【3】聖女様の屋根裏部屋(3)
レイアが屋根裏部屋に移って間もない頃。
レイアがまだ12歳に成り立ての頃。
レイアだけが知っているちょっとした事件が起きた。
新しく配属されたメイドが、毒の量を間違えてスープに入れたのだ。
ほんの一滴か二滴スープに垂らすだけの毒を、スプーン一杯分も入れたのだ。完全な致死量だった。
12歳だったレイアは何時ものように、スープを飲む。
その時喉が痛み、激しい腹痛と痙攣が襲った。
レイアは直ぐに毒だと分かった。
そしてこの一口で致死量を越えていて、間もなく死に至るだろうことも……
「苦しい……だ……誰か……助け……」
息も絶え絶えになり、母の事を思い出した。
そして母に教えて貰った魔法。
その魔法は他の人に使った事がある。
でも自分には無い……。
自分にかけて効くか分からない。
でも効果がなければ死ぬだけ。
どうせ死ぬのなら、後悔しないように死にたい……
「………………キュア」
何にも起きない……
ダメかも……
でもこんな惨めに死にたくない……
わたしはわたしを助けたい!
「…………キュア!」
──やっぱりダメかな?
「キュア!キュア!キュア!」
何度も唱えると突然ポッと体が温かくなって、毒の苦しみが無くなった。母に教わった魔法の[キュア]が利いたみたい。
[キュア]は毒や麻痺などの状態異常を治す魔法。
主に治療魔法士や神官が、蛇や蜂などの毒に侵された者の治療に使う。神聖力を使う癒しの魔法だ。
ここフリーデン王国の隣国に、同盟国ファルシア王国がある。母マリアはこのファルシア王国の王女様だった。
ファルシア王国の救援に赴いた父の率いるアスタリス騎士団の活躍と、父の勇姿に魅せられた母は、たちどころに恋に落ちた。
そしてファルシア王の許しを得てアスタリス侯爵の妻となった。
マリアの母は聖女であった。
マリアもその力を少しだけ受け継ぎ、神聖魔法たる治癒の魔法を使えた。ただ威力は母……レイアにとっては祖母に当たる聖女の力には遥かに及ばなかった。
それでもマリアはレイアに治癒の魔法を教えた。
少しでも誰かの役に立てる人間に成れるようにと、願いを込めて……。
けれどレイアの魔力量も治癒魔法の能力も、治療魔法士としては落第点の一般人並みの能力しかなく、祖母の聖女はおろか『王族の恥』とまで蔑まれたマリアにも遥かに劣った。
それは父の魔力が人並みしかないからだった。
普通魔力が高い者同士が結ばれれば、高い魔力の子が生まれやすい。だから王族は力を誇示するために、魔力の高い者を迎えてより強い魔力を維持する事に務めた。
マリアが王家の者なのに他国へ嫁ぐのを許されたのは、不幸中の幸いというか、魔力が王家の中で圧倒的に少なかったからね。
それで晴れて結ばれてレイアが生まれたという訳だ。
だからマリアもレイアに過度な期待はしないで、もしもの時の保険程度な気持ちで治療魔法を教えたのだ。
他に教わったのは[ヒール]という魔法。
先程のキュアが身体の状態異常を治す魔法だとすれば、ヒールは身体の傷を癒す魔法。
レイアは毒によって傷付いた身体を、ヒールで癒した。
☆
ヒールには段階があるの。
[ヒール]傷やダメージを軽減する
[ヒーラル]酷い裂傷や骨折を一ヶ所だけ治せる
[ヒーレア]ヒーラルの効果が複数箇所に行き渡る
わたしはヒールしか唱えない。
その分しか魔力がないからね。
聖女はね。瀕死の者も完全に癒せると聞いたわ。
最大の癒しの神聖力を持つ聖女は、病死以外の者を24時間以内なら蘇生出来るという能力も持っているらしいの。
[完全な癒し]と[蘇生]
これが聖女だけが持つ力って聞いたわ。
でもたまに例外もあるみたいだけど……。
もちろん魔力が一般人並みで、平凡なわたしにはそんな魔法は使えない……筈だった。
その日……致死量の毒を盛られて死にかけた日。
少しでも栄養を取ろうと猛毒入りスープにトライしたが、キュアとヒールを繰り返して掛けて魔力切れを起こして、これ以上飲んだらヤバいと思って止めた。
魔力が回復したらまた飲んでみようと、スープをコップに入れて置いていた。
そしたら次の朝。
ネズミが一匹コップの側で死んでいたの。
それはこの屋敷で唯一心を許した、大切な友達だった。