倉庫パズルの殺意
原作:
殺意の論理パズル
初回投稿日:
2020年5月2日
原作pt数:
2472pt(2023年3月24日現在)
【問題】
倉庫の中にバイトと酔っ払いがいて、箱が4つあります(図)。
バイトは、箱を動かして、箱を4つとも薄オレンジ色のマスに移動させなければなりません。
箱、バイト、酔っ払いはそれぞれ1マスを占有しており、同じマスに2人(1人と1つ)以上同時に入ることはできません。
また、箱は押すことはできるものの、引くことはできません。加えて、一度に押すことができる箱は1つだけであり、並列に並んだ2つの箱を同時に押すことはできません。
どのようにして、4つの箱を薄オレンジ色のマスに移動させればよいでしょうか。
…………
バイトは、いつもどおり、依頼主の指示にしたがい、箱を移動させていた。
依頼主の指示は、すべての箱を薄オレンジ色のマスに移動させろ、というものであり、具体的な移動方法まで指示してくれるわけではない。
体力も知力も使う仕事であるが、その分、時給はかなり良かった。
バイトは、倉庫の全体図と箱と自分の位置を常に頭に描きながら、せっせと箱を運んでいた。
それは、バイトが倉庫の右下の隅(薄オレンジの部分)に箱を寄せようとしたときだった。
「おい!! 待て!! 俺を押し潰す気か!!」
自分以外の誰もいないはずの倉庫の中で突然声がしたため、バイトは驚愕した。
「誰か倉庫の中にいるんですか?」
「いるよ!! 今お前が箱を移動させようとしたオレンジのマスに!!」
「どうしてそんなところにいるのですか?」
「昨夜飲んでたんだが、0時以降の記憶がないんだ。おそらく飲み過ぎて、朦朧とした意識でフラフラとこの倉庫の中までやってきて、倉庫の中で寝てしまったらしい」
「ということは、あなたは酔っ払いさんですね!」
「まあ、そうだが……。お前は誰だ?」
「僕はこの倉庫で箱を運ぶバイトをしている者です!」
「ふーん……。何のために運んでるんだ? 倉庫の整理か何かか?」
「うーん、分かりません」
「箱の中身は分かってるのか?」
「分かりません。僕はただ依頼主の指示に従っているだけですので」
「依頼主ねえ……」
「とにかく、僕は4つの箱をすべて薄オレンジ色のマスに移動させなければいけないのです!」
そう言って、バイトは、箱を酔っ払いの方に押した。
「おい!! ちょっと待て!! お前は仕事のためなら平気で人を押しつぶせる殺人ロボットか!?」
酔っ払いが箱を押し返す。
「だって、酔っ払ってそこで寝てるのが悪いんじゃないですか……っていうか、こっちに押さないでくださいよ!! 僕を潰す気ですか!?」
「俺と違ってお前は避けるスペースがあるだろ。1つ上のマスに避けろよ」
「ダメです!! 酔っ払いさんがその箱を左方向に押すと、その箱は2辺を壁で囲まれるので、押せなくなってしまいます」
「たしかにそうだな……分かった! 俺が1つ上のマスの箱を押せばいいんだ!」
「それもダメです! 今度はその箱が動かせなくなってしまいます」
「なるほどな……」
「ということで、大変申し訳ないですが、酔っ払いさんには尊い犠牲になってもらいます」
バイトが箱を酔っ払いの方に向けて強く押し返す。
「バカ! ちょっと待て!! 賢い方法を思いついたぞ!」
「……どういう方法ですか?」
「俺が1つ上のマスの箱を押す前に、お前が、倉庫の一番右にある、1マスだけ飛び出たマスに移動するんだ」
「ふむふむ……」
「その上で、俺が1つ上のマスの箱を押せば、その箱を移動させられる位置にお前がいるから、箱はまだ動かせるだろ?」
「おお! それは賢い方法ですね!! 実際にやってみましょう」
バイトと酔っ払いは、アイデアを実行に移した。
「こんな感じになりましたね!! それじゃあ、僕が箱を左に押しますね!!」
「ちょっと待て! 早まるな! お前が今その箱を左に押したら大変なことになるぞ!」
「……なんでですか?」
「お前が箱を押した図を考えるんだ。この状態だと、薄オレンジのマスに入ってない3つの箱のどれを動かしても、その後に箱が動かせなくなってしまうんだ。例えば、右の箱を動かすと……」
「真ん中の箱だと……」
「左の箱でも……」
「ほら。詰んじゃうだろ」
