【77】聖女様の結婚式(8)
恥ずかしい!
はしたない!
穴が有ったら入りたい!
わたしはあの結婚式の口付けの場面を思い出して、盛大に顔を赤らめる。
周りからはわたしが情熱的に彼を抱き寄せ、甘く長いキスを演出したと思われている。
でも実際はキスの止め方を知らなかったの!
だって初めてだし!
いえ……初めてでないかもしれないけど!
わたしにとっては初キッスだし!
てっきり彼から離れてくれると思っていたの!
それで思いの外、長くなりまして……。
──うん。そうね
彼はわたしが想像以上に積極的だったので、後で聞いてみたら……わたしに
「身を任せて委ねた」と教えてくれたわ。
でもわたしの息が続かなくて、離れたの。
粘った割には、わりかし呆気なくね。
唇が離れた瞬間!来賓の皆様から盛大な拍手を頂きまして、わたしは我に返って、恥ずかしいやら、泣きたいやら、大変な心持ちだったわ。
隣の顔の良い貴公子にエスコートされて、ヴァージンロードを逆行したの。
貴公子に導かれてずっと恥ずかしくて俯いて歩いていると、いつの間にか式場を後にして別の部屋の前に着いていたわ。扉が開いてフカフカのソファーに誘導されて座った。
貴公子とは向い合わせ。
護衛騎士二名だけを残して人払いしたの
「さっきは情熱的な口付けをありがとう」
「ど……どういたしまして……」
チロっと顔をあげると、爽やかな微笑みを浮かべる貴公子とその後ろでキョトンとしている二人の護衛騎士がいた
「本当に記憶が戻ったのではないの?」
「はい……さっきラフィーネと呼ばれておりましたが、自分の名前すら分かりません」
「記憶は戻らず……人格だけが戻ったのか?」
貴公子は独り言を呟き、わたしを見て
「今の状況も何も知らないのだね?」
「はい。教えていただいた結婚式という以外は……」
ここで先ほどの[情熱的なキス]とやらを思い出して、顔が赤く上気し、また俯く
「では改めて紹介させてもらうよ。
ぼくの名前はオルフェル。
オルフェル・エルフリン・ファルシア。
この[青い水晶宮]の主で、このファルシア王国の第三王子だ」
──マジもんの王子様だった!
いやぁー……絵に描いたような王子様みたいとは思っていたけど、本当に王子様だったとは!
そんな高貴な御身分のお方と結婚式を挙げるくらいだから、わたしもさぞかし身分の高い女性……お姫様だったりするのかな?
「君の名前はラフィーネ・ルシアン。伯爵令嬢だね」
伯爵令嬢?お姫様ではなかったのか……。
でもその方がしっくりくるかも
「そして結婚式を挙げ、ぼくの伴侶と成ったから名前が変わりラフィーネ・ファルシアとなった。
ミドルネームはこれから国王陛下に頂く流れとなっている」
国王!ここにいるの!
そりゃそうか……目の前のオルフェル殿下が王子様だもの……。
「そして君には幾つか名前と身分があった。
遅かれ早かれ知られる事だから、あえて言うよ。
君は元は平民だった」
「平民……ですか?」
そう言われても……『そうかもね』なんて納得している。
自虐じゃ無いけど、わたしなんかが貴族とかあり得ないもん。だって王子様って聞いて、ビックリして動揺したからね。貴族なら……そうでもないでしょ?
でも何故平民なんかと……
「色々言われたり聞こえてくるかも知れないが、これだけは覚えていて欲しい。
君がとても大切で愛しているから、ぼくの伴侶に選んだのだ。
確かに君を妻にするために画策したりもした。
後継者争いに絡む政治的な駆け引きもあった。
だが……それらはあくまで過程に過ぎず、ぼくは心から君と一緒に人生を歩きたかった。
それだけが真実だ」
わたしに言ってくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。でもわたしはオルフェル様と愛を交わした記憶がない。共に過ごした経験もない。
オルフェル様が愛したのは別のラフィーネ。
きっとわたしの前のラフィーネ様は、わたしなんかよりもずっとずっと素敵なお嬢様だったのだと思う
「それにしても……同じラフィーネとは思えない……」
分かってる。それは一番わたしが分かってる。
だからそれ以上は言わないで……
「なあ!ケンプトン。そしてミーアキャンベル」
「ええ。本当に……」
「真にそうでございます。驚きました」
男女の護衛騎士が答える。
ごめんなさい。
こんなわたしで……。
それ以上畳み掛け無いで……。
わたしなんかじゃ……
「ラフィーネは天真爛漫。まさしく小さな子供のような人格の少女だった。ある事件に巻き込まれて記憶と人格を失ってしまった。
ぼくはそんな彼女を保護がてら見守ってきたけど、いつも何処かで思っていた。
本当の人格はどんな女性だろう?
一度本当のラフィーネに会ってみたいと……。
でも今日……思いがけず願いが叶った。
そしてそれは……思っていた以上に素敵な出会いだった。
ラフィーネ」
「は……はい」
「君は思いがけずぼくの妻になって戸惑っていると思うけど、人格が戻った君に改めて伝えたい。
ラフィーネ。ぼくは君を愛している。
そしてこれからの人生を今の君と共に歩んで行きたい。
だからこそ君の意思を尊重したい。
もし嫌だったら……そう教えてほしい……。
ラフィーネ」
「……はい」
「ぼく。このオルフェル・エルフリン・ファルシアを夫とし、妻として共に人生を歩いて欲しい」
わたしも好き……。
きっと以前のラフィーネも同じ思いだったと思う。
胸が熱い。
オルフェル様は今のわたしも望んでくださっている。
それが堪らなく嬉しい。
嬉しくて涙がこぼれて止まらない……
「はい……喜んで……」
こんなわたしで良ければ……
何処までもお供します……。




