池ポチャ
つい先日、公園の池に落ちた。冗談でもなんでもなくちゃんと落ちた。
なにゆえに、と思うだろうが、わたしもよくわからない。ただ、最愛のペットたる、もみちゃんが、池に突進しかけたのを止めようと足を踏み出したら、池ポチャしていた。
その日は、日和が良かったので、もみちゃんと飼い主双方の運動不足解消のために、近所の大きな公園にお散歩に出かけた。近所と言ってもちょっと距離があるので車で出かけた。後にこの判断が最良であることを知ろうとは、このときの長尾さんはまだ知らない。
公園に着いて、もみちゃんと林の中をのんびり散策した。もみちゃんはリラックスして羽根を伸ばしたり地面をくちばしでひっかいたりしている。ほんとうは砂浴びも全然できていないので、砂浴びをしてくれと念じるも、彼女にはいっこうに届かない。雑草でも食べて、最近全然葉っぱを食べてくれないもみちゃんが、緑色のものも食えるんだと思い出してほしいとも念じてみた。くちばしの先に摘んだ雑草を持っていく。ペッと吐き出される。残念。これを五回ほど繰り返し、ようやく飼い主の方が諦めた。
一緒に散歩に来ていた上の妹が、売店行こうよ、と言い出し、最短ルートの池のほとりを歩いていくことになった。もみちゃんをかごに入れるのがちょっと面倒だったので、しっかり抱いて、ゆっくり歩く。ときおり、あら珍しい、飼っているのかな、という控えめな驚いた声がすれ違った人の口から聞こえる。このときはまだ、もみちゃんは落ち着いていた。
しかし、事件は起こった。
歩いていく道沿いに、木のベンチがあり、そこに女性がふたり座って大きな声で話していらした。聞こえてくるのは東南アジア系の言語だ。あまりそちらの地域の方にいい思い出がないので、頼むから話しかけてくれるなよ、と念じて早足で通り過ぎようとした。が、そうはさせてくれない。今日は全然念が通じない日だ。無視して行ってしまえばいいのだが、なんつーかその、この辺りの地域の人ってそういうの通じないじゃないですか。あと良心の呵責に耐えきれない、自分が。
「アレ、にわとりだヨ」
「卵産むノ?」
「食べるノ?」
「めずらしネ~、ペットか?」
お姉さんたち気付くや否や大声でマシンガンの如くもみちゃんに向かって(長尾さんに向かって、ではないのがオモシロポイントだが)質問を浴びせかける。
「そうですね、ペットですよ、卵産みます、お肉は食べないです」
丁寧に回答していると、もみちゃんここでパニック発動。わたしの腕から暴れて飛び降りる。普段、部屋にいるときは滅多にしゃべらない飼い主と二人きりなので、大きな声で話しかけられるとパニックになりやすいらしい。以前もこの公園に来たときに落ち葉を吹き飛ばすためのブロワーに過剰反応して走り回っていたことを池に落ちたあとに思い出した。
そしてもみちゃんは池に突進して、あわや池に落ちてしまう、というところで飼い主が池に落ちて、スン……となった。
わたしとしては、もみちゃんは池に落ちたら死んでしまう、と思い、とっさに彼女を守るために抱きかかえようと踏み込んだら、そこに地面がなかった。鳥は水に浮くし、もみちゃんも浴槽の残り湯に浮かんでリラックスしていたことは何度もあるし、地面と水面に落差はほとんどないし、そこまでの命の危険ではないことに池に落ちてから気付くのだが、時すでに遅し。
わたしは片手にもみちゃんを入れるかごを持ち、肩からは小さなかばんを提げて、服はしっかり秋の装いだったため、池から上がるのが尋常じゃなく難しくて、たった二分くらいだったのだろうが、十分ほどに感じた。足がつかない深さでも這い上がれたのは、まるで『落ちたときに使ってね』と言わんばかりに張ってあったロープと、水泳をがんばっていたあの頃の自分のおかげだと思う。連れがいたのも運が良かった。妹に荷物を渡して、大声お姉さんたちにも手伝ってもらって、なんとか出てきた。もみちゃんは他人事のようにあっちを向いていた。
這い上がるときに靴を落としてしまったのだが、通りかかった男性が拾い上げてくれた。わたしはもう恥ずかしさでいっぱいで、「ありがとう、わたしは大丈夫」と笑顔で連呼して妹ともみちゃんを連れてさっさと家に引き返した。ほんとうはちゃんとお礼したかったがそれ以上に恥ずかしくてたまらなかった。一刻も早く立ち去りたかったわたしは、出がけのわたしに『車で来てくれてありがとう!』と思った。
家に帰ってきて、改めてかばんのなかを調べると、車のカギとケータイは無事だったが、それ以外がほとんどダメージを受けていた。特にデジカメはうんともすんともいわないので、『わたしの代わりに召されたのか、すまない、ありがとう』と抱き締めてから、小型家電の墓場と呼んでいる台所の紙袋にそっと入れた。かばんはナイロンの生地とビニルシートで作ったので撥水性はいいはずだが、頭まで浸かるほどの池に落ちたら撥水もクソもない。洗濯したり風呂に入ったりと、ちょっと忙しかった。所持金が小銭だけだったのは幸いだった。
濡れた服をまとって、腕の筋肉だけで身体を持ち上げるのがいかにすごいことかを、今回しっかりと痛感した。五日ほど身体中が痛くて着替えすらしんどかった。
その痛みのなか、わたしはファミコンでやらせてもらっていたゴルフのゲームを思い出していた。そのゲームはわりと本格派だったので、風向きや風速を見て、どの方角にこのドライバーをつかってこの瞬間に、といろいろ考えないと思うようにボールが飛ばない。幼き日のわたしは、大人たちが楽しそうなのを羨んで、よくわからないのにコントローラーを握って、池ポチャを連発しまくっていた。
ほんとうに自分が池ポチャしてしまった夜は、その当時の大人たちが「あー池ポチャだ」と茶化す声と、自分がゴルフボールのようにポチャッと池に落ちるさまを夢に見て、少し恐ろしかった。いま書き起こすとめちゃくちゃ笑えるが。
自分ではネタが増えたな、とプラスに受け止めて、笑い話として家族に披露したので、過剰に心配されることもなく「長尾さんらしいや」と笑ってもらえてホッとしたわけだが、他の人だったらこれは普通に事故なので、わたしはめちゃくちゃ心配すると思う。現にまだ足首に二つ痣があるし、痛いし。
皆さん、気を付けてね。




