【114】聖女様と命の絆(2)
これは回想……。
拐われて四日目。
フードを目深に被り、バエリンに連れられて行った我が家では、わたし……エリンの葬式が行われていた。
わたしは家には入らず、通りの向こうから家に出入りする人を眺めていた
「可哀想にエリンちゃん。あんな目に逢うなんて……」
「酷い暴行を受けて、橋の下に捨てられていたらしいわ。あまり大っぴらには言えないけど……裸だったらしいの。暴行を受けたようで、身体中アザだらけで紫に腫れ上がって見るに堪えない姿だったらしいわ」
「それに……まだ成人して間もないのに……女性の尊厳も奪われていたらしいの。最後は首を締められて……」
「顔も腫れ上がって酷い有り様だったらしいのよ。人にはとても見せられないので、お別れの時も棺桶は閉じたままらしいわ」
耳をそばだてると、噂話がここまで聞こえてくる。近所のおばさん達がヒソヒソと話しているつもりらしいけど、思いの外大きな声で耳を塞いでも聞こえてきそう……
「あの……バエリン様」
「バエリンでいいと言った筈よ。何かしらエリン」
エリンはこの状況を受け入れられない。何故なら自分は間違いなく生きているのだから……。
「わたし……生きてますよね?
何故わたしの葬式をしているの?」
「それは。わたしがエリンの死体を作って、痛めつけて、橋の下に投げ捨てたからよ」
──えっ?
死体を作った?
どういうこと?
バエリンの説明によると、魔族の闇魔法……暗黒魔法ともいうけれど、其を駆使すれば対象と同じくらいの大さの動物の死体があれば、動かぬ人間の死体を生成出来るらしい
「エリン。貴女の生体情報を入手したから、其を元にヤギの死体から裸の貴女の死体を作ったのよ。
いくら作り物だといっても、流石に痛め付けるのは良心が傷んだわ。
それに……ザラ様のモノになったエリンの裸を、いくら死体とはいえ綺麗なまま置いておくのは許せない。
だから……貴女とようやく判別できる位まで、痛みつけたわ。死体の体内に精液まで仕込んで、複数の野蛮な男達に陵辱されたように見せかけたりもした。
でも……貴女の両親には悪い事をしたわね」
──そうか……わたしは死んだんだ……
家族の中ではもう、わたしは死んだ人間。
今さら「生きてる」なんて顔を出せない。それに……バラしたら、ザラ様がきっと家族や友達……全てを殺してしまう。だからわたしはこのまま死んで、ザラ様の僕として生きていくしかないと思う。
それにしても……魔族は血も涙も無い残忍な性格と聞いていたけど、バエリンさんは優しいし、わたしの親に対する気遣いもしてくれている
とても……
「意外か?」
バエリンはわたしに聞いた。思っていたことが顔に出ていたみたい
「はい。わたしは魔族はとても残忍で恐ろしい怪物と聞かされてました。物語ではいつも悪役で……ごめんなさい。つい……」
偏見がつい口を出てしまった
「確かに魔族と人間は相容れない存在だ」
バエリンが言うには、魔族は元々魔界という瘴気で覆われた世界で生きていたという。だが三千年前に人間が引き起こした大規模魔法の暴走の余波で、魔界の一部が現界(人間界)に出現した。
瘴気は人間にとって毒だが、魔族には清浄な空気のようなもの。それだけで相容れない存在だと分かるだろう。
魔族は生息地を広げる為に瘴気を撒き散らし、人間は其を止めようとして争って来たという
「人間は欲深い。人間の生息域からすれば、我々魔族の生きられる瘴気溢れる場所は遥かに小さい。だが人間はそれすら容認せずに、弾圧と破壊を我々に強いてきた。
殺さなければ殺される。
我々は生きる為に、生き残る為に、時には残忍に人間達を殺してきた。
だが……忘れないで欲しい。我々魔族にも家族はいるし、守りたいと願っている者は大勢いる。
そのあたりは……人間と何ら変わらないと思っている」
人間社会では、存在するだけで忌み嫌われる魔族。
そしてザラ様は人間で有りながら、いずれ魔族の頂点に立つ方だと教えてくれた。そしてわたしは……
「エリン。貴女はザラ様の気紛れが産み出した玩具なの。飽きられたら捨てられるか、はたまた壊されるかの運命。ガラスケースに飾られた人形のように、鑑賞されるのかも知れないけど、一つ忠告しておくわ。
ただ与えられ流されてはダメよ。生き残りたいなら尚更……己をしっかり見つめて、心に揺るがない芯を持ちなさい」
そして家族を失ったばかりの、わたしの頭を撫でて
「エリン。わたしが貴女の家族になってあげるわ。
だから……もう泣かないで」
バエリンはそう言うと、優しく包み込みハグしてくれた。
☆
これが一度目の外出のあらましだった。