夢日記
わたしは夢日記をつけている。つけている、と言っても小説に昇華してサイトに載せている。
「夢日記をつけると気が狂う」
この都市伝説について検証しているツイートを見かけた。いわく、夢と現実の境がわからなくなっていき、夢が現実を侵食し始め、生活を営むのが困難になるのだという。
だとすれば。わたしは既に気が狂っているようだ。これは夢日記をつけている習慣とは関係なく、昔から夢と現実の境がわからない人間だった。夢の中で学生の設定だと、課題はやったっけ、明日の授業なんだっけ、あれ? 新学期から学校に行った覚えがない……どうして? やばい……! となる。焦って着替えようとして、制服がないことにもびっくりして慌てて記憶を手繰り、自分は社会人、それも数年目であったと気付くのだ。
夢の中で誰かになにか言われると、覚醒を経てもそれを実行しようとする。例えば、知らないおじさんに「カフェラテがほしい」といわれて夢が覚めると、それに気付かず階下におりてカフェラテを淹れようとする。
1時間もすれば夢は夢であったと整理がつくのだが、わたしの、複雑性PTSDという病気のせいなのかはわからないけれど、学生時代の夢は特に尾ひれが長く、混乱を極めてしまう。
夢はオカルティックなにおいがするらしく、魂が半分出てしまうだの、気が狂うだの、夢と真剣に向き合うとよくないことが起こるとされる。夢占い、夢解き、陰陽道でも夢は重視されてきた。また近年では精神状態を反映するものとして研究されているのか、わたしの伯母はうつ病で病院にかかって数十年になるが、夢日記をつけて見せてください、と言われているらしい。いまもつけているかは疎遠になってしまったのでわからない。
夢は記憶の整理中に脳が見せる幻だ。ただ、眠っているときも考えてしまっていると、そのとおりの夢を見るらしい。これは経験則だ。ただの幻を日記にしてつけるのは、支離滅裂なさまが面白く、またはものすごくエモーショナルなものがたまに出力されてくるので、ネタとして取っておくのだ。他の人がなぜ夢日記をつけるかは知らない。わたしの場合に限る。悪しからず。
昔、子供の頃のわたしがみた夢の中に『おこめどり』というのが出てきた。お米の形をした胴に、「鬼灯の冷徹」の猫好好のような顔がついて、土鳩の鳴き声を出している。
「ねえお母さん、この、デーデーポッポーってなんの声?」
「おこめどりだよ、ほらあそこ」
と言って、母が指差す方を見ると、おこめどりが群れている。なるほどそれはたしかにデーデーポッポーといいながらびよびよと蠢いていた。
そんな幻を、20年近く現実のものとして考えていた。誰もUMAとしておこめどりを真剣に探さないのが不思議で仕方なかった。そしてわたしにおこめどりを教えてくれたはずの母が、「なにそれ」と笑ったのだ。これは夢だったのだ、と気付くには遅すぎた。もう『現実に見た幼き日の思い出』として深く定着しすぎている。しかしたしかに夢だったのだ。
そんなことが多々ある。これで果たして精神が健やかなるものと呼べようか。わたしは気狂いの人なのだ。
夢には、時折凄惨なシーンを直視しなければならないときがある。目の前で人が殺されたり、あるいは殺したり、殺されたり。または、ホラーゲームのクリーチャーのようなモノに食われたりして。ドクドクと早鐘を打つような鼓動は耳の奥に鳴り響き、冷や汗とともにハッと目を覚ます。夢だったときの安堵といったら。
なぜかそういうときは夢と現実の境がはっきりしている。あれは夢であったと、切り離せることがありがたい。現実のものも、きっとわたしは「あれは夢であった」と切り離しているのだろう。わたしの記憶にはあまりにも夢が介入しすぎている。介入されて窮屈になった記憶の一部が、夢であったと切り離されて脳のゴミ箱に収まっている。
そのゴミ箱を空にできたなら、きっと人々にPTSDなどというものはないだろう。「あれは夢であった」とする都合の悪い記憶。あまりの恐怖に、夢であったとしておきたかった記憶。それを切り離して、ゴミ箱にしまって、われわれは生きている。ゴミ箱で時折疼くその記憶たちが心の傷跡と共鳴し、人々はPTSDに苦しむのだ。
誰にでもあり得るものを、複雑性PTSDなどと、大仰な名前をつこて縛って、なにが。病名をWikipediaで調べると、「戦争のような、長期間の命の危険を感じると発症する」と書かれている。わたしはただの虐待サバイバーだが。まあたしかに命の危険は毎日感じていた。殺される前に死んでやろうと毎日死に方を考えていた。そんな程度の過去しか持っていないわたしが複雑性PTSDなんていうものになってしまったのは、わたしの脳の機能が悪いのだろう。いまは幸せではないがそれなりに生きているのに。どうして、
夢は相変わらず悪夢続きである。少しでもいい夢を見たいが、どうすれば良いのだろう。誰かご教授願いたい。




