【13】聖女様の屋根裏部屋(13)
ガイは目の前の現象に釘付けとなった。
レイアが呪文を唱えると、彼女の体が青白く光り、髪の毛がガイと同じ焦茶色に変わり、瞳の色も茶色になる。
それよりも……
「レイア……その髪……」
「えっ?髪?失敗した?父さんと同じ焦茶色にしたけど……あれ?……なんで?」
レイアは自分の髪を手で持ってみて驚いた。真っ直ぐだった髪が、ガイのように少しウェーブがかかったのだ。質量は同じな筈なのにボリュームが増して、それだけで印象が代わる
「父さんのような髪になったらいいなって思ったら、こうなっちゃった!初めて!」
これはちょっと嬉しい誤算だ。
髪質が変化すれば、誰もレイアだと思わないだろう。
これでもし自分を知ってる人にバッタリ会っても安心だ
「良し!行くか!こんなところ長居は無用だ。
だが、その服はいけねぇな。もっとマシなヤツがあったな。取り敢えずそれを着るんだ」
「あっ。でも。それ触ったら怒られちゃう」
仕舞ってあったちょっと上等な服は、触るとメイドに殴られた記憶がある
「何言ってんだお前。もうここには戻らないのだろう?
少し持っていけ。どのみちそこから足が付くかもしれないから、処分する事になるが、直ぐに新しい服を買ってやるからな」
それもそうだ。もう触っても殴られないんだ。
わたしは服をガイが持ってきた袋に詰めた
「他には持って行くものがないのか?」
「待って!一つだけあるの」
レイアはベッドの下に潜った。チョイとアングルが凄いことになっているので、ガイは思わず目を背けた。
レイアはホコリまみれになって、小さな箱を持ち出した
「それは……なんだい?」
「わたしの一番大切なものです……」
そう言ってレイアは、箱を開けた。
そこには紋章が彫ってあるロケットペンダントが入っていた。レイアはそのロケットを開いた。
中を開けたら、綺麗な女性の肖像が彫刻してある
「それは……お母さんかい?」
「ううん。お母様のお母様。お祖母様の若い頃の姿なの。
でもお母様と生き写し。お母様がお祖母様から受け継いだ大切なもの。それを10歳の誕生日に大きな縫いぐるみと一緒に貰ったの。
これがたった一つ残った母の形見。
他はみんな盗られちゃった」
「そうか。これも秘密にしないとな。
誰にも見せるな。俺も見なかった事にする」
ガイはこれは誰にも見られちゃいけないものだと、本能的に感じた。これは秘密にして……そしてもし出来るなら……このレイアを本来有るべき場所に立たせてあげたい。自分の養子のまま終わらせるのは気が引ける。
もしかしたらこのペンダントがその切っ掛けになるかもしれない。けれどこれは両刃の剣だ。
人に知られたら悪用される恐れがある。
だから誰にも知られず秘密にして欲しい。
そして二人は簡単な身支度を済ませ、屋根裏部屋を出た。
二人は梯子で廊下に降り、蓋を梯子の上に被せていたので、梯子を駆使してちゃんと蓋を閉めた。これで見た目からは逃げ出した事は分からないだろう。
少しは時間稼ぎに成るかもしれない。
そして……呆気なく屋敷の脱出に成功した。
ガイはレイアを背負って廊下を駆けて、裏戸から脱出した。その間誰にも会わなかったし、そもそも警備兵が正面玄関口と正門にか居ないというザル振りだった。
塀を跨ぎ、アスタリス侯爵家の敷居を越えた時。レイアは初めて振り返った。
涙の一つも流すかと思ったけど、庭の荒れた姿や家族が健在の時の華やかさかさが薄れた屋敷を見て、叔父夫婦への怒りが沸いた。
でももうここには帰らないと決めた。
わたしは死んだ。
レイア・アスタリスはここで死んだ。
あの屋根裏部屋で死んだ。
レイアは塀を越えて、外界へ降り立った。
でも直ぐにガイにおぶさった。
体力のない虚弱体質のレイアには、走るなんて無理な相談だった。
レイアはガイの背中に身を預けて
「父さん。わたしを捨てないで……」
「捨てるもんか……レイアこそ。出ていく時は黙って行くなよ。そん時はちゃんとハグをして別れよう。
そんな……家族になろうな……」
「うん。助けてくれてありがとう」
仮初めの家族。
レイアには予感があった。
きっとこの家族とは最後まで居れないような気がする。
そして……。
ガイもそんな気がしているに違いないと思う。
だからこそ。
レイアはガイとは上手く家族をやれると思った。
そしてレイアは……。
ガイの背中で静かに眠りに着いた……。