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タイムパラドックスの殺意

原作:

殺意の論理パズル


初回投稿日:

2020年4月30日


原作pt数:

2468pt(2023年2月21日現在)

【命題】

 タイムマシーンで過去に行き、未来を変える、というストーリーが、SF作品ではよくあります。

 しかし、仮にタイムマシーンが実現し、過去に行けるようになったとしても、未来を変えることはできないという強力な説があります。それが、以下で述べるタイムパラドックス(親殺しのパラドックス)です。


《タイムパラドックス》

 Aがタイムマシーンで過去に行き、Aが生まれる前の、Aの父親Bに会ったとする。そして、AがBを殺したとする。このとき、AがBを殺害することにより、Bのいない未来を作れるとすると、大きな矛盾が生じる。すなわち、その時点でBがいなくなれば、Aが生まれるはずがなく、そうすると、AがタイムスリップすることによってBを殺せるはずがない。

 タイムマシーンで未来を変えられるという考え方は、このパラドックスを克服できない。



 果たしてタイムパラドックスを克服し、タイムマシーンで未来を変えることはできるでしょうか。



…………




【論証】


挿絵(By みてみん)




「……ここが、俺が生まれる前の過去なのか?」


 向原むかいはら恭二きょうじは、窓ガラス越しに辺りを見渡す。


 そこはたしかに見慣れない場所ではあったが、恭二の生きる時代にも普通にありそうな路上である。



「そうじゃ。今我々がいるのは、22年前の東京じゃ。平成10年ということじゃのう。厳密に言うと日時の指定はしとらんが、年単位でズレるということはないじゃろう」


 タイムマシーンの同乗者である博士が言う。


 このままタイムマシーンの中にいたら博士が御託を始めそうだったので、恭二はドアを開け、タイムマシーンから降りた。


 恭二に与えられた時間はわずか15分しかないのである。


 博士が作ったタイムマシーンは、ドラえもん仕様ではなく、完全にバックトゥーザフューチャー仕様である。外見は自動車と見分けが付かない。



「博士、場所は本当にここで合ってるのか? どこにもいないが」


 住宅街の路上には人通りはなく、アイツもいなかった。


 恭二に続き、タイムマシーンを降りた博士が答える。



「場所は間違いないと思うぞ。ちゃんと指定したからのう。ここで待ってれば必ず恭二君の『目当て』は来るはずじゃ」


「……マジだ。来た」


 恭二の視線の先に、アイツの姿が目に映った。



 向原恭一。

 恭二の実の父親である。



 恭二は、アイツに見つからないように、自動車の形をしたタイムマシーンの陰に隠れる。博士もそれに倣う。


「恭二君にそっくりじゃのう」


「そうだな。今の俺と同い年だしな」


 恭二は今21歳であり、目の前にいるアイツも21歳である。



「で、肝心の目的を聞いとらんかった。恭二君、22年前のお父さんに会って、どうする気なんじゃ?」


「殺すんだよ」


「殺す!!?……むぐっ」


 博士の大声によって、恭一に存在がバレないよう、恭二は博士の口を塞いだ。



「静かにしろ」


「……でも、恭二君、実の父親を殺すだなんて、どうして……?」


「世界で一番憎いからさ。アイツのことがな」


 恭二はアイツのことが大嫌いだった。

 アイツは、身勝手で、卑怯で、狡猾で、下品で、血も涙もない最低最悪な人間なのである。



「憎いって言ったって、わざわざタイムマシーンで過去に戻ってまで殺す必要はないじゃろ? だって、恭二君のお父さんは、現在の世界ですでに死んでるんじゃから」


 アイツは去年死んだ。酔っ払って家の階段から落ち、頭を強く打ったのだ。恭二にとって、それは最高に愉快なことだった。しかし――



「博士、それじゃダメなんだよ。アイツは殺さなきゃ。アイツは今から22年間、人に迷惑を掛け続けるんだ。アイツが今死ぬことによって、多くの人が幸せになるんだよ」


 とりわけ、恭二の母親の礼奈は、アイツによって最も人生を狂わされている。

 毎日アイツの暴言や暴力に怯えながら生活していたのだ。その様子は恭二にとって見るに堪えないものであった。



「恭二君の父親はそんなにヒドイ人間なのか?」


「ああ。アイツは人も殺してるんだ。しかも、お袋を孕ませる直前にな。お袋のお腹が大きくなった時にはアイツは警察に捕まってて、俺が10歳になる頃までずっと刑務所にいたよ」



