【4】聖女様の屋根裏部屋(4)
これはそのネズミのお話。
ネズミのチュウベェはレイアがこの屋根裏部屋に移って三日目の夜に現れた。レイアのこぼしたパン屑にかじりついていた。
はじめは気持ち悪いと思っていたレイアだったけど、話し相手もいない孤独な日々を送っていたので、気紛れに話しかけてみた。
もちろん会話なんて出来なかったけど、チュウベェは不思議と逃げずに食べ終わっても側にいてくれた。
次の日からパンをチュウベェの為にひと欠片、取って置くようになった。チュウベェは夜に現れて朝方は居なくなってしまう。だからチュウベェを待って、お話ししてから眠りに付くようになった。
別に返事をしてくれる訳ではないけど、わたしはそれでも救われた。孤独は辛いもの……。
毎日レイアが眠りに付くまでお話に付き合ってくれた。
そんな唯一のお友達となったチュウベェが、屋根裏部屋に越して10日目の朝に、コップの側で死んでいたのだ。
この理由は分かる。
毒入りスープに口を付けたのだ
「ごめんなさい」
わたしはチュウベェに謝った
「わたしのせい……本当にごめんなさい」
わたしはチュウベェに触れた。
わたしは初めてチュウベェに触れたのに、温もりはなかった。チュウベェの身体は固く冷たくなっていたから
そして胸に抱いて泣いた。
今までは自分の境遇が辛くて流した涙だったけど、今回は誰かの為に流した涙だった。チュウベェはネズミだけど……。
胸に抱いて泣いていると、ふと頭にある呪文が浮かんだ。
わたしは何の気もなくその名を呟いた
「── ホーリーザレク ──」
すると胸から光が溢れた。
良くみるとチュウベェが光っていた。
そしてチュウベェの身体が暖かくなって……
「チュウ……チュウ……」
「チュウベェ!」
チュウベェは生き返った。
チュウベェは初めは動きがカクカクとぎこちなかったけど、一時間くらいで元気になった。
キュアとヒールとかかけてなかったけど、生き返ったら毒状態も治ったのだろうか?
でも本能的に、これは誰にも話してはいけないと感じていた。特に侯爵家を乗っ取った叔父には、絶対知られてはいけないと自分に命じた。
だからその日以降、メイドが来てもわたしは一切話さなくなった。返事も返さず、馬鹿になった振りをした。
メイドはわたしが話せないのを良いことに、仕事で叱られた腹いせにわたしをぶったり叩いたりした。
わたしは一切抵抗しなかった。
傷はメイドが居なくなってから、シレッと全回復した。
☆
わたしは週に一度叔父と面会した。
叔父が屋根裏部屋に上る訳もないので、その日だけ降ろされた。
風呂でメイド達に嫌々洗われて、少しこざっぱりしたワンピースを着せられて、叔父と会った。
叔父はわたしを見るなり
「何だ?最近元気そうだな?」
恐ろしい事を呟いた。
何時も面会時間は五分も無かった。
その後、シャノンにお茶に誘われるのが決まりだった。
お茶の席ではシャノンの前にはケーキスタンドが並び、わたしの前にはクッキーの一枚も用意されていなかった。
そのお茶会は完全なシャノンの自慢大会だった。
買ってもらったドレスを見せびらかし、どこぞのお茶会で綺麗だって誉められただの、王子様に声を掛けられただの、さっぱり興味もないどうでもいい話を永遠聞かされた。
お付きの侍女やメイド達はシャノンを誉めそやし、反対にわたしを貶めた。
痩せているだの。みっともないだの。早く死ねば良いだの。言いたい放題だった。
そしてシャノンはお腹の空いたわたしの前で、これ見よがしにお菓子を食べまくった。ケーキなんて一口、口に付けただけで、フォークは次々と別のケーキを渡り歩いた。
そしてわたしのお腹がギュルルルルとなると嬉しそうな顔で
「あら?お腹が空いたの?卑しいわね。
これでもお食べ!」
なんてケーキを投げつけて来た。
以前飛んできたケーキ避けたら、シャノンの命令でメイド達に羽交い締めにされて、射的の的にされた。
投げられるのはケーキやクッキー!
ケーキはまだ良いけど、クッキーは結構痛い。
終わったら
「皆さん!この『いらない子ちゃん』にお土産を持たせてあげないとね」
なんて床に散らばったケーキやクッキーの破片の詰め込みセットを箱詰めしてくれた。
ゴミ屑も付いている汚ならしい塊だった。
シャノンにとっては最大限のレイアへの侮辱行為だろう。
でもこれがわたしの命を繋いでくれた。
栄養不足なこの身体に必要な栄養源だった。
卵に砂糖。ハチミツ。
原材料に罪はない。
わたしはいつも悔しそうに顔を歪めて涙を流す演技をした。もし嬉しそうな顔をしたら、このお土産は貰えないだろうから……
「甘い。美味しい……」
わたしは屋根裏部屋で貪るように食べて、チュウベェにも分けてあげた。