【16】聖女様と街娘(2)
わたしがようやく泣き止むと
「冷めちゃったわね。もう少しだけ待ってくれる?
温め直すから」
スープを火に掛けてくれた。
それから熱々のスープを注いでくれた。
食事が再開された。
わたしはひとくちひとくち、噛み締めるように食べた。
食べながら、ずっと涙が止まらなかった。
スープが凄く美味しかった。
ねっとりして具が沢山入っていて、熱々で、フーフーしながら、夢中で食べた。
目玉焼きもベーコンも堪らなく美味しかった。
それだけで世界で一番幸せな気持ちになった。
食事が終わり、わたしは後片付けを手伝った。
「座っていていい」と言われたけど、居ても立っても居られなかった。すこしでも恩を返したかった。
ガイはそんなつもりはないと言っていたけど、それじゃあわたしの気が済まなかった。
なんでこんなに暖かい家庭なのに、ガイは泥棒なんてしたのだろう?疑問がもたげたけど、何となく察しがついた。
アマンダさんだ。
アマンダさんは病気だった。
それは伝染病のように人から人へ移るものではなくて、体が段々と衰弱していく病だ。
わたしが秘かに鑑定したら[コリン病]らしかった。
それは衰弱もするけど、日によっては体が殆んど動かせなくなり呼吸するのもやっとな状態になるらしかった。
元気な日々と苦しい日々が交互に訪れて、やがて苦しい日々が長くなり、最後は寝たきりになって死に至る病らしい。
原因は……鉱物の粉末。サールという黒い鉱石がある。その鉱石は水に触れると硬度が増すという特徴を持っていて、それを砕いて水を加え砂利に混ぜれば固くなり、石材の変わりになるので今も盛んに使われている。
ここから十キロほど離れた所にサールの大規模な鉱山があり、そこで粉末になったサールの粒が川に流れ込み、巡りめぐって人体に取り込まれた。
そして人体に入ったサールの粒が、後から入ったサールの粒と結合し神経や血管、体などを蝕み硬直化させる原因となっていた。
この街の住民で川の近くに住む者は、知らず知らずにそのサールの粒を体に取り込んでしまっていた。川の水で洗濯すればサールの目に見えない微量の粉末が洗濯物に付着していて、乾いたら呼吸で体内に取り込まれた。
その川から取れた魚からも体内へ取り込まれた。
そして長い年月をかけてそのサール粒を体内に取り込めば取り込むほど、体が硬直して不具合を起こしたのだ。
ただどうして元気な日と苦しい日が交互にくるのか、分からない。
何故そんなに詳しいかといえば、鑑定した時に病の情報が頭に流れ込むから。
根本的にその治療法は無い。キュアでもヒールでも治せない。
でも……わたしなら治せる。
キュールが効くみたい。
原因であるサール粒の結晶を体外へ放出すれば良いのだ。
そしてもう一つ治せる魔法がある。
浄化魔法の[ピュアラ]だ。
どういう理屈かわからないけど、そのサール粒は不純物扱いとなり、浄化される=綺麗さっぱり消え去るらしい。
ピュアラでスープから毒は消えたし、雑巾の絞り汁であれ程濁っていた水も綺麗になった。
あの毒や濁りの元は何処へ消えたの?
そう……訳の分からない理屈でピュアラは効果を発揮するのだ。
出来れば今すぐにでもピュアラを唱えてあげたい。
けれど今唱えたら、アマンダさんの体が発光して、魔法の使用がバレてしまう。だから夜中。寝静まった時にピュアラを唱えよう!
そうと決まれば少し気が楽になった。
恩返しが出来るから。
あの助け出された夜。
ガイの背中に身を預けていた時。
ガイは泥棒に入った理由を話してくれた。
アマンダさんの面倒を見るために、治療費と薬代が必要になった。でもそれよりも、もっと稼げる本職のポーターの仕事が出来なくなった。
そう教えてくれた。
もしアマンダさんがコリン病特有の[動けない日]になったら、ガイが付きっきりで面倒を見なくてはいけない。だから長期に家を空ける場合が多い、冒険者相手の実入りの良いポーター稼業は、休まなければならなかったのだろう。
わたしを助けてくれたのも、きっとガイが荷物運びとかで留守にしている間に、わたしがアマンダさんの傍にいてくれるのも期待していたのかも知れない。
つまりはわたしがアマンダさんの病を治したら、万事解決するわよね!
サール鉱石。
砕いて混ぜると、コンクリートやアスファルトっぽくなるヤツです。