 お袋の話によれば、アイツが人を殺したのは、当時恋人だったお袋とのデートの直前だったらしい。


 人を殺めていながら平然とお袋と横浜に行き、平然と中華街で料理を食べ、そのまま穢れたその手でお袋を抱いたのだ。人としての常軌を逸している。



 そのデートから半年後、お袋と籍を入れた数日後に、警察にアイツが犯人と特定され、逮捕状が出たらしい。


 恭二がお腹の中にいたとはいえ、お袋もよく離婚せずに耐えたものである。



「それはたしかにヒドイな……でも、恭二君、ここで恭二君の父親を殺してしまえば、恭二君は生まれることができなくなってしまうんじゃぞ。それでいいのか?」


「構わないよ」


 博士に言われるまでもなく、そんなことは分かっていて、とっくに覚悟している。


 それどころか、むしろそのことも恭二がアイツを殺す動機の一つなのである。



「俺は、俺自身の存在も消したいんだ」


「は?」


「俺はアイツが大っ嫌いだ。だけど、俺には間違いなくアイツと同じ血が流れてるんだ。俺もアイツと同じ人間のクズなんだよ」


 恭二の今までの人生を振り返れば、そのことは自明だった。恭二だって学校では常に嫌われ者だったし、同級生をボコして少年審判を受けたこともある。


 アイツ同様、恭二だって21年間他人に迷惑を掛け続けてきたのだ。恭二にも今後・・21年間を生き抜く価値はない。




「俺は俺を消したいんだ。だから、ここでアイツを殺るんだよ」


 タイムマシーンの陰から出ようとする恭二の腕を、博士が掴んだ。



「待ってくれ。恭二君が今からやろうとしていることは、それだけじゃ済まないくらいに大変なことなんじゃ。大きな矛盾を生むんじゃ」


「大きな矛盾?」


「そうじゃ。もし恭二君が父親を殺し、恭二君が生まれない未来を作ってしまったら、今ここにいる恭二君・・・・・・・・・は一体何者なんじゃ? なぜ生まれていないはずの恭二君が、恭二君の父親を殺すことができるんじゃ?」


