【111】聖女様の初デート(7)
掌の上の青い蝶の髪飾り。
思い出の品。
そして決意の現れ。
彼女を見つける。
必ず助ける。
──アイラ
「御領主様。招待客からの返事は殆んど届きました。
隣国のオルフェル殿下も新婚のラフィーネ妃殿下と共に出席なさるそうです」
従者が領主へ声を掛ける。
領主は14歳。
金髪碧眼の少年
アーサー・ペンドラゴン・フリーデン
来年国王へ就任する王太子の三番目の息子だ。
翌月6月に15歳の成人を迎え、跡継ぎのいないアスタリス侯爵の爵位を継承する。
今は領主であるが、後見人のフェルデ侯爵の補佐で特例で領主となっているに過ぎず、今回の侯爵位継承をもって正式に領主の地位にも就任する
「報告ご苦労」
アーサーはまだ二十代前半の若き執事フェルナンデスへ声を掛ける。アーサーは蝶の髪飾りを見つめながら
「新婚か……」
ふと、独り言のように漏らす。
その切な気なアーサーを見ながら、フェルナンデスは思う
『今日もアイラさんの事を想っている……』
フェルナンデスはアイラとの面識はない。
新しい執事は
[新領主アーサーとなるべく歳の近い者が良い]その方針で子爵家の次男坊のフェルナンデスが選ばれた。
赴任した当時はまだ執事見習いで、アイラが誘拐から半年経った頃だった。
アーサー殿下はアイラの事になると、口をつぐんで話さない。
なのに何故に知っているかといえば、フェルナンデスの婚約者がアーサーの護衛騎士を務める最側近のメリアベルだからだ。
メリアベルはある伯爵の御令嬢だったが、政略結婚を嫌がり騎士の道へ進んだ。だから結婚適齢期の19歳になっても婚約者が居なかった。というよりも結婚する気も更更無かった。
そしてフェルナンデスも次男坊で婿へ行くしかなく、いい歳して婚約者も居なかった。それにメリアベルとも面識があった。
フェルナンデスはアーサー付きの執事見習いになってから、僅かの研修期間を終え今年から執事になった。執事のスキル自体は既に習得していたから、見習いの時期は引き継ぎ期間みたいなものだ。
そして執事という立場のフェルナンデスと護衛騎士のメリアベルは、アーサーという主君に仕える側近として自然と顔を合わせ、同じ空間を共有することが多かった。
そして彼らと同じ空間を共有する事の多かった、アーサーの補佐役のフェルデ侯爵が提案した
「あぶれた者同士。お前ら結婚してしまえ。
結婚したら殿下から御褒美が出るらしいぞ」
実は二人の結婚をフェルデ侯爵に打診したのがアーサーで、フェルデ侯爵も同じ考えでいたので、ほぼ主命な感じで二人の結婚が決まった。
結婚祝いにまだ爵位のないフェルナンデスへ、爵位が与えられる。それが前領主代行のダルイ・ダルソンが領地と共に取り上げられたダルソン子爵の地位だ。だがダルソンという名称は今や忌み嫌われているため、スタリス子爵に変更された。[アスタリス]からアを抜いた[スタリス]としたのだ。これから政務の一翼を担う家門としてアスタリス侯爵家を代々支える宿命を持つこととなった。
メリアベルも気心の知れたフェルナンデスが相手で、今まで通りアーサーに仕え続けることが出来るので、気持ち良く受けることが出来た。
それにメリアベルは評判の美人で、しかもアーサーの最側近であるから求婚も多かった。その煩わしさから逃れられることも大きかった。
その婚約者であるメリアベルから、フェルナンデスは誘拐された平民の少女アイラの事を聞いて居たのだ。
アーサーが時折女物の青い蝶の髪飾りを取り出しては、じっと見詰めるので気になってメリアベルへ尋ねたのだ。
メリアベルはアーサーに許可を貰った上で、殿下とアイラの馴れ初めを教えてくれた。
そして誘拐されなければ、アーサー殿下の側室におさまっていたことも知らされた。
メリアベルは手放しで平民の娘アイラを褒めていた。気になったフェルナンデスはその時に訊ねた
「人にも己にも厳しいメリアベルが、他人を手放しで褒めるとは珍しい。それほど素晴らしいお嬢さんだったのかい?」
メリアベルは誘拐事件を思い出したのか、顔を悔しそうにしかめて
「ただの平民の娘の筈なのに、何故か威厳があったわ。
初めて殿下と出会った露店街では、あの我が儘で屈折していたアーサー殿下をたったの一時間で矯正し、虜にしてしまった。わたしもあのお方なら、殿下共々お仕えしても良いと心から思ったもの……」
そしてアーサーとアイラの、生き生きした話をしてくれた。