【119】聖女様と命の絆(7)
「ずいぶんと甘ちゃんだね。エレファ」
ザラ様はわたしに聞いた。
「もう会うことも無いでしょう。
もしまた出会っても、今日のように馴れ馴れしく接することも無いと思います。
わたしは貴族ですから」
「ふーん。まあ。いい。
その言葉を信じて、今回は大目にみてあげるよ。
あんな庶民の母子の命なんかより、ずっと面白い事が起きそうだからね。
君が騒ぎを起こしてくれて、丁度良かった……」
そしてザラ様は家の壁に凭れるように御領主様とラフィーネ様の姿を目で追っている。その顔はヤケにニヤけて嬉しそうだ
「どうやら仕込みも二人に気付いたようでね。
楽しみで仕方ないよ」
──仕込みって……何だろう?
その思考はさておき、御領主様とラフィーネ様の二人は此方へ向かってくる。ラフィーネ様の頭で青い髪飾りがキラキラと陽光を受けて輝いている。
ここからは、まだ大分距離はある。
良く見ると遠巻きに護衛も居るようだ。
庶民服を着た、明らかに鍛え上げた体格の者達が、御領主様夫妻の動きに合わせて、一定距離を置いて後を追っている。
でも御領主様夫妻はザラ様に気付いたのではなくて、わたしと母と弟が起こした騒動の人だかりに気付いて、此方へ向かっているようだ。
今は母と弟の姿は無く、焼き鳥屋の店主が道行く人に焼き鳥を配っている。
律儀にわたしが頼んだ事を守ってくれているようだ……
☆☆☆
「落ち着いたかいフィーネ。
何か思い出したの?」
青い蝶の髪飾りを見て、突然泣き出したラフィーネを気遣うオルフェル。
今は涙も止まり、普段通りに見える
「何も……ただ……懐かしいような……切ないような……胸が締め付けられる思いがしました。
でもこうして……」
ラフィーネは頭を向けて、蝶の髪飾りを見せる
「フェルに付けて貰ったから嬉しくて、その後の涙は嬉し涙でした」
帽子は護衛に預かって貰い、今はラフィーネは素顔を晒している。フェルに向ける笑顔が眩しい。
騒がしい声が聞こえたので、ふと露天街の奥の方に視線を向ける
「あら?なんでしょう?随分な人だかりが、あの屋台に集まっているわ」
オルフェルに声を掛けた。
オルフェルも気になっていたらしく
「何か配っているようですね。
遠目で良く分かりませんが、串の付いた食べ物でしょうか?大きさから、焼き鳥かな?」
「フェルも屋台に詳しいのね」
「ええ。肉串ならさっき頂いたばかりだし、あの大きさなら焼き鳥くらいしかないからね。
みんなお金を払わずに貰っているようですね。
ちょっと興味があります。行ってみましょうか?」
「はい!行ってみましょう!
もしかしたら、わたしたちもタダで焼き鳥にありつけるかも知れません!楽しそうです」
わたしはオルフェルの提案に乗る。
そしてオルフェルのエスコートを受けて歩きだすと……。
わーーーーっ
という声と共に子供達が後ろから駆けてくる。
きっと目敏く焼き鳥?を配っているのを見つけて、御相伴に預かろうと我先にと急いでいるのでしょう。
オルフェルがサッとわたしを引き寄せると、子供達がわたしの直ぐ横を駆けて抜けていく。
10人くらいも居ただろうか?
男の子も女の子も一緒くたになって、屋台へ走っていく。
少し遅れて五歳くらいの男の子が、短い足をこまねずみのように回転させて、お兄ちゃんとお姉ちゃん達に追い付こうと、頑張っている。
その可愛らしい姿に、思わず頬も緩む
「子供って、凄く可愛いですね」
「フィーネは子供が好きかい?」
オルフェルが優しく問いかける
「はい。大好きです。
子供がこうして親から離れて走り回れるのも、治安が良い証拠といいます。それも含めて嬉しいです」
「それはぼくを褒めてくれているのかな?」
「はい!もちろん褒めてます!
わたしもあの子達に混じって走りたいくらい!」
オルフェルはフッと笑って
「それは……『ぼく達の子供も』って事じゃないのかい?」
わたしは一瞬何を言っているのか分からなかったけど、意味が知れたら途端に顔が赤くなった
「そうですね……がんばります」
──何を頑張るの?
わたしは自分の恥ずかしい発言に、また顔が赤くなった。そんなわたしをオルフェルは嬉しそうに見詰めている。
わたしは目を合わせるのが居たたまれなくて、目をそらして、さっき駆け抜けて行った子供達の姿を探す
「あっ!!!」
──大変!
あの五歳くらいの男の子の足が縺れて、地面に激しく転がった。
わたしは反射的にオルフェルの手を振りほどき、駆け出した。
男の子は地面に倒れたまま大声で泣いていたけど、わたしが助け起こすと途端に泣き止んだ
「大丈夫?ケガはない?」
男の子はわたしをポケーっとした顔で見詰めて
「お姉ちゃん……キレイ……」
褒めてくれた。認識阻害のブローチは此方から声を掛けたら、相手に効力は無くなるらしいから、この少年はわたしの顔を認識してくれたみたい。
純心な子供に褒められると、素直に嬉しい
「ありがとう。嬉しいわ。
それよりもみんな待ってるわよ」
少年が振り返ると、少年少女の集団が立ち止まって手を振ってくれている。少年はニコッと笑って、そちらへ駆け出していく
途中で振り返り
「ありがとー!お姉ちゃん!」
「どういたしまして!」
わたしは少年が子供達に合流するのを見届けると、オルフェルの方を向いて手を振った。
オルフェルが血相を変えて此方へ駆けて来る。
後ろの護衛の人達も全力で駆けてくる
「ラフィーネ!逃げろっっっおお!!!」
「えっ?」
ドン!!!
「きゃっ!」
わたしが後ろを向くと、黒いローブを着た男がわたしにぶつかってきた。
わたしは思わず尻餅を付く。
目の前の男のローブから覗くむき出しの手には、血が付いていた。
わたしは腹部に違和感を感じ思わず手で抑えた。
何かがお腹から付き出している。
わたしはゆっくりと視線を落とす。
わたしのお腹にはナイフが深々と刺さり、黒々としたナイフの柄と赤く流れる鮮血が目に入った。
喉を伝い、口からドロドロとした液体が流れ出す
ゴホッ!
わたしの青い服が、腹部からと口から流れ落ちる血で真っ赤に染まっていった……。