「たしかに……」


「それは大きな矛盾なんじゃよ」


「じゃあ、もし、俺が、実際に今父親を殺したらどうなるんだ?」


「わしには分からん。ただ、それは、この世の道理を覆すとてつもないことじゃ」


「じゃあ、試しにやってみるしかないな」



 恭二は博士の腕を振り払うと、タイムマシーンのすぐそばで立ち止まっていたアイツの目の前に立った。




 恭二の顔を見たアイツが、目を丸くする。



「お前、一体誰だ?」


「お前の息子だよ」


 恭二はそれだけ言うと、ポケットから紐を取り出し、アイツの首に巻いた。



「……おい、お前、何すんだ!? やめろ!!……ぐっ……」


 恭二は全力でアイツの首を締めた。


 今まで・・・の恨みを晴らすべく、強く強く何度も力を入れ直して、最大限の苦しみをアイツに与えようとした。





 アイツが動かなくなってしばらくしてから、それでもなお首を締め続けていた恭二に対し、博士が問いかけた。



「……恭二君、無事かい?」


「ああ。そのようだな」


 恭二がアイツから攻撃を受けたわけではないから、博士が心配しているのは、恭一が死亡することによって、恭二の存在が消えるかどうかである。



「俺は無事だし、どうやら天変地異で世界がひっくり返るということもないようだ」


 俺は念のためアイツの脈を確認したが、やはり脈はすでに無かった。



「どういうことなんじゃろうな?」


 博士が頭を悩ませる。



「理屈は後で考えればいいだろ。俺が消えないことは、俺としても不満だがな」


 俺はそう言って、博士のハゲ頭をポンと叩いた。



「そうじゃな。帰ってから考えるとしよう」


 博士が腕時計を確認する。



「もうこっちに来てから14分が経とうとしている。タイムマシーンの利用時間の上限は15分じゃから、もうタイムマシーンに乗り込んで現在の世界に帰らんといかんな」


「タイムマシーンに乗り込まないまま、15分が過ぎたらどうなるんだ?」


「タイムマシーンは自動的に現在の世界に転送されるから、過去の世界に取り残されてしまうんじゃ。わしゃ絶対に嫌じゃぞ」


 博士は小走りでタイムマシーンに乗り込んだ。



「恭二君も早く乗り込むんじゃ」


「ちょっと待ってくれ。ゴミはゴミ箱にちゃんと捨てないとな」


 俺はアイツの死体を抱きかかえると、近くにあったゴミ捨て場にそれを投げ捨て、ネットを掛けた。

 その上から唾も吐き掛ける。



「恭二君、早く! もう時間が!!」


「分かってるよ」




 恭二がタイムマシーンの方に歩を進めようとしたちょうどそのとき、聞きなれた女性の声がした。



「恭ちゃん!!」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこには、22年前のお袋がいた。



「恭ちゃん、お待たせ!!」


――なぜだ。22年前のお袋が、まだ生まれていない恭二のことを知っているんだ? そんなはずは――



 恭二はハッとする。


 お袋は恭二の名前を呼んでいるのではない。


 アイツ――恭一の名前を呼んでいるのである。

 恭二は見た目も背格好も当時のアイツと瓜二つだから、お袋は恭二のことをアイツだと勘違いしているのである。



 突然の出来事に戸惑い、立ち尽くしていた俺の腕を、お袋は掴むと、強引に腕を組んだ。



「恭ちゃん、ボーッとしてないで早く行こうよ」


「え……? ああ……」



 まさかと思い恭二が振り返ると、タイムマシーンはすでになかった。


 時間切れで、現在の世界に帰ってしまったのである。



 恭二は、ゴミ捨て場に捨ててある死体がお袋に見つかってしまってはマズイと思い、お袋を連れて、ひとまずその場を離れた。



「ねえ、恭ちゃん、今日の私可愛いかな?」


 そう言われてお袋の顔を見た恭二は、ドキッとした。


 今まで写真でしか見たことのなかった若い頃のお袋は、アイドルのようにキラキラして見えた。



「……可愛いよ」


「恭ちゃん、ちゃんと目を合わせて言ってよ」


 目を合わせたらもう最後だった。


 恭二は彼女・・に恋をしてしまったのだ。



「可愛いよ」


「ちゃんと名前も言って」


「……礼奈、可愛いよ」


「ありがと。恭ちゃん、大好き! 私、今日をずっと待ち望んでいたんだよ!! 恭ちゃんが予約してくれた横浜の中華街の店、すごく楽しみ!!」


執筆秘話:

これまた論理パズルではなく論理命題ですね。「シュレーディンガーの猫の殺意」とは対照的に、完全にワンアイデアの作品です。


このアイデアを思いついた時には、これはタイムパラドックス系の唯一解では?とさえ思いました。散歩中に思いつき、興奮冷めやらぬまま、家に帰るやいなや一気に書き上げたことを覚えています。


この作品のテーマは「タイムパラドックス」なのですが、上野樹里と瑛太が主演の映画「サマータイムマシーンブルース」を見て知りました。この映画は、僕のお気に入り映画の3本の指に入ります(あと2作は「キサラギ」と「Hello world」。いずれも邦画です)。


本作は、読者様からの反響が大きかったというよりも、筆者のお気に入りなのですが、とりわけ気に入ってるのが、「最後の一行」です。

この一つ前の後書きで、ミステリーデビューが東野圭吾の「ゲームの名は誘拐」だとお伝えしましたが、この作品も、「最後の一行」が衝撃的なモノでした(他にも東野圭吾作品ですと、「宿命」が「最後の一行」系と言われてますが、個人的には、「ゲームの名は誘拐」と「レイクサイド」が最強の「最後の一行」だと思っています)。


話を戻すと、本作も「最後の一行」で読者様に衝撃を与えられたかどうかが試金石だと思っています。「中華街」というフレーズで全てを理解させられるかどうかですね。


他にも僕の作品だと、「囚人と帽子の殺意」「旅立ちの日の殺意」がいずれも「最後の一行」系です(もしかすると、先にアップした「雑用ばかりさせられていた魔剣士〜」も「最後の一行」系かもしれません。』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一見、典型的なエディプスコンプレックスの物語に思えますが、父を殺した後に若い母と遭遇する訳だから、時系列は違いますよね。 そういう意味では、神話にタイムパラドックスを持ち込んだ野心作として…
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