフター歌会に出したものなのだが……。そもそも50首会というのは、簡単に言えば50首作るまで帰れないやつである。コロナ禍ということもあって歌会はオンラインが主流になって、わたしはオンラインの歌会に結構出ていた。そのとき仲のよかった方が主催していた50首会に出ることにしたのだ。そして紆余曲折あり、こんな微妙な歌しか出せない結果となった。


 いや、出そうとすればあった。けれど、みんな意味が取りやすい簡単な歌にしようと思ってこれにしたのだ。選なしの各首評を全員で言っていくタイプの歌会だった。評は異口同音に『おとなげない』というものだった。


 七の段と四の段が混ざってしまうことに悩んでいる小学生に、直木賞の直木三十五の名前を出してきて、かけ算でもなんでもなく、人名として三十五という数字を刻みつけていく。実におとなげない。みんな経験のあることなだけに情景が浮かびやすかったようだ。『こんな大人が近くにいなくてよかった』くらいまで言われてしまった。


 末妹が、いまは小学五年生だが、かけ算暗唱できない人間だ。九九の表は階段の廊下に貼ってあるし、学校の先生からも九九の表をA4サイズでもらっている。だが、覚える気がない。


「九九を覚えないと割り算もできないし、大人になってから困るよ?」


というも、なかなかわからないらしい。


 妹はどんな理由かは知らないが、集団生活が嫌いらしい。保育園にもまともに行こうとしなかったし、小学校に上がってからは自主休校を繰り返している。連れて行ってくれる兄姉がいないというのもあるが、それにしたって。わたしも長子ゆえに学校はひとりで行っていたが、休もうという気には高校に上がるまではならなかった。なんとなく後ろめたくて休むことは背徳感がつきものだったし、わたしはその背徳感が好きではなかった。


 末妹が保育園に入る頃にはわたしは高校を辞めていた。だからかもしれない。妹たちに立派な人間の像を見せてやれていないから、だから学校に行かないのかもしれない。


 だけど、学校に行かないなら行かないなりに勉強するべきじゃないだろうか。一日中だらだらと横になって、お菓子を食べたり、ゲームをしたり、スマホを見たり、猫をなでたり。暇じゃないのだろうか。暇すぎると人間どこかおかしくなると聞いたことがあるが、妹には適応されないのだろうか。


 妹は九九はおろか、漢字が使えない。それだけでなく、助詞の“を”や“は”が使えない。LINE上ではなんとかなっているが、鉛筆を持たせると、小学五年生にしては大きく濃い字に、一年生のような不安定な文字を書く。『ケーキの切れない非行少年たち』みたいなものを読んだことがあるが、妹もたぶんケーキが切れない。分数の概念を把握していないから、おそらく2等分、4等分にはできても、3等分はできない。


 ではお前が毎日教えてやったらいいではないか、どうせ暇してるんだろう。と思われることであろうが、わたしは彼女には勉強を教えないことに決めている。


 いわく、わたしの教え方は高圧的で怖いのだという。もちろんわたしにはそんなつもりはない。


 わたしは、過去のことを話すのは恥ずかしいが、これでも学年トップクラスの頭の良さだった。どんな底辺学校だよ、と思うが、こんなのでも学年5位をキープしていた。しかしながら、妹たちにはわたしの頭脳は全く反映されず、なんだか理解が遅くて、定着しない、普通の人の脳だった。わたしが発達障害だから勉強しかできないのはある。しかし、なんだかわたしのやってきた勉強がすべて無駄になった気がして少し悲しいのだ。妹たちは悪くない、もっと早くから刷り込みを行わなかったわたしが悪い。


 妹たちとの知能の差はまったく埋め方がわからないまま、大人になってしまった。中でも、末妹は小一で止まっているから、基本から教えようとしても、その基本を理解できるシステムがダウンロードされていない。そのインストールには果てしない時間がかかる。


「100÷4はなんだ?」


「ひゃく……?」


こんな具合なのだ。こんな具合の彼女に、なにをどうして筆算や、分数、小数、概数といった概念のインストールをさせてあげたらよいのかわたしにはさっぱりわからない。


 さらには、値札が読めない。あれは数字だから、例えば498円と表記されていたとしたら、まあ我々は大人だから“よんきゅっぱ”とか読んでしまうが、普通は“よんひゃくきゅうじゅうはちえん”と読むはずだ。しかし彼女は違う。


「いくらだった? これ」


「えーっと……よんきゅうはち……円」


 Oh my god、君はおつかいも頼めないほどなのね……OKOK……もういいよ。


 わかるだろうか、この絶望が。わたしにできることはなにもない。仮にちゃんと十の位、一の位、などから話をしても、その場ではわかったつもりでも決して定着しない。これを5年間繰り返してきた。もうお手上げだ。なおかつ、伝わらなくて歯がゆい思いをしているわたしに、『なんか、馬鹿にされてる気がする』などと言うのだ。ああそうですかわかりましたあなたに教えることはなにもありません以上。となる。誰でもなる。


 そんな彼女に、九九を覚えて、と言っても、全然覚える気がないのはわかっているので、一時期テレビで流行った、おバカタレント的な人間になっていくのだろう。そのくせネットは見ているから、拗れたオタクみたいになって手に負えない。わたしはどうしたらいいんだ、どこで間違えた。


 まあなんやかんや愚痴っぽいものを吐いたが、小学二年生にはきちんと九九を覚えてもらったほうがいいということと、直木は三十五ということを、覚えて帰ってもらいたい。

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