「本当ですね……。では、どうすればよいのですか?」
「お前がすぐに箱を左に押さなければいいんだ。お前がその右のマスに閉じこもった状態で、俺が倉庫の中央付近にある箱を動かし……」
「さらにその箱を薄オレンジ色のマスに入れて……」
「その後にお前が箱を左に移動させて……」
「こんな感じで薄オレンジ色のマスの箱を寄せれば……」
「ほら。もうゴールは目前だろ」
「そのとおりですね!! 酔っ払いさん、さすがです!!」
「だろ。それじゃあ、実際にやってみるから、お前はそこでじっとしてろよ」
「はい!」
酔っ払いは、倉庫の中央付近にあった箱を押し、バイトの左隣の箱と並ぶ形にした。
「一応聞くが、この状態で、お前は箱を押すことはできるのか?」
「試してみますね!! ……よいしょっと……うーん、できません。並列に並んだ箱を2つ同時に押すことはできないみたいです」
「やっぱりそうだよな。それじゃあ、俺がお前にとっておきのことを教えてやるよ」
「とっておきのこと?」
「俺が酔っ払って倉庫で寝てたっていう話だが、あれは真っ赤な嘘だ。俺はこの倉庫に泥棒に入ったんだよ。倉庫を物色していたところ、お前が入ってきたのに気付いたから、慌てて倉庫の隅に隠れたんだ」
「酔っ払いさんは泥棒だったんですね!!! 僕を騙してたんですね!!」
「簡単に騙される方が悪いんだよ。あばよ」
捨て台詞を吐くと、泥棒は、出入り口の前に置いてあった箱を盗んで、倉庫の外に出て行った。一番右のマスに閉じ込められたバイトは、手をこまねくほかなかった。
倉庫の外に出た泥棒はポケットを漁り、中からドライバーを取り出した。
「倉庫の中だと暗くてうまく作業できなかったんだよな。さて、箱の中身を頂戴するとするか」
泥棒は、倉庫がこの町で有名な資産家の所有であり、かつ、その資産家はこの倉庫に誰も近寄らせたがらないことを知っていた。泥棒は、倉庫にある箱の中には貴重なお宝が眠っているに違いない、と踏んでいたのである。
泥棒は、ドライバーを使って器用にネジを外すと、箱の中身を白日に晒した。
箱には、動物の死骸が詰まっていた。
「……な、なんだこれは……」
「おやおや君、私の所有物を勝手に漁られたら困るよ」
泥棒が顔を上げると、そこには「依頼主」である資産家がいた。
「私は、ペット専門の葬儀会社を経営してるんだが、犬猫を一頭一頭ちゃんと供養して埋葬してたら、到底収支が合わなくてね。ちゃんと供養をしたフリをして、こうやって箱に詰めて一定期間倉庫で保管し、こっそりまとめて燃やして捨てていたんだ」
「汚ねえやり方だな……」
「盗人の君に言われたくはないね」
資産家は、ポケットから黒光りする拳銃を取り出し、銃口を泥棒に向けた。
「企業秘密を知られたからには、君を生かしておくわけにはいかないんだ。ごめんよ」
資産家は躊躇うことなく、引き金を引いた。
銃声とともに、泥棒がバタリと倒れる。
「ふう……困った。またバイトに頼まなきゃいけない箱が増えてしまったな」
執筆秘話:
おそらく僕の得意分野は「パズルミステリー」ということになるかと思います。論理操作を主軸にしたミステリーです。
それを純粋に貫いてしまった結果、「パズルのミステリー」になってしまったのがこの作品です。
この作品に先立ち、「川渡り問題の殺意」において、「ほぼ図」という新境地を開拓しました。言葉で説明できないので、図に頼るという、小説家にあるまじき戦略です。
この作品は、「ほぼ図」の第2弾として、おそらく古過ぎて分からない方が多いと思いますが、一世を風靡した往年のパズルゲーム「倉庫番」を扱いました。
誤解なきように言うと、「倉庫番」は僕の世代ではなく、僕の親世代です。実家を片付けていたところ、古い電子手帳(だったと記憶しています)を見つけ、それでプレーしてみたことで知りました。
ちなみに第3弾は「マインスイーパー」を扱っています。現在連載中の短編小説集に入ってますので、ご関心のある方はどうぞ。
こういう図ばかりのミステリーは、他の方はあまり手を出していませんが、おそらく考えてる以上には書きやすいものだと思います。トリックに合わせて、パズルの形状を変えられますからね。もちろん、頭の中では考えず、紙とペンを使うことになります。なかなか楽しい作